旧北室醫院土塀とは

旧北室醫院土塀(きゅうきたむろいいんどべい)は、徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生にある大正後期に築かれた総延長58メートルの瓦葺の土塀で、令和2年(2020年)8月17日に登録有形文化財となった。敷地の南辺の東半分から東辺までをL字形に囲み、主屋が建つ南東の一角の外まわりを受け持っている。

南辺には主屋へ入る開口があり、旧北室醫院の表構えは、この土塀の長い白壁によってかたちづくられている。

旧北室醫院土塀が登録された理由

旧北室醫院土塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財になった。文化庁の解説は、敷地南東の表構えを重厚に演出するものと評価している。

塀は囲うための工作物だが、旧北室醫院土塀は同時に入口の設計でもある。南辺の中ほどで塀を開き、切れた端を北へ折り曲げて、主屋へ向かう導入路をつくっている。南の入口から敷地へ入る人は、塀の折れに沿って自然に主屋の玄関へ向きを変えることになる。塀の平面そのものが来訪者の動きを決めている点が、この土塀の要である。

旧北室醫院土塀の見どころ

折れ込む入口

南辺の開口部に立つと、左右の塀の端が内側(北)へ曲がり込んでいるのがわかる。入口の外からは敷地の中が一度に見通せず、一歩入ったところで主屋が正面に現れる。武家屋敷の枡形ほど厳格ではないが、見通しを切って奥行きを感じさせる手法として読むことができる。

洗出しの腰と白い漆喰

屋根は桟瓦葺、壁は漆喰塗りで、南辺だけは腰の部分を洗出し仕上げとしている。洗出しは、セメントに砂利を混ぜて塗り、表面が固まりきる前に水で洗って粒を浮き出させる仕上げで、白壁の下に石粒のざらりとした帯が走る。表構えとなる南辺にだけこの手間をかけていることに、表側を意識した意匠の配分が表れている。

虫籠窓に見立てた開口

壁の要所には、木製の縦格子をはめた開口が開けられている。文化庁の解説はこれを虫籠窓風の開口と呼んでおり、町家の2階に見られる細い格子窓を土塀に写した意匠である。長い白壁が単調にならないよう、一定の間隔で視線の止まる場所がつくられている。

旧北室醫院土塀の見学

旧北室醫院土塀は、旧北室醫院医療資料館の予約制の見学で敷地に入ると、南辺と東辺の両方を確かめられる。洗出しの腰と格子の開口は南辺に集まっているので、入口の折れ込みから左右に塀をたどるとよい。敷地の外からどこまで見えるかは周囲の状況によるため、資料館の案内で見るのが確実である。

この土塀は令和3年(2021年)3月に一部が崩れ、補修を受けている。申し込み方と交通は旧北室醫院のページにまとめてある。

Q&A

Q旧北室醫院土塀はどのくらいの長さですか?
A総延長は58メートルです。敷地の南辺の東半分から東辺までを囲んでいます。
Q旧北室醫院土塀はいつ造られましたか?
A大正後期の建設です。令和2年(2020年)8月17日に登録有形文化財となりました。
Q旧北室醫院土塀の入口にはどのような工夫がありますか?
A南辺の中ほどで塀を開き、端を北側へ折り曲げて主屋への導入路としています。入口から入る人は塀に沿って主屋の玄関へ導かれます。
Q旧北室醫院土塀の仕上げの特徴は何ですか?
A桟瓦葺の屋根に漆喰塗りの壁で、南辺は腰を洗出し仕上げとしています。要所に木製の縦格子を入れた虫籠窓風の開口があります。
Q旧北室醫院土塀はどうすれば見られますか?
A旧北室醫院医療資料館の予約制の見学(無料)で敷地に入ると、南辺と東辺、入口の折れ込みを見られます。

基本情報

名称旧北室醫院土塀
所在地徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生183-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟
寸法総延長58メートル
所有者非公表
公開状況予約制の見学で敷地内から見学可(無料)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧北室醫院土塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013456
文化遺産オンライン 旧北室醫院土塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/404821
文化審議会の答申 一覧表 令和2年3月19日(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92093901_02.pdf
登録文化財-建造物(つるぎ町)
https://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/docs/3508.html
旧北室醫院医療資料館
https://www.kitamuro-rmch.com/

最終更新日: 2026.09.26