旧北室醫院とは

旧北室醫院(きゅうきたむろいいん)は、徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生にある明治元年(1868年)開業の医院の建物群で、明治11年(1878年)の土蔵から昭和前期の庭門までの7件が、令和2年(2020年)8月17日に登録有形文化財となった。吉野川の南岸、川に向かって一段下がる段丘の縁に敷地があり、診療所・病棟・主屋・土蔵の4棟と、庭門及び内塀・土塀・石垣の3件が一つの屋敷構えをつくっている。

同じ年の3月19日、文化審議会は全国133件の建造物を登録するよう答申した。旧北室醫院の7件はその一覧で連番を与えられ、答申の解説は、漢方医学の医院として開業し、のちに西洋医学へ移った地方の医院だと紹介している。

名称の「醫」は「医」の旧字体で、文化庁の登録名もこの字を使う。

漢方から西洋医学へ、150年の医院

旧北室醫院の歴史は、明治元年(1868年)に漢方医として診療を始めたところから数えられる。明治11年(1878年)には漢方薬の原料をしまう土蔵が建ち、明治34年(1901年)には薬局と診察の間を表に並べた主屋が完成した。いずれも漢方医の時代の建物である。

転機は大正期に来た。大正10年(1921年)、主屋の西側に洋風の診療所が新築され、その北に入院用の病棟が渡廊下でつながった。資料館のウェブサイトには、この新しい病院棟が開院した日の写真が掲げられている。土塀と石垣は大正後期、庭門及び内塀は昭和前期の整備で、屋敷の外まわりは西洋医学の病院として形を整えたあとに固まったことになる。

医院は平成19年(2007年)に休院し、平成31年(2019年)1月、6代目院長の死去によって廃院となった。明治元年から数えて150年にわたる診療の終わりである。

建物の活用に向けた動きはその前から始まっていた。平成30年(2018年)11月に登録への準備が始まり、令和元年(2019年)に NPO 地域医療文化遺産研究機構が旧北室醫院医療資料館を創設した。令和2年(2020年)6月には病院棟の外壁を創建当時の色調に塗り直し、建具を補修している。登録と同じ8月に資料館として開館し、その後も手術室や院長室の再現、医療器具の名称と用途の調査が続けられてきた。

敷地の構成と歩く順序

旧北室醫院の敷地は、北側が吉野川へ向かって一段低くなっている。文化庁の解説から各棟の位置を拾うと、配置は次のようになる。

  • 敷地の南東に主屋が南を向いて建つ。主屋の中ほどから南の土塀まで、庭門と内塀が続く
  • 敷地中央の西寄りに診療所が南を向いて建ち、その北に病棟が渡廊下を介して続く
  • 診療所の東側に、南を向いた土蔵が建つ
  • 土塀は敷地の南辺の東半分から東辺までを囲み、南辺の中ほどで開いて主屋への入口になる
  • 石垣は北西の隅から北辺の中ほどまで延び、一段低い川側の地盤を受け止める

主屋への正式な入口は、南辺の土塀の切れ目である。土塀の端が北へ折れ込み、そのまま主屋の玄関へ導く構成で、入ってすぐ、漢方医時代の主屋と、その西に建つ大正の洋風診療所という二つの時代が視界に並ぶ。病棟は診療所の奥(北)に隠れ、石垣は川側の低地に下りて見上げたときに全体がつかめる。

旧北室醫院の登録文化財7件

7件はいずれも令和2年(2020年)8月17日の登録で、登録番号は36-0206から36-0212まで続く。主屋だけが「造形の規範となっているもの」、残る6件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。

  • 診療所:大正10年(1921年)、昭和中期増築。木造2階一部平屋建(登録番号36-0206)
  • 病棟:大正10年(1921年)頃。木造平屋建(36-0207)
  • 主屋:明治34年(1901年)、昭和前期増築。木造2階建(36-0208)
  • 土蔵:明治11年(1878年)。土蔵造2階建(36-0209)
  • 庭門及び内塀:昭和前期。木造の門と板塀(36-0210)
  • 土塀:大正後期。総延長58メートル(36-0211)
  • 石垣:大正後期。石造、総延長64メートル(36-0212)

旧北室醫院を見学するには

旧北室醫院は、旧北室醫院医療資料館として予約制で公開されている。資料館のウェブサイトによると、見学は無料で、住所・年齢・氏名・人数を問い合わせフォームかメールで伝えると、折り返し日程の相談がある。管理者の勤務の都合上、日曜日の午前から午後1時ごろまでが比較的都合をつけやすいという。案内にはおよそ1時間かかり、展示品を手に取れるため、1回の案内は2〜4名程度の少人数に限っている。

撮影は、ほかの見学者の個人情報に配慮すれば自由とされている。令和7年(2025年)10月には全国近代化遺産活用連絡協議会の一斉公開に参加し、予約なしの一般公開に73名が訪れた。こうした公開日が設けられる年もあるので、最新の情報は資料館のウェブサイトとインスタグラムで確かめたい。

公共交通ではJR徳島線の阿波半田駅から歩いて約15分。全国近代化遺産活用連絡協議会の案内では、車の場合は国道192号の青石橋南詰が目印で、駐車場は5台分とされる。なお資料館の案内には所在地が「半田字松生83-1」と書かれており、文化庁データベースの地番(182-1・183-1)とは表記が異なる。地図で探すときは両方を手がかりにするとよい。

建物ごとの見どころと、内部をどこまで見られるかは、それぞれの建物のページにまとめてある。

参考文献

国指定文化財等データベース 旧北室醫院診療所(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013451
国指定文化財等データベース 旧北室醫院主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013453
国指定文化財等データベース 旧北室醫院石垣(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013457
文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について 令和2年3月19日(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/92093901.html
同 一覧表(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92093901_02.pdf
登録文化財-建造物(つるぎ町)
https://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/docs/3508.html
旧北室醫院医療資料館
https://www.kitamuro-rmch.com/
旧北室醫院医療資料館(全国近代化遺産活用連絡協議会)
https://www.zenkin.jp/koukai_n/7491

最終更新日: 2026.09.26

基本情報

名称旧北室醫院
所在地徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生182-1他
指定登録有形文化財 7件
座標34.04111, 134.02610