県立第三中学校の旧本館として
真岡高校記念館は、栃木県真岡市白布ヶ丘の栃木県立真岡高等学校構内に建つ木造2階建の旧本館で、明治36年(1903年)の建築、平成10年(1998年)7月23日に国の登録有形文化財(建造物)となった。
学校の創立は明治33年(1900年)である。中学校令の改正に伴い、既存の尋常中学校が第一中学校(現在の宇都宮高等学校)となり、その栃木分校が第二中学校(現在の栃木高等学校)として独立した。真岡はこれに続く三番目の県立中学校として設立された。創立から三年目の建物という位置づけが、この建造物を単なる旧校舎以上のものにしている。
建築年次には検討の余地が残る。校史年表は明治35年(1902年)9月28日の大暴風雨により南北両校舎と寄宿舎が全壊し本館も大きく傾いたことを記し、北校舎の再建を明治36年4月16日、本館・南校舎・寄宿舎の再建を明治37年(1904年)1月16日としている。一方、文化庁の登録原簿は記念館の年代を明治36年と記す。竣工年を厳密に押さえる場合、両者の突き合わせが必要になる。
「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準
登録番号は09-0006、適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。造形の完成度を評価する基準とは区分が異なり、その場所の歴史的性格を形づくっている建造物に与えられる。登録年月日は平成10年7月23日、告示は同年8月4日。所有者は栃木県で、現役の県立高等学校の敷地内に国の文化財が置かれている例は多くない。
文化庁の記載は入母屋造・総2階建、木造瓦葺、建築面積744平方メートル。1階に事務室・職員室・校長室などを収め、2階を広い講堂とする構成であった。用途は移り、現在は1階が校史の展示室、2階は引き続き講堂として使われている。なお耐震改修を手がけた施工業者の記録は延床面積を753平方メートルとしており、総2階建という記載と併せると数値の整合について確認を要する。
外観の語彙は簡素である。下見板張りにペンキを塗った白い壁面、横に引くのではなく上下に動く上げ下げ窓、太い丸柱を立てた玄関ポーチ。栃木県の文化財データベースは、全体の構成が宇都宮高等学校旧本館とよく似ている一方、内部の随所に独特の和風意匠が施されていると指摘する。洋風の量塊構成を採りながら在来の木造技法を手放さない、明治期の官公立建築に共通する折衷の在り方である。文化庁の解説文は、この素朴な外観を「質実剛健」の校風と結びつけて説明している。
二度の移動、震災、そして32台のジャッキ
建物は一箇所に留まっていない。昭和43年(1968年)に校内の北門横へ移築され、このとき「記念館」の名を与えられた。平成19年(2007年)には改修が施されている。
平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災で被害を受けた。調査の結果、基礎および土台の木材に著しい劣化が判明する。ここから先が近年の履歴のなかで最も注目される部分になる。解体を選ばず、建物全体を持ち上げる伝統技法「揚げ家工法」が採られた。32台のジャッキで記念館を2.3メートル揚げ、旧基礎を撤去し、その下に鉄筋コンクリート基礎を新造したのである。内部の壁は総漆喰で仕上げ直され、空調も整備された。工事費1億4,726万円は、同校出身で株式会社大塚商会創業者の大塚実氏が寄付している。竣工は平成27年(2015年)。
結果として、登録有形文化財が日常的に稼働する状態が保たれた。2階の講堂では学年集会や会議が年間を通して開かれており、この年代・この格付けの建物としては珍しい運用である。
見学には申請を要する。栃木県の文化財データベースは公開状況を「見学申請により公開」とし、敷地が現役の高等学校であるため、窓口は観光施設ではなく学校となる。同データベースはアクセスを真岡鐵道真岡駅から徒歩5分と案内している。授業時間帯の訪問や内部の撮影は事前に了解を得ておきたい。同じ真岡市内には昭和13年(1938年)竣工の真岡市久保講堂があり、フランク・ロイド・ライトの高弟遠藤新の設計による登録有形文化財である。明治と昭和の学校建築を並べて見られる位置関係にある。
Q&A
- 真岡高校記念館は一般見学できますか。
- 栃木県の文化財データベースは公開状況を「見学申請により公開」としています。敷地は現役の栃木県立真岡高等学校で、記念館も集会や会議に使われているため、事前に学校へ連絡して調整するかたちになります。一般向けの拝観料は公表されていません。
- 真岡高校記念館はいつ建てられ、もともと何に使われていた建物ですか。
- 文化庁の登録原簿は明治36年(1903年)とし、当時の栃木県立真岡中学校の本館でした。1階に事務室・職員室・校長室などを置き、2階は広い講堂でした。ただし校史年表は明治35年の大暴風雨を受けた本館の再建を明治37年1月としており、年次に食い違いがあります。
- 真岡高校記念館はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 平成10年(1998年)7月23日、登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」により登録されました。登録番号は09-0006です。明治期の県立中学校本館が現存する点、下見板張りと上げ下げ窓による洋風外観、そして建設された当のキャンパスで使われ続けている点が評価の柱になっています。
- 真岡高校記念館は東日本大震災の後どのように修復されたのですか。
- 建物全体を32台のジャッキで2.3メートル持ち上げる「揚げ家工法」により、劣化した旧基礎を撤去して鉄筋コンクリート基礎を新造しました。内壁は総漆喰で仕上げ直し、空調も導入されています。工事費1億4,726万円は同校出身の大塚実氏が寄付し、平成27年(2015年)に竣工しました。
- 真岡高校記念館へのアクセスと、近くで併せて見られる文化財を教えてください。
- 栃木県の文化財データベースは真岡鐵道真岡駅から徒歩5分と案内しています。所在地は真岡市白布ヶ丘24-1です。同じ真岡市内には遠藤新設計の真岡市久保講堂(昭和13年)があり、こちらも登録有形文化財です。明治と昭和の学校建築を対比して見ることができます。
基本情報
| 名称 | 真岡高校記念館/もおかこうこうきねんかん |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県真岡市白布ヶ丘24-1(栃木県立真岡高等学校構内) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号09-0006 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成10年(1998年)7月23日登録/告示同年8月4日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積744平方メートル(文化庁)。入母屋造・総2階建 |
| 所有者 | 栃木県 |
| 公開状況 | 見学申請により公開。1階は校史展示室、2階は講堂として現役使用 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「真岡高校記念館」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000564
- 文化遺産オンライン「真岡高校記念館」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113444
- とちぎの文化財(栃木県教育委員会)「真岡高校記念館」
- https://bunkazai.pref.tochigi.lg.jp/cultural/【真岡高校記念館】/
- 栃木県「県立高校紹介 栃木県立真岡高等学校」(PDF)
- https://www.pref.tochigi.lg.jp/m04/documents/41_moka.pdf
- 五月女建設「施工事例 真岡高校記念館 耐震改修工事」
- https://soutome.biz/jirei/997
最終更新日: 2026.08.24