一続きの屋根の下に十棟

旧日光田母澤御用邸(きゅうにっこうたもざわごようてい。通用表記は日光田母沢御用邸)は栃木県日光市本町八番二十七号にある近代の御用邸建築で、天保年間から大正十年(一九二一)にかけて建てられた十棟が、平成十五年(二〇〇三)十二月二十五日に国の重要文化財に指定された。指定番号は〇二四三三、指定基準は第一項「意匠的に優秀なもの」および第三項「歴史的価値の高いもの」である。

十棟という員数は法的な区分であって、現地で受ける印象とは一致しない。建物はすべて廊下で連結され、三階部分を除く屋根は一続きにつながる。訪れる者が目にするのは、百六室からなる単一の巨大な木造建築である。十という数は、この建築群が移築・新築・増築を重ねて成立した経緯を反映した区分にすぎない。

創設は明治三十二年(一八九九)。病弱であった皇太子明宮嘉仁親王、のちの大正天皇の夏季静養所として、日光二荒山神社神橋の西方約一キロメートル、大谷川沿いの地に営まれた。以後、昭和二十二年(一九四七)の廃止まで三代の天皇・皇太子が利用している。昭和十九年(一九四四)夏には、学習院初等科五年であった皇太子明仁親王が東京空襲を避けてここに疎開した。

床面積は四千四百七十一平方メートル、約千三百五十二坪。所有者である栃木県は、一棟の床面積としては国内最大規模の木造建築であり、明治期に造営された御用邸のうち本邸が現存する唯一の例であると説明している。

指定理由と建築群の層位

意匠と歴史の二基準による指定である。評価の前提となるのは、まず建築群全体が完存しているという事実にある。明治から大正にかけて葉山、沼津、塩原など各地に営まれた御用邸の多くは、火災、戦災、戦後の払い下げと解体によって失われた。田母沢はそれを免れた。

加えて、この建築群は造営過程そのものを可読な形で残している。既存建物を撤去せずに取り込む方針が採られたため、江戸・明治・大正の三時代の木造技術が一続きの屋根の下に並存し、材と手法の差が実見できる。

三時代の層

最古の部分は御座所で、国指定文化財等データベースは年代を天保年間(一八三〇〜一八四三)とする。もとは江戸赤坂の紀州徳川家中屋敷の一部であった。明治五年(一八七二)に皇室へ献上されて赤坂離宮となり、翌明治六年の皇居西の丸御殿焼失にともない仮皇居として用いられ、明治二十二年からは東宮御所、通称花御殿にあてられた。明治三十一年に解体され、翌年田母沢に移築されている。近世大名屋敷の一部が二度の移動を経て日光の山中に落ち着いた例である。

皇后御座所の出自は異なる。御用邸造営以前からこの敷地にあった、地元出身の銀行家小林年保の別邸を転用したもので、明治二十年頃の建築とされる。柱や長押に栂材を用いる点が他部分との識別点になる。

残る棟は、明治三十二年の創設時新築部と、大正七年から十年にかけての大増改築部に大別される。大正十年の謁見所(五〇〇・六二平方メートル)と内謁見所(三五七・〇五平方メートル)は後者に属し、大正初期の女官部屋(八四五・四五平方メートル)は十棟中最大の建築面積を占める。天皇の静養所として求められる規模が、皇太子時代とは根本的に異なっていたことを面積が示している。

設計・監理は宮内省内匠寮が一貫して担った。創設時の基本設計は内匠寮技師の木子清敬、大正期増築部の設計はその子である木子幸三郎とされる。二十年の隔たりをもつ増築が全体として破綻しない理由の一半は、この父子二代にわたる設計の連続性に求められよう。

室内の見どころ

見学は本邸の主要部を巡る経路で、多くの室は廊下または次の間からの観覧となる。畳敷きの室に入る場面では、絹製の畳縁を踏まないよう案内される。

御座所は大正天皇の執務室兼居間で、旧紀州徳川家中屋敷部分の一階にあたる。床・棚を備えた和室でありながら、床には絨毯を敷き、天井からシャンデリアを吊る。和洋折衷の解像度がよくわかる室である。絨毯は二十色のアキスミンスター織で、御学問所と謁見所にも同じ仕様が用いられた。御学問所は床の間の壁などに梅樹を描くことから梅の間とも呼ばれる。

