役割の定まった小さな堰堤
四号堰堤の南東、約75メートル上流。木和田川の谷の上流部、藤枝市岡部の渓に、木和田川砂防五号堰堤が置かれている。群のなかでは小ぶりな一基で、堤長は15メートル、堤高は4.9メートル。壁の下手には水叩き部が設けられ、両岸には10メートルの護岸が付く。下流の幅広い堰堤に比べると控えめで、川床に静かに据えられた石の段のように見える。
その役割は明確である。下流の高い堰堤が土砂を受け止めて溜めるのに対し、五号堰堤は床固工として働き、川床の高さを固定して、流れが河床を掘り下げて上の斜面を崩すのを防ぐ。渓流そのものを落ち着かせるのである。築造は大正元年(1912年)頃。事業の主眼が山腹工事に置かれた谷の上流部にあって、成形された地盤が再び滑り出さないよう、小さな石造構造物の連なりが押さえていた。
石の背後にある仕組み
木和田川砂防五号堰堤は平成14年(2002年)に国の登録有形文化財となった。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。素朴な石の壁の背後には、日本の公共土木事業の初期の一章がある。
この谷は、大豪雨の翌年にあたる明治44年(1911年)、内務省によって砂防指定地に定められた。静岡県が事業主体となり、国庫補助を受けて整備を進めた。国と県、そして地元の地盤までが計画のなかに位置づけられた、国策としての砂防である。五号堰堤は小さいながら、その管理された景観の一片であり、共通の設計に従い、谷全体の測量にもとづいて据えられた。単独で築かれた記念物ではない。
注目したいところ
五号堰堤の妙味は、その仕事の細部にある。壁の下手の水叩き部まで降りると、造りが見て取れる。越流する水の落下を受け止め、堰堤の足もとの地盤を洗い流させないために、石を敷き詰めた床である。この水叩きと、その脇を走る低い護岸は、砂防が単独の壁ではなく一つの体系として考え抜かれていたことを示す。
谷の上流部は、入口よりも静かで木陰が深い。杉が頭上に迫り、流れは細くなる。五号堰堤は四号堰堤のすぐ上手にあるため、短い一区間で両者を見比べられ、築造者が場所に応じて各基をどう変えたかを確かめられる。初夏には下流と同じく紫陽花が咲き、深い林冠のもとでは秋の色づきがやや遅れて訪れる。
Q&A
- 大きな堰堤とはどう違うのですか。
- より小ぶりで、主に床固工として働きます。大量の土砂を溜めるのではなく、川床の高さを固定し、谷の上流で渓流を落ち着かせる役割を担います。
- 誰が築き、費用はどうまかなわれたのですか。
- 谷は明治44年(1911年)に内務省が砂防指定地に定めました。静岡県が事業主体となり、国庫補助を受けて整備を進めました。
- 水叩き部は何のためにあるのですか。
- 壁の下手に敷かれた床で、越流する水の落下を受け止め、堰堤の足もとの地盤が洗い流されるのを防ぎます。
- どこにありますか。
- 谷の上流部、四号堰堤の約75メートル上流にあり、つたの細道公園の渓流沿いの小径をたどります。入園は無料です。
- 斜面の工事も行われたのですか。
- はい。事業は斜面を安定させる山腹工事を主眼とし、この堰堤のような小さな構造物が、成形された地盤と川床を押さえました。
基本情報
| 名称 | 木和田川砂防五号堰堤(きわだがわさぼうごごうえんてい) |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県藤枝市岡部町岡部字木和田地先 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録年月日 平成14年7月16日 |
| 築造 | 大正元年(1912年)頃 |
| 構造 | 石造空積堰堤、堤長15メートル、堤高4.9メートル、水叩き部及び下流両側護岸10メートル付 |
| 員数 | 1基 |
| 所有者 | 静岡県 |
| アクセス | つたの細道公園の上流部、四号堰堤の約75メートル上流。入園無料 |
References
- 国指定文化財等データベース ― 木和田川砂防五号堰堤
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002768
- 藤枝市 ― 文化財一覧
- https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/soshiki/sports_bunka/bunkazai/gyomu/1/1445916678885.html
- 東海道駿州の旅 日本遺産 ― 蔦の細道
- https://tokaido-sunshu.jp/cultural-property/2_92.html
最終更新日: 2026.07.11