紙本金地著色紅白梅図 尾形光琳が最晩年に遺した二曲一双
金地の画面を二分するように、黒く沈んだ銀の水流が末広がりに下りてくる。向かって右隻には満開の紅梅が画面いっぱいに枝を張り、左隻の白梅は幹の大部分を画面の外に隠し、一本の枝だけを水際へ差し出す。紙本金地著色紅白梅図〈尾形光琳筆/二曲屏風〉は、江戸時代中期の絵師・尾形光琳(1658〜1716)が最晩年に手がけたとされる二曲一双の屏風で、昭和31年(1956年)6月28日に国宝に指定された(指定番号00128)。
各隻の寸法は縦156.0センチ、横172.2センチ。弘前藩主津軽家に伝来し、のちにMOA美術館創立者・岡田茂吉(1882〜1955)の蒐集品となった。現在は世界救世教が所有し、静岡県熱海市桃山町のMOA美術館が保管している。
呉服商の家に生まれた絵師
光琳は京都の高級呉服商「雁金屋」の次男として生まれた。雁金屋は東福門院和子をはじめ宮中や大名家に出入りした家であり、光琳は意匠と色彩に囲まれて育っている。莫大な遺産を遊興で使い果たし、40歳前後から本格的に画業へ転じたという経歴はよく知られるところで、元禄14年(1701年)には法橋の位を得た。
光琳は俵屋宗達に私淑し、その画蹟から多くを学んだ。水流を挟んで紅梅と白梅を左右の隻に振り分ける画題の構成自体は、宗達周辺の作例に連なるものである。しかし白梅の樹幹をほとんど画面外に隠し、紅梅を画面いっぱいに展開させ、中央の水流に末広がりの曲面を与えた構図は、光琳の独創と評されている。
右隻に「青々光琳」、左隻に「法橋光琳」の落款があり、いずれにも朱文円印「方祝」が捺される。様式から最晩年、正徳期の作と考えられており、光琳画業の集大成と位置づけられてきた。
国宝指定の理由と評価
文化庁の国指定文化財等データベースは本作について、流れを挟んで向かい合う紅梅と白梅、金地に対する銀地の流れという際立った対照による大胆な構図を挙げ、光琳の最高傑作であり、装飾性を追求した琳派様式の一到達点を示すと解説する。斬新な意匠のうちに優れた象徴性を秘めるという指摘も付されている。
左右の扱いは意図的に不均衡である。紅梅は若木のように勢いよく、屈曲した幹から枝を放射状に伸ばす。白梅は老木で、画面に現れるのは節くれだった幹の一部と、水面へ垂れてから再び立ち上がる一枝のみ。両者の間を下る水流は、輪郭線を引かずに面として塗り残され、その上を渦巻く水紋が走る。この対置を老いと若さ、あるいは水流を挟んだ二つの存在の交感と読む解釈が重ねられてきたが、光琳自身は何も語っていない。意味を確定させない設計こそが、百年来の議論を呼び続ける理由でもある。
花弁を線描きせず、絵具の面だけで梅花を表す描法は、のちに「光琳梅」と呼ばれて意匠の世界に定着した。樹幹には、濡れた絵具の上に別の絵具を垂らして滲ませる、たらし込みの技法が確認できる。蕾の配列、枝の屈曲、水紋の筆さばき。一つひとつの要素が図案としても完結している点に、呉服商の家に育った絵師の資質が表れている。
科学調査が決着させた金箔論争
本作の材質をめぐっては、長く専門家の間で議論があった。平成17年(2005年)に公表された蛍光X線分析の報告は、金地に金箔が使われていない可能性、水流部に銀が検出されないという結果を示し、従来の理解を揺るがせた。
平成23年(2011年)、デジタル顕微鏡、ポータブル蛍光X線分析装置、ポータブル粉末X線解析計を用いた再調査が実施される。その結果、画面全体の金地には金箔が用いられていることが確認された。水流部には一面に銀が残存し、黒色部分から硫化銀が検出されたことから、銀箔を硫黄で硫化させ、意図的に黒く変化させたと推測されている。現在目にする墨色の流れは、経年の劣化ではなく、造形上の選択である可能性が高い。
公開時期とMOA美術館
