旧北室醫院土蔵とは

旧北室醫院土蔵(きゅうきたむろいいんどぞう)は、徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生にある明治11年(1878年)建築の土蔵造2階建の蔵で、令和2年(2020年)8月17日に登録有形文化財となった。漢方薬の原料などを保管するために建てられた蔵で、旧北室醫院の7件のなかで最も古い。

診療所の東側に南を向いて建ち、建築面積は31平方メートル。敷地の建物のなかではいちばん小さいが、北室家が明治元年(1868年)に開業してからわずか10年後の姿を伝える唯一の建物でもある。

旧北室醫院土蔵が登録された理由

旧北室醫院土蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財になった。文化庁の解説は、外観は簡素ながら医院の働きを補った建物だと位置づけている。

医院の敷地に建つ蔵という点に、この建物の意味がある。漢方の診療では、生薬の原料を切らさず、湿気や虫から守って蓄えておくことが欠かせない。旧北室醫院土蔵は、主屋の薬局で調合される薬の元を預かる、いわば医院の倉庫だった。明治34年(1901年)の主屋より23年早く建っており、漢方医としての北室家の仕事を最も早い段階から支えてきた。

旧北室醫院土蔵の見どころ

軒裏まで塗り込めた白壁

構造は土蔵造で、外壁は漆喰で軒裏まで塗り込めている。屋根の出の下、垂木が見えるはずの部分まで白い漆喰で包んでしまう造りは、火が軒下から入り込むのを防ぐための土蔵の定石である。塗り込めの仕上がりは、軒の下に立って斜めに見上げると確かめやすい。

本瓦の蔵と桟瓦の深い下屋

蔵本体の屋根は本瓦葺で、正面には桟瓦葺の深い下屋を付けている。重い本瓦の屋根と、軽い桟瓦の庇という二種類の瓦が一棟のなかで使い分けられている。深い下屋は、雨の日にも扉を開けて荷を出し入れするための軒下を蔵の前に確保したものと考えられる。

鉄板で仕切った内部

内部は板敷で、壁と天井に鉄板を張って区画を分け、保管用の棚を設けている。土と漆喰の厚い壁の内側に、さらに金属の内張りを加えた念の入れようで、中に納めた生薬の原料を大切に扱っていたことがうかがえる。

旧北室醫院土蔵の見学

旧北室醫院土蔵の外観は、旧北室醫院医療資料館の予約制の見学で敷地に入れば、診療所の東側に見ることができる。白壁と本瓦の小さな蔵は、隣に建つ洋風の診療所との対比がわかりやすい。

鉄板張りの内部を案内してもらえるかどうかは、資料館のウェブサイトに記載がない。蔵の中を見たい場合は、予約の際に資料館へ確認しておきたい。申し込み方と交通は旧北室醫院のページにまとめてある。

Q&A

Q旧北室醫院土蔵はいつ建てられましたか?
A明治11年(1878年)の建築で、旧北室醫院の7件のなかで最も古い建物です。
Q旧北室醫院土蔵は何に使われていましたか?
A漢方薬の原料などを保管する蔵でした。内部は板敷で、壁と天井に鉄板を張って区画し、保管棚を設けています。
Q旧北室醫院土蔵の建物の特徴は何ですか?
A土蔵造2階建の本瓦葺で、正面に桟瓦葺の深い下屋を付けています。外壁は漆喰で軒裏まで塗り込めています。建築面積は31平方メートルです。
Q旧北室醫院土蔵はいつ登録有形文化財になりましたか?
A令和2年(2020年)8月17日です。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q旧北室醫院土蔵の中は見られますか?
A外観は資料館の見学で敷地に入れば見られます。内部の公開については資料館の案内に記載がないため、予約の際に確認してください。

基本情報

名称旧北室醫院土蔵
所在地徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生183-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟
寸法建築面積31平方メートル
所有者非公表
公開状況外観は敷地内から見学可、内部の公開範囲は要確認(予約制)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧北室醫院土蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013454
文化遺産オンライン 旧北室醫院土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/458549
文化審議会の答申 一覧表 令和2年3月19日(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92093901_02.pdf
登録文化財-建造物(つるぎ町)
https://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/docs/3508.html
旧北室醫院医療資料館
https://www.kitamuro-rmch.com/

最終更新日: 2026.09.26