二階には注視すべき室が三つある。御寝室は絨毯を用いず畳敷きとし、邸内で唯一、電灯ではなく燭台を置く。隣接する劔璽の間は三畳の小室で、皇位継承の象徴である剣と勾玉の複製を安置する。剣璽は天皇の一泊以上の行幸に随行する習わしで、安置所の畳は最上位の格式を示す繧繝縁とする。御日拝所は皇祖を遥拝するための室である。

三階の御展望室は畳敷きで、階下の格式とは対照的に数寄屋風のくつろいだ構えをとる。通常の見学経路には含まれず、冬季の特別公開などの機会に限って開かれる。

表御食堂は天皇が臣下や賓客と食事をとった室で、襖・壁・天井は和風、床は欅の寄せ木板貼りとする。引き戸のガラスの一部は建築当時のもので、面に歪みが残る。庭の景色がわずかに揺らいで見えるのはそのためである。大正期増築部には御玉突所も含まれる。皇后御座所は御座所と異なり絨毯を用いず畳敷きを通す。

庭園

本邸南の庭園は同一の入園券で見学できる。シダレザクラは御用邸成立以前、小林家の庭にすでに植栽されていた木で、樹齢の推定は資料により三百年台から四百年ほどまで幅がある。花期は四月中旬から下旬。通常非公開の二階皇后御学問所は、この時期に春の特別公開として開かれることが多く、室内からシダレザクラを見下ろすことができる。

現在の敷地面積は三万九千三百九十平方メートル。御用邸時代は十万七千平方メートルに及んだから、残るのはおよそ三分の一にあたる。

利用案内

入園料は高校生・大人六百円、小中学生三百円。二十名以上の団体は各五百円・二百五十円となり、毎月第三日曜の「家庭の日」は小中学生が無料となる。開園時間は四月から十月が九時から十七時、十一月から三月が九時から十六時三十分。冬季の受付終了時刻は公式サイト内でも記載に差があるため、閉園間際の入園を考える場合は電話(〇二八八・五三・六七六七)での確認が確実である。休園日は毎週火曜(祝日の場合は翌日)および十二月二十九日から一月一日まで。ただし四月十五日から五月三十一日、八月十三日から十六日、十月一日から十一月三十日、一月二日から五日は休まず開園する。

撮影は園内・見学経路とも通常可能とされ、映画撮影など許可を要する場合が別に定められている。音声ガイドは日本語と英語、案内板は多言語、無料リーフレットは日本語と英語で用意される。所要は邸内約四十五分、庭園約十五分が目安である。

交通はJR日光駅・東武日光駅から約三キロメートル。東武バスの湯元温泉行、中禅寺温泉行、奥細尾行、清滝行で「日光田母沢御用邸記念公園」下車、徒歩一分。バスの所要は約十分である。車の場合は日光宇都宮道路日光インターチェンジから約三・八キロメートル、駐車場は普通車二時間三百円。世界遺産「日光の社寺」の区域は下流側に徒歩圏で続く。