本屏風は常設展示されていない。MOA美術館が毎年、梅の開花期に合わせて開催する名品展でのみ公開される。令和8年(2026年)は1月24日から3月11日まで、野々村仁清作「色絵藤花文茶壺」、古筆手鑑「翰墨城」と合わせ、同館所蔵の国宝3件が同時公開された。会期は年により変動するため、訪問前に公式サイトで確認したい。
美術館はJR熱海駅からバスで10分ほどの高台にある。エントランスから展示室までは、山を貫くトンネル内の長いエスカレーターを乗り継いで上がり、展示棟からは相模灘を一望できる。平成29年(2017年)には現代美術作家・杉本博司らの設計監修によるリニューアルが行われ、低反射ガラスと漆や行者杉を用いた落ち着いた展示空間に生まれ変わった。
隣接する瑞雲郷梅園は名品展の会期と重なって見頃を迎える。屏風の梅と園内の梅を同じ日に見比べられるのは、この美術館だけの趣向といってよい。熱海梅園や温泉街、海沿いの散策路と組み合わせれば、首都圏から一泊で無理のない行程が組める。
Q&A
- 紅白梅図屏風はいつでも見られますか。
- 常設展示はされていません。毎年1月下旬から3月頃にMOA美術館で開催される名品展の会期中のみ公開されます。日程は年により異なるため、公式サイトでの確認をおすすめします。
- MOA美術館へのアクセスを教えてください。
- 東海道新幹線または在来線でJR熱海駅へ。駅前から美術館行きの路線バスが出ており、所要約10分です。東京駅から熱海駅までは新幹線で40〜50分ほどです。
- 展示室での写真撮影はできますか。
- 展覧会や作品によって扱いが異なり、国宝は撮影対象外となる場合があります。展示室内の表示に従い、不明な点は係員に確認してください。
- 水流が黒いのはなぜですか。
- 平成23年の科学調査で水流部全体から銀が、黒色部分から硫化銀が検出されました。銀箔を硫黄で硫化させて黒く変化させたと推測されており、墨色の水面は意図的な表現と考えられています。
- 「琳派」とはどのような流派ですか。
- 俵屋宗達・本阿弥光悦に始まり、尾形光琳が大成した装飾的な造形の系譜を指します。名称は光琳の「琳」に由来し、金銀地の大画面や図案化された自然のモチーフを特徴として、絵画にとどまらず工芸や近代デザインにも影響を及ぼしました。
基本情報
| 名称 | 紙本金地著色紅白梅図〈尾形光琳筆/二曲屏風〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(絵画) 昭和31年(1956年)6月28日指定 指定番号00128 |
| 作者 | 尾形光琳(1658〜1716) |
| 時代 | 江戸時代(18世紀) 最晩年の作とされる |
| 員数・寸法 | 二曲一双 各 縦156.0cm×横172.2cm |
| 落款・印章 | 右隻「青々光琳」、左隻「法橋光琳」 朱文円印「方祝」 |
| 所有者 | 世界救世教 |
| 保管施設 | MOA美術館(静岡県熱海市桃山町26-2) |
| 公開状況 | 常設展示なし。毎年梅の開花期(例年1月下旬〜3月頃)の名品展で公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 紙本金地著色紅白梅図〈尾形光琳筆/二曲屏風〉
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/134
- MOA美術館 紅白梅図屏風(コレクション解説)
- https://www.moaart.or.jp/?collections=053
- MOA美術館 名品展 国宝「紅白梅図屏風」
- https://www.moaart.or.jp/event/bestcollection2026/
- 東京文化財研究所 尾形光琳筆 紅白梅図屏風の蛍光X線分析
- https://www.tobunken.go.jp/ccr/pdf/44/04401.pdf
最終更新日: 2026.06.10