箸蔵寺手水舎 ― 山上の本殿前に立つ明治期の四脚手水舎
方丈から本殿まで二百七十八段。一段ごとに般若心経の一字が刻まれた石段を昇りきると、まず眼に入るのは本殿だが、参拝の作法どおりにふるまうのなら、向かって右手に建つ小さな建物に先に立ち寄ることになる。箸蔵寺手水舎である。明治二十九年(1896年)の建立で、平成二十三年(2011年)十月二十八日付で国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
境内最上部、標高にして五百四十五メートルほどの場所にあり、軒先に立てば徳島県西部の山並みが幾重にも重なって見える。参拝者がここで柄杓を手にし、水盤の水を流すしぐさは、明治の昔から変わらない。
金毘羅大権現と弘法大師
箸蔵寺の縁起は、天長五年(828年)にさかのぼる。四国を巡錫していた弘法大師がこの山に登り、金毘羅大権現の神託を受けたと伝えられている。「箸を挙ぐる者、我れ誓ってこれを救はん」。箸を持つ者、すなわち食事をするすべての人を救おうという誓願であり、寺号の由来でもある。讃岐の金刀比羅宮が「こんぴらさん」として知られていくのに伴い、箸蔵寺はその「奥の院」として信仰を集めるようになった。神仏分離令以後、本社の金刀比羅宮が神社となった一方で、箸蔵寺は神仏習合の気配を色濃く残す寺として今日に至っている。
文政九年(1826年)の火災により多くの堂宇を失ったあと、十九世紀を通して再建が進められた。本殿・護摩殿・方丈(本坊)・薬師堂・鐘楼堂・天神社本殿の六棟が平成十六年(2004年)に重要文化財として指定されたのに対し、手水舎は明治期に新しく加えられた建造物群の一つである。仁王門(明治13年棟札)、高灯籠(明治17年)、中門(明治前期)、そして手水舎(明治29年)の四件が、平成二十三年十月二十八日に揃って登録有形文化財となった。
登録の意味
登録有形文化財制度は、平成八年(1996年)の文化財保護法改正で創設された比較的新しい仕組みで、重要文化財に指定するほどではないが守るべき建造物を、より緩やかな規制のもとで保存・活用するための制度である。築五十年以上を経て、国土の歴史的景観に寄与しているもの、造形の規範となっているもの、再現が容易でないものなどが登録の対象となる。
箸蔵寺手水舎は、明治中期に山上の大伽藍を整える過程で新築されたもので、建立当時の姿のまま使われ続けている。明治期の参詣施設の整備が、それ以前の重要文化財群と一体となって境内の景観を完成させたことを示す建造物として評価された。四件の登録物件のなかでは最小だが、本殿の真正面に位置するため、参拝者は必ずこの建物の前を通ることになり、儀礼上の役割は決して小さくない。
見どころ ― 階段の果てに
手水舎にたどり着くまでの道のりは平坦ではない。仁王門から本殿までは石段がおよそ七百六十九段。徒歩で全行程を登ると一時間を超える。ロープウェイを使えば山麓駅から方丈脇の山上駅まで標高差三百四十二メートルをわずか四分で運んでくれるが、その先、方丈から本殿までの二百七十八段、いわゆる「般若心経昇経段」だけは自分の脚で昇るしかない。
登りきった右手に手水舎がある。形式は四本柱の方一間、上屋を載せたごく標準的な手水舎だが、明治の建立から百三十年近くを経た部材の色合いや、無数の手のひらに磨かれて滑らかになった水盤の縁に、時の蓄積がにじむ。柱の上端にかかる腕木や梁の細工、軒裏の垂木の配り方を、見上げて確かめる価値がある。背後には、徳島市の清水寺から大正期に移築された江戸時代前期の観音堂が、ひっそりと建っている。これは県指定有形文化財で、境内のなかで最も古い建物である。
作法は神社と同じで構わない。右手に柄杓を持ち左手に水を注ぎ、持ちかえて右手を清め、再び右手に持って左手のひらに水を受けて口をすすぎ、最後に柄杓を立てて柄に水を伝わせて手元を清める。参拝の準備が整った状態で、本殿に進む。
