藍の富が生んだ隠居所

青木家住宅主屋は、徳島県美馬市美馬町字宮前にある大正4年(1915年)建築の木造二階建住宅で、平成10年(1998年)10月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。吉野川左岸、3,590平方メートルの屋敷地のほぼ中央に建つ。

この建物を語るには屋敷全体を見る必要がある。敷地は高さ約2メートルの土塀と煉瓦塀で囲まれ、中央に主屋、その西に納屋、北西隅に土蔵と倉庫が並ぶ。主屋、納屋、倉庫、土蔵2棟、四脚門、そして土塀と煉瓦塀。これらがいずれも平成10年10月9日付で個別に登録されている。

主屋の建築面積は149平方メートル。入母屋造の大屋根を瓦で葺き、その下に四方へ庇をめぐらせる。なお美馬市の観光案内は間口十一間(約20メートル)、奥行六間(約11メートル)と記しており、文化庁の建築面積とは数値の取り方が異なる。ここでは一次資料である文化庁データベースの値に従う。

外観の印象を決めているのは壁の仕上げである。白漆喰ではなく、煤や灰を混ぜて灰色に発色させた鼠漆喰を用いる。瓦屋根と周囲の緑を背にしたとき、この色は誇示ではなく抑制として働く。二階窓の意匠も、登録記載が特徴として挙げる箇所である。

屋敷構え全体が評価された理由

登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録番号は36-0010、第14回登録である。登録有形文化財の制度が発足して二年しか経っていない時期の登録にあたり、徳島県内では最初期の事例に属する。

文化庁データベースが記す家業の来歴が、この建築を説明する。青木家はもと藍の生産を行った農家で、近代に入って建設業を営み栄えた。阿波藍は江戸期を通じて全国の染料市場を支配し、吉野川流域はその富の上に築かれた。しかし明治後期にドイツ製の合成染料が流入すると市場は急速に崩れる。本件が建てられたのは大正4年、藍市場が崩壊したのちであり、すでに資本を建設業へ移していた家が隠居所として構えた建物ということになる。

藍の時代の痕跡は敷地に残る。北西隅の土蔵のうち一棟は、藍の生産に使用した蔵と記録されている。北面の腰から下をなまこ壁とし、道路側の意匠を整えている。

登録は敷地を一つの構成として扱っている。納屋は小規模で横長の簡素な建物だが、壁を鼠漆喰で仕上げ腰に板を貼ることで主屋と意匠をそろえる。倉庫は使用人の住まいを兼ね、高さを低く押さえた長大な建物として屋敷地の西側を区切る。西面と南面は下見板貼り、東面は真壁とし、土蔵と仕上げを変えることで、囲いが単調な一続きの面に見えないよう配慮している。

境界にも設計がある。北側の道路面と東側を仕切る土塀は延長44メートル。下方を石積みとし、上方は屋敷側に約1間おきの控え壁を付す。道路側は漆喰、東側はモルタルで仕上げ、道路側の頂部は斜めに並べた煉瓦の上に笠木を置く。南側境の煉瓦塀は延長42メートルで、控え壁を外側に見せる点が土塀と対照をなす。主屋北方の四脚門は、道路側の屋根だけを本瓦で葺き、庭側は桟瓦とする。近代農村部の屋敷構えを、建物と塀と門の関係を保ったまま一体で残す例は多くない。

訪ねる前に

所有者は美馬市である。30数年の空家状態を経て、平成4年(1992年)に青木家から旧美馬町へ寄贈された。以後は町おこしの座談会、華道教室、舞踏と三味線の集い、結婚披露宴などに使われてきた。常設展示や定期公開の設定はないため、内部を見たい場合は美馬市教育委員会 地域学習推進課へ事前に確認する必要がある。外観と塀のめぐりは道路から見ることができる。

JR徳島線半田駅から車で約5分、徳島自動車道美馬インターチェンジからは約10分。国道438号が地区を南北に貫く。公共交通の便は薄く、車があるかどうかで、一件だけ見て帰るか複数を回れるかが分かれる。

車で数分の範囲に国史跡が二つある。郡里廃寺跡は白鳳期、およそ1300年前に創建された県内最古の寺院跡で、塔と金堂を東西に並べる法起寺式伽藍配置が確認されている。寺域中心には樹齢700年とされる銀杏の巨樹が立つ。その郡里廃寺跡から約2キロの位置には、後期古墳群の段の塚穴がある。美馬町にはまた、山門と伽藍を構える寺が連なる寺町があり、ゆっくり歩く価値がある。

撮影は塀から始めたい。道路沿いに途切れず続く、頭上を越える高さの土塀と煉瓦塀。その奥にどれほどの規模が控えているかを、まずこの一線が告げる。

Q&A

Q青木家住宅主屋の内部は見学できますか。
A美馬市が所有し、資料館ではなく地域の催しの会場として使われているため、定期的な公開日の設定はありません。内部見学を希望する場合は美馬市教育委員会 地域学習推進課へ事前にお問い合わせください。外観と周囲の塀は道路から見学できます。
Q青木家住宅主屋へのアクセスは。
AJR徳島線半田駅から車で約5分、徳島自動車道美馬インターチェンジから約10分です。国道438号が地区を通ります。路線バスの便は限られており、車での訪問が現実的です。
Q青木家住宅主屋に用いられている「鼠漆喰」とはどのような仕上げですか。
A鼠漆喰は煤や灰を混ぜて灰色に発色させた漆喰です。白漆喰では主張が強すぎる場面で用いられ、汚れも目立ちにくくなります。本件では主屋の外壁に用い、納屋にも同じ仕上げを反復させて屋敷全体の意匠をそろえています。
Q青木家住宅ではどの範囲が登録有形文化財になっていますか。
A平成10年10月9日付で、主屋、納屋、倉庫、土蔵2棟、四脚門、土塀、煉瓦塀がそれぞれ個別に登録されています。屋敷構え全体が対象です。土蔵のうち一棟は藍の生産に使用した蔵と記録されています。
Q青木家住宅主屋の周辺に他の見どころはありますか。
A県内最古の寺院跡である国史跡・郡里廃寺跡と、後期古墳群の国史跡・段の塚穴が近くにあります。美馬町の寺町も徒歩圏です。うだつの町並みで知られる脇町南町伝統的建造物群保存地区へは車で15分ほどです。

基本情報

名称青木家住宅主屋(あおきけじゅうたくしゅおく)
所在地徳島県美馬市美馬町字宮前225
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 36-0010
指定年平成10年(1998年)10月9日登録(告示10月26日、第14回)
員数1棟(主屋。同日付で敷地内の各建造物・塀が個別に登録)
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積149平方メートル/屋敷地3,590平方メートル
所有者美馬市
公開状況定期公開なし。地域の催しに利用。見学は美馬市教育委員会へ事前確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「青木家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000907
文化遺産オンライン「青木家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113987
文化遺産オンライン「青木家住宅土蔵(1)」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/136678
文化遺産オンライン「青木家住宅倉庫」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185640
文化遺産オンライン「青木家住宅土塀」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/216310
文化遺産オンライン「青木家住宅煉瓦塀」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/168851
文化遺産オンライン「青木家住宅門」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/166222
美馬市観光サイト「青木家住宅〔国登録有形文化財〕」
https://www.city.mima.lg.jp/kanko/map/list/4050.html
美馬市観光サイト「郡里廃寺跡」
https://www.city.mima.lg.jp/kanko/map/list/11527.html

最終更新日: 2026.08.23