溶岩の上にだけ広がる、一種類だけの森
富士山の東北麓、山中湖と忍野盆地のあいだに、約3万本の木が立ち並ぶ平坦地がある。そのほとんどが、ハリモミという一種類の針葉樹である。山梨県南都留郡山中湖村にある「山中のハリモミ純林」は、日本固有種のハリモミだけで構成された、きわめて珍しい森だ。
森が広がるのは、海抜およそ950メートル。富士山の溶岩流がつくった、なだらかな土地の上である。木々の高さは20メートルから26メートル、目通りの幹まわりは2メートルから3メートルほど。発育がほぼ一様にそろっているため、遠くから眺めると林冠が一続きの濃い緑の壁のように見え、円錐形の樹形が整然と連なっていく。
一種類の樹木が大多数を占める林を「純林」と呼ぶ。多くの森は複数の樹種が光や土を奪い合う混合林であり、純林が自然に成立することはまれである。山中のハリモミ純林は、そのなかでもさらに特別な存在だ。日本にしか分布しない樹木が、活火山の裾野にしか存在しない地形の上に、純林をつくっている。
針葉樹の森が天然記念物になった理由
文化庁がこの森を国の天然記念物に指定したのは、1963年(昭和38年)1月18日のことである。さらに1965年(昭和40年)6月4日には、保護区域に土地が追加指定された。指定は「代表的原始林、稀有の森林植物相」という基準に基づくもので、いくつかの区画にまたがる保護区域の面積はあわせて約57ヘクタールにおよぶ。
この森は、指定よりずっと前から学術的な注目を集めていた。1916年(大正5年)ごろ、ハーバード大学アーノルド樹木園に関わる植物学者アーネスト・ヘンリー・ウィルソンが現地を訪れ、同じ仲間の樹木のなかで他に類を見ないと記録し、海外の研究者にこの純林を紹介している。その報告が、森の価値を広く知らせるきっかけのひとつとなった。
この森が貴重とされる理由は、地質と植物の偶然の組み合わせにある。現在の樹相の大半は、樹齢およそ250年と考えられる原始林だ。そしてその木々は、富士山から噴き出した鷹丸尾溶岩流という、ある一枚の溶岩の上にだけ育っている。文化庁のデータベースは、この地表を単に「丸尾熔岩流」と記している。ハリモミは、養分の乏しい硬い溶岩の上に根を張り、その周囲には広がらなかった。学術上「孤立して発達した」と説明されるのはこのためである。ハリモミは日本固有種であり、これが国内最大規模の純林であることから、この森は事実上、世界に類例のない存在となっている。
訪れたときに見てほしいところ
まず足元を見てほしい。林床はふつうの土ではなく、風化した溶岩である。ごつごつと隆起し、割れ目には苔が入り込んでいる。ハリモミの根はこの岩の上を横に広げるように張っており、木々と足元の石との関係こそが、この場所の核心だ。
次に葉を見る。ハリモミ(針樅)という和名は、この葉に由来する。葉の長さは15ミリから25ミリほど。太く硬く、触れると本当に痛いほど鋭い。日本に自生するトウヒ属のなかで最も大きく、最も堅い葉である。断面はおよそ四角形で、枝のまわりに四方へ突き出すようにつく。英語では「タイガーテール・スプルース(虎の尾の樅)」と呼ばれるが、これは縞模様ではなく、葉が虎の牙のように鋭いことを指している。
森は、その年齢とともに、苦難の跡も見せている。台風や火災で古い木が倒れた場所には、コナラやカエデ類、アケビやヤマブドウといったつる植物が入り込み、ハリモミの再生は思うように進んでいない。林のなかを歩くと、深く陰った純粋なハリモミの林から、明るい広葉樹の侵入地へと景色が移り変わる。その対比が、純林であり続けるために手入れを必要とする森の現状を映している。
森の周辺
この純林の一帯には、見どころが集まっている。富士山を背に季節の花が植えられる大規模な花畑「山中湖 花の都公園」は約1キロの距離にあり、森の散策と組み合わせやすい。公園と忍野村を結ぶ道路はハリモミ林のなかをまっすぐ貫いており、車で素通りする人でも、しばらくは林冠の下を進むことになる。
少し足を延ばせば、富士五湖で最も大きな山中湖がある。遊覧船や湖畔の散策路があり、この地域でも指折りの富士山の眺めが得られる。反対側の忍野村は、富士山の伏流水が湧き出る池の集まり「忍野八海」で知られる。長距離自然歩道である東海自然歩道もこのあたりを通り、湖と森をより広い散策のネットワークへとつないでいる。
Q&A
- 森のなかを歩けますか。
- 純林は花の都公園と忍野を結ぶ道路沿いに広がっており、道ばたから眺めたり近づいたりできる場所があるほか、周辺には歩道もあります。地元では所要約2時間の季節ごとのガイドウォークが開かれてきました。決まった入口や見学施設はないため、まとまった見学を考える場合は事前に村へ最新の状況を確認すると安心です。
- 訪れるのに良い季節はいつですか。
- ハリモミは常緑樹なので、森は一年を通して緑を保ちます。晩春から初夏は新芽が芽吹き、冬は雪や青空を背にした針葉樹の濃い緑がとくに印象的です。特定の見頃に左右されにくい森といえます。
- ふつうの針葉樹林と何が違うのですか。
- 違いは二つあります。ひとつは、複数樹種が混じる通常の林ではなく、一種類が大多数を占める「純林」であること。もうひとつは、その樹種であるハリモミが日本にしか分布しないことです。これに溶岩流という立地が加わり、他に例のない森になっています。
- どうやって行けばよいですか。
- 車では、東富士五湖道路の山中湖インターチェンジから約10分です。公共交通では、富士急行線の富士山駅などからバスを利用し、花の都公園に近いバス停から徒歩で向かえます。
- 森の健康状態はどうですか。
- 森は実際にさまざまな圧力にさらされています。台風による被害、過去の火災、古い木の立ち枯れ、できた隙間への広葉樹やつる植物の侵入などにより、自然な再生は難しくなっています。純林を保つため、侵入した植物の除去をはじめとする保全の取り組みが行われてきました。
基本情報
| 名称 | 山中のハリモミ純林(やまなかのはりもみじゅんりん) |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県南都留郡山中湖村 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(1963年〈昭和38年〉1月18日指定、1965年〈昭和40年〉6月4日追加指定) |
| 指定基準 | 代表的原始林、稀有の森林植物相 |
| 樹種 | ハリモミ(学名 Picea torano)。日本固有種の針葉樹 |
| 規模 | 総数約3万本、高さ20〜26メートル、目通り幹囲約2〜3メートル、保護区域面積は約57ヘクタール |
| 立地 | 海抜約950メートル。富士山の鷹丸尾溶岩流の上 |
| 土地 | もとは国有林。指定区域は2001年に山中湖村へ、2011年にはより広い区域が地元の入会管理組合へ移管された |
| アクセス | 東富士五湖道路 山中湖ICから車で約10分。富士山駅からバス利用も可能 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)– 山中のハリモミ純林
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1129
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)– 山中のハリモミ純林
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/162691
- 山中湖村 – ハリモミ純林
- https://www.vill.yamanakako.lg.jp/docs/2013021900103/
- 富士五湖観光連盟 – 山中湖ガイド
- https://www.mt-fuji.gr.jp/jyunrei/yamanaka/
最終更新日: 2026.05.25