明治40年の商家が、記念館になるまで

伊東市立木下杢太郎記念館は、静岡県伊東市湯川にある明治40年(1907年)建築の木造2階建商家で、平成27年(2015年)3月26日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。所有者は伊東市、建築面積は140平方メートル。入館料100円で一般公開されている。

最初に整理しておきたい点が一つある。案内記事の多くがここを混同している。

登録有形文化財となっているのは、通りに面して建つ明治40年築の商家、つまり展示室として使われている建物である。その裏手に、天保6年(1835年)に建てられた木下杢太郎の生家が別棟として残る。生家のほうは国の登録ではなく伊東市の指定文化財で、伊東市は市内に現存する最古の民家と説明している。来館者は同じ入館券で両方を見学するが、国登録の対象は前面の建物に限られる。

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正面は南面して通りに向く。屋根は寄棟造の桟瓦葺で、軒下には軒蛇腹が水平に回る。この軒蛇腹が外観の印象を決めていて、漆喰で塗り籠めた土蔵のような佇まいを与えている。伊東市は外壁に海鼠壁(なまこ壁)を配すると説明しており、平瓦の目地に白漆喰の蒲鉾状の盛り上がりを走らせた、遠目には菱形の格子に見えるあの意匠である。

内部には当初の平面がよく残る。中央やや右寄りに土間が奥まで通り、居室は奥寄りと2階に配される。現在展示室としている前半部は、もとは広い板の間のミセ、すなわち売り場だった。しかも前側の一間は土間で、客は履物のまま通りから直接入ることができた。

文化庁データベースはこの建物の種別を「産業3次」に分類している。事務的な区分だが、見るべきものを言い当ててもいる。住宅に店を付設したのではなく、商いのための建物として建てられているということだ。太田家の家業は「米惣」という雑貨問屋だった。

太田正雄、筆名・木下杢太郎

この記念館が顕彰する人物は、二つの経歴を並行して持っていた。並べて紹介されることが、いまでもあまり多くない。

太田正雄は明治18年(1885年)、静岡県賀茂郡湯川村(現在の伊東市湯川)に、雑貨問屋を営む家の末子として生まれた。明治44年(1911年)東京帝国大学医科大学卒業。大正5年(1916年)から奉天の南満医学堂教授を務め、大正10年代にフランスを中心に留学、帰国後は愛知医科大学、東北帝国大学を経て、昭和12年(1937年)に東京帝国大学医学部皮膚科の教授となった。皮膚科領域では現在も「太田母斑」の名が使われている。昭和16年(1941年)には真菌研究の業績によりフランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与された。

同じ人物が、木下杢太郎の筆名で、明治41年(1908年)に北原白秋らと「パンの会」を興し、翌年の『スバル』創刊に参加して耽美派の中心人物となる。詩集『食後の唄』(1919年)、戯曲『和泉屋染物店』『南蛮寺門前』、小説集『唐草表紙』などがその仕事である。

来館者の足を止めさせるのは、たいてい最後の仕事のほうだ。昭和18年(1943年)春から昭和20年(1945年)夏にかけて、灯火管制下の夜ごと、洋罫紙に植物を写生し続けた。原画は202×167ミリ、点数は872点にのぼる。それぞれの紙面には植物名と採集の日付・場所が書き込まれた。『百花譜』と呼ばれるこの一連の写生を残して、昭和20年10月15日、還暦を迎えた直後に世を去った。

館蔵資料には、原稿、初版本、書簡、装幀・挿絵本、遺愛品、そして『百花譜』が含まれる。夏目漱石ら交流のあった文学者からの手紙も並ぶ。太田家の人々が使った生活道具や調度品も展示され、館内では約12分のビデオ「木下杢太郎の生涯」を見ることができる。