Q&A

Q旧日光田母澤御用邸は何棟が重要文化財に指定されていますか。
A十棟です。平成十五年(二〇〇三)十二月二十五日に指定番号〇二四三三で一括指定されました。御座所、御食堂、皇后御座所、謁見所、内謁見所、皇族及び臣下休所、御車寄、主殿寮、調理所、女官部屋の十棟で、いずれも木造・銅板葺です。各棟は廊下で連結され、実際には百六室からなる一体の建築として体験されます。
Q明治三十二年創設の旧日光田母澤御用邸に、なぜ江戸時代の建物が含まれるのですか。
A御座所が移築建物だからです。江戸赤坂の紀州徳川家中屋敷の一部として天保年間(一八三〇〜一八四三)に建てられ、明治五年に皇室へ献上されて赤坂離宮、明治六年には仮皇居、明治二十二年からは東宮御所として使われました。明治三十一年に解体され、翌年田母沢に移築されています。
Q日光田母沢御用邸記念公園の開園時間と入園料を教えてください。
A開園時間は四月から十月が九時から十七時、十一月から三月が九時から十六時三十分です。入園料は高校生・大人六百円、小中学生三百円。休園日は毎週火曜(祝日の場合は翌日)と十二月二十九日から一月一日で、四月十五日から五月三十一日、八月十三日から十六日、十月一日から十一月三十日、一月二日から五日は無休となります。冬季の受付終了時刻は公式サイト内でも記載に差があるため、事前確認をおすすめします。
Q旧日光田母澤御用邸の邸内で写真撮影はできますか。
A見学経路および園内での撮影は通常可能とされています。映画撮影など許可を要する場合は別に定めがあります。多くの室は廊下や次の間からの観覧となり、畳敷きの室では絹製の畳縁を踏まないよう求められます。
Q旧日光田母澤御用邸で通常公開されていない部屋はありますか。
A三階の御展望室、二階の皇后御学問所、および事務に使用している一部の室が通常非公開です。御展望室は冬季、皇后御学問所はシダレザクラの花期に合わせた春季に、それぞれ期間限定で公開されることがあります。実施の有無は公園から事前に告知されます。

基本情報

名称旧日光田母澤御用邸 十棟(きゅうにっこうたもざわごようてい)
所在地栃木県日光市本町八番二十七号
指定区分重要文化財(建造物) 指定番号〇二四三三 指定基準(一)意匠的に優秀なもの/(三)歴史的価値の高いもの
指定年平成十五年(二〇〇三)十二月二十五日
員数十棟
寸法女官部屋八四五・四五平方メートル/調理所六〇二・七七/皇族及び臣下休所五〇七・四八/謁見所五〇〇・六二/内謁見所三五七・〇五/主殿寮三四一・七九/皇后御座所二七八・二三/御座所二七四・九三/御食堂二五三・四九/御車寄一四一・四九。総床面積四四七一平方メートル、百六室。いずれも木造・銅板葺
所有者栃木県
公開状況日光田母沢御用邸記念公園として公開。四月から十月は九時から十七時、十一月から三月は九時から十六時三十分。高校生・大人六百円、小中学生三百円。毎週火曜および年末年始休園(例外期間あり)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 旧日光田母澤御用邸 御車寄
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3820
国指定文化財等データベース(文化庁) 御座所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3814
国指定文化財等データベース(文化庁) 皇后御座所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3816
国指定文化財等データベース(文化庁) 謁見所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3817
国指定文化財等データベース(文化庁) 女官部屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3823
文化遺産オンライン 旧日光田母澤御用邸 御座所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/149011
文化遺産オンライン 旧日光田母澤御用邸 皇后御座所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191653
日光田母沢御用邸記念公園 公園概要
https://www.park-tochigi.com/tamozawa/overview
日光田母沢御用邸記念公園 アクセス
https://www.park-tochigi.com/tamozawa/access
日光旅ナビ(日光市観光サイト) 日光田母沢御用邸記念公園
https://www.nikko-kankou.org/spot/18
とちぎ旅ネット 日光田母沢御用邸記念公園
https://www.tochigiji.or.jp/spot/s6052

最終更新日: 2026.08.24

同エリアの文化財

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  1. 旧日光田母澤御用邸 御車寄 0.00 km
  2. 旧日光田母澤御用邸 皇族及び臣下休所 0.02 km
  3. 旧日光田母澤御用邸 内謁見所 0.03 km
  4. 旧日光田母澤御用邸 謁見所 0.03 km
  5. 旧日光田母澤御用邸 主殿寮 0.04 km
  6. 旧日光田母澤御用邸 御座所 0.05 km
  7. 旧日光田母澤御用邸 調理所 0.05 km
  8. 旧日光田母澤御用邸 御食堂 0.05 km
  9. 旧日光田母澤御用邸 女官部屋 0.06 km
  10. 旧日光田母澤御用邸 皇后御座所 0.06 km