飯塚家住宅 本宅表門
栃木県那珂川町馬頭、現存する離れの南東、表通りに面して飯塚家本宅の表門が建つ。飯塚家の敷地全体のなかで最も古い建造物で、江戸末期、天保から慶応にかけて(一八三〇〜一八六七年)の建築である。近隣に残る新宅の建物群が明治のものであるのに対し、この門は幕藩体制の時代にまでさかのぼる。
その現存にはある種の趣がある。かつてこの門が構えを向けていた本宅の主屋は、すでにない。主屋は昭和後期に解体され、この表門と離れ、そして脇門など、わずかな要素だけが旧宅の位置を示して残った。門は今、建物であると同時に記憶に向かって開いている。
登録の理由と価値
本宅表門は平成十五年(二〇〇三年)九月十九日に登録有形文化財となった。登録基準は、新宅の建物群の多くとは異なり「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。この違いは示唆に富む。この門は物としてだけでなく、飯塚家が町の有力者であった頃の馬頭の姿を伝える町並みの一部として評価されている。
切妻造、桟瓦葺の大型の棟門形式で、本柱の背後に控え柱を立てて固める。外観はあえて簡素にとどめる。屋根に照りはなく、軒反りもなく、棟積みも低い。それでいて材は吟味されており、通りからやや控えて建ち、正面に溜まりを取ることで、抑制のなかにも格式を整えている。
見どころ
飯塚家の建物のうち、江戸期の趣味を直に読み取れるのはこの一棟だけである。すぐ近くにある明治の建物と頭のなかで見比べれば、感覚の移り変わりが見えてくる。古い門はより重く、より静かで、その品位は装飾ではなく比例と良材に担われている。通りから控えて建つ手前の溜まりは、設計された間として意識したい。
門は通りに面し、いつでも外から見ることができるため、これらの建物のなかで最も気軽に訪れやすい。敷地全体は那珂川町が所有し、大田原ツーリズムの運営で宿泊施設「飯塚邸」となっている。なお、この門は新宅の建物群とは別の住所に建つ。今はほぼ失われた古い本宅の一部であったことの名残である。
Q&A
- この門はほかの飯塚家の門とどう違うのですか。
- 明治期の新宅ではなく、より古い本宅に属します。江戸末期(およそ一八三〇〜一八六七年)の建築で、敷地全体で最も古い現存建造物であり、新宅群とは別の住所に建ちます。
- 元の本宅主屋は残っているのですか。
- いいえ。主屋は昭和後期に解体されました。この表門は、離れや脇門とともに、旧本宅の残る数少ない要素のひとつです。
- 棟門とは何ですか。
- 門口に独自の棟を持つ屋根を架けた門の形式です。これは大型の例で、切妻・桟瓦葺、本柱の背後に控え柱を立てて安定させています。
- 登録基準がほかと違うのはなぜですか。
- 造形の規範としてではなく、歴史的景観への寄与として登録されたためです。馬頭の町並みのなかでの価値に重きが置かれています。
基本情報
| 名称 | 飯塚家住宅 本宅表門(いいづかけじゅうたく ほんたくおもてもん) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県那須郡那珂川町馬頭363-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録 平成15年9月19日、告示 平成15年10月17日 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 年代 | 江戸末期(1830〜1867年) |
| 員数・構造 | 1棟/木造、瓦葺、間口約2.9m。控え柱を伴う大型の棟門形式。 |
| 所有者 | 那珂川町 |
| 公開状況 | 通りに面し外から見学可。宿泊施設「飯塚邸」(大田原ツーリズム運営)の一部。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 飯塚家住宅本宅表門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003514
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構) — 飯塚家住宅本宅表門
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116394
最終更新日: 2026.07.02