訪問案内

開館時間は4月から9月が午前9時から午後4時30分、10月から3月が午前9時から午後4時。休館日は月曜日で、月曜が祝日の場合は火曜日、加えて12月28日から1月4日まで。入館料は大人100円、中学生以下50円。20人以上の団体はそれぞれ80円・30円になる。障害者手帳(ミライロIDの画面提示を含む)を示すと、本人と付き添い1人までが無料となる。

JR伊東線の伊東駅から徒歩5分。東京からは新幹線と乗り継ぎで1時間20分ほど。建物の横に無料駐車場があるので、車での来館もしやすい。

展示室の奥のドアを抜けると、天保6年築の生家に出る。靴を脱いで上がる形式で、当時の民具や調度がそのまま置かれている。館内の撮影については、来館者から可能だったという報告があるが、正式な撮影方針は公表されていない。受付で確認するのが確実だろう。

住所について一点補足しておく。文化庁のデータベースは所在地を「湯川2-70-5」と記載し、伊東市の公式案内は「湯川二丁目11番5号」と表記している。地番と住居表示の違いによるものと考えられ、指す建物は同一である。タクシーや地図アプリには市の表記を使うほうが確実である。

Q&A

Q伊東市立木下杢太郎記念館の開館時間と入館料を教えてください。
A開館は4月から9月が午前9時から午後4時30分、10月から3月が午前9時から午後4時です。休館日は月曜日(祝日の場合は火曜日)と12月28日から1月4日。入館料は大人100円、中学生以下50円で、20人以上の団体は大人80円・小人30円となります。
Q伊東市立木下杢太郎記念館の建物は、木下杢太郎の生家そのものですか。
A別の建物です。国の登録有形文化財となっているのは通りに面した明治40年(1907年)築の商家で、昭和60年(1985年)に展示施設へ改修されました。生家は天保6年(1835年)築の別棟で、その裏手に残り、伊東市の指定文化財です。同じ入館券で両方を見学できます。
Q伊東市立木下杢太郎記念館へは駅からどう行けばよいですか。
AJR伊東線の伊東駅から徒歩約5分です。東京からは新幹線で熱海へ出て乗り継ぎ、1時間20分程度。建物の横に無料駐車場が用意されています。
Q木下杢太郎とはどのような人物で、なぜ伊東市に記念館があるのですか。
A木下杢太郎は医学者・太田正雄(1885年から1945年)の筆名です。現在の伊東市湯川に生まれ、耽美派の詩人・劇作家として活動する一方、東京帝国大学医学部皮膚科教授を務め、太田母斑にその名を残しました。記念館は生誕100年にあたる昭和60年(1985年)10月に開館しています。
Q伊東市立木下杢太郎記念館の館内で写真撮影はできますか。
A館内撮影ができたという来館者の報告がありますが、公式な撮影方針は公表されていません。受付で確認してから撮影してください。なお奥の生家は靴を脱いで上がる形式です。

基本情報

名称伊東市立木下杢太郎記念館(いとうしりつきのしたもくたろうきねんかん)
所在地静岡県伊東市湯川2-70-5(伊東市表記:湯川二丁目11番5号)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 22-0208
指定年平成27年(2015年)3月26日登録・告示
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積140平方メートル(明治40年建築/昭和60年改修)
所有者伊東市
公開状況公開。午前9時から午後4時30分(4月から9月)/午後4時まで(10月から3月)、月曜休館、12月28日から1月4日休館。大人100円、中学生以下50円

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「伊東市立木下杢太郎記念館」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010460
文化遺産オンライン「伊東市立木下杢太郎記念館」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/289429
伊東市「伊東市立木下杢太郎記念館」
https://www.city.ito.shizuoka.jp/gyosei/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/bunka_supotsu/2/3/2380.html
伊東市「伊東市立木下杢太郎記念館(利用案内)」
https://www.city.ito.shizuoka.jp/gyosei/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/bunka_supotsu/2/3/2362.html
岩波書店『新編 百花譜百選』(木下杢太郎 画/前川誠郎 編)
https://www.iwanami.co.jp/book/b249212.html

最終更新日: 2026.08.13