周辺の見どころ
手水舎で清めたのち本殿に参拝したら、左手に広がる馬場へ歩を進めたい。毎年八月四日の箸供養や節分の星供養で柴灯大護摩や火渡りが行われる場で、ふだんは静かな広場である。馬場の山際には四国三十六不動霊場の不動明王の石像が並び、その先に大師堂(御影堂)が見える。下りは般若心経昇経段の途中、護摩殿の前にある一対の石灯籠も見逃せない。江戸末期、七代目市川海老蔵が八代目團十郎ら七人の息子の名を刻ませて寄進したものである。
山を下りれば、池田の町から吉野川沿いに大歩危・小歩危や祖谷のかずら橋が車で半日圏内である。池田は阿波の交通の要衝として栄えた町で、たばこ産業の歴史を伝える資料館や、地元の蕎麦を出す店がいくつかある。四国遍路の傍系である四国別格二十霊場では第十五番札所、四国三十六不動霊場では第四番札所、四国三十三観音霊場では第二十八番札所と、複数の霊場を兼ねた札所として巡礼者を迎え入れている。
Q&A
- 般若心経昇経段を登らずに手水舎を見ることはできますか。
- できません。手水舎は本殿前の最上段に位置するため、必ず方丈から二百七十八段を昇る必要があります。ロープウェイで運んでもらえるのは方丈までです。
- 手水舎は今も現役で使われていますか。
- はい。本殿参拝の前にここで手と口を清めます。明治の建立当初から、用途は変わっていません。
- 参拝に適した季節はいつですか。
- 三月末から四月上旬の桜、十一月中旬の紅葉が境内を彩ります。八月四日には全国に知られる箸供養が営まれ、火渡りや柴灯大護摩を見ることができます。冬場は寒波の折に積雪することもあります。
- 仏教寺院なのに本殿に鳥居や狛犬があるのはなぜですか。
- 箸蔵寺は本尊に金毘羅大権現を祀る、神仏習合の気配を色濃く残す寺院だからです。本社にあたる讃岐の金刀比羅宮が明治の神仏分離で神社となった一方、箸蔵寺は寺院として残り、本殿の参拝法も柏手による方と納経による方の双方が認められています。
- 手水舎の撮影はできますか。
- 境内の屋外部分の撮影は一般に可能です。本殿内部はご本尊が秘仏のため撮影できません。
基本情報
| 名称 | 箸蔵寺手水舎(はしくらじ ちょうずや) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成23年(2011年)10月28日 |
| 建立年代 | 明治29年(1896年) |
| 員数 | 1基 |
| 所在地 | 徳島県三好市池田町州津蔵谷1006他 |
| 所有者 | 宗教法人箸蔵寺 |
| アクセス | JR土讃線箸蔵駅から徒歩約5分の登山口駅から、箸蔵山ロープウェイで山上駅まで約4分。山上駅から方丈を経て般若心経昇経段(278段)を登った先の本殿前。 |
| 札所 | 四国別格二十霊場第15番、四国三十六不動霊場第4番、四国三十三観音霊場第28番ほか |
| 境内の他の文化財 | 重要文化財(建造物)6棟(本殿、護摩殿、方丈、薬師堂、鐘楼堂、天神社本殿)、登録有形文化財3件(仁王門、高灯籠、中門)、徳島県指定有形文化財(観音堂)。 |
参考文献
- こんぴら奥の院 箸蔵寺 公式ウェブサイト「箸蔵寺について」
- http://www.hashikura.or.jp/?page_id=4933
- 徳島県「国・県指定文化財一覧」(PDF)
- https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/803209.pdf
- 箸蔵寺 ― ウィキペディア日本語版
- https://ja.wikipedia.org/wiki/箸蔵寺
- 四国別格二十霊場 第十五番 箸蔵寺
- https://www.bekkaku.com/?page_id=43
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.05.16