通信全覧/続通信全覧 ― 日本と世界の出会いを記録した約2000巻の外交文書集
東京・港区麻布台に所蔵される「通信全覧」320冊と「続通信全覧」1784冊は、日本が鎖国を解き、近代国際社会の一員として歩み始めるまでの激動の10年間を、文書と記録によって克明に伝える歴史資料です。外務省外交史料館が所蔵するこの史料群は、合わせて約2,000巻にのぼる空前の規模を誇り、平成28年(2016年)に重要文化財に指定されました。
幕末の外交を研究する際の最も基本的な一次資料として、研究者だけでなく、日本史や近代化の過程に関心を持つすべての方にとって、その存在は計り知れない価値を持ちます。本記事では、これらの記録の歴史的背景、編纂の経緯、そして実際に訪れて関連史料に触れる方法をご紹介します。
歴史的背景:日本を変えた10年間の記録
「通信全覧」と「続通信全覧」が収載するのは、安政6年(1859)から慶応4年(1868)までの10年間に交わされた外交文書です。安政5年(1858)の安政五カ国条約締結を受けて横浜・函館・長崎が開港され、米英仏蘭露の各国公使館が江戸や開港場に拠点を構えると、徳川幕府の外国方には膨大な往復書翰や対話筆記が日々蓄積されていきました。
火災や政情不安によって文書が散逸する危険を強く感じた幕府の外国方は、これらの記録を体系的に整理・保存するという、当時としては画期的な事業に着手します。外交文書を「記録」として後世に残そうとするこの営みこそが、日本の近代外交記録編纂の出発点となりました。
「通信全覧」の編纂
正編にあたる「通信全覧」は、慶応元年(1865)から慶応3年(1867)にかけて、外国奉行手附の田辺太一らによって編纂されました。収載されているのは安政6年(1859)と万延元年(1860)の2年分です。構成は「編年之部」「類輯之部」「類輯提要之部」の三部から成ります。
この史料の特色は、幕府と諸外国との交渉を、まず文書か対話筆記かで区別し、さらに外国掛老中対応の案件か外国奉行以下の対応案件かという二軸で分類している点です。これにより、最大4種類のカテゴリに分類された後、国別・案件別に時系列で編綴されています。きわめて緻密な分類体系は、幕府末期の外交事務官庁の高度な行政能力をうかがわせます。
「続通信全覧」の編纂
続編にあたる「続通信全覧」は、明治4年(1871)に外務省外務大録の坂田諸遠らによって編纂が始まりました。本格的な編纂は明治7年(1874)からで、約10年の歳月をかけて完成しています。収載期間は文久元年(1861)から慶応4年(1868)までの8年分で、桜田門外の変後の最も激動した幕末期を網羅します。
「続通信全覧」の「編年之部」は、正編と異なり文書と対話筆記、幕府側対応者の地位による区別を設けず、案件ごとに時系列で記載するというより整理された方針が採られています。「類輯之部」では収録史料を27の「門」に分類しており、礼典・礼儀・慶弔・修好・官令・規則・法令・警衛・貿易・租税・地処・館舎・傭雇・覊旅・工業・外航・機関・物産・宗教・船艦・貨財・芸学・文書・武器・暴行・訴訟・雑にわたります。外交交渉だけでなく、当時の社会・経済・文化全般にわたる豊富な情報が含まれているのです。
なぜ重要文化財に指定されたのか
平成28年(2016年)3月11日、文化審議会は「通信全覧」「続通信全覧」を含む46件の美術工芸品を重要文化財に指定するよう文部科学大臣に答申しました。同年8月17日、文化財保護法第27条第1項に基づき、両史料群は重要文化財として正式に指定されました(文部科学省告示第116号)。
指定理由は明快です。「外交事務を職掌とする機関が編纂した外交文書集の嚆矢であり、幕末期の外交史を研究する上での基本資料として学術価値が高い」。すなわち、日本において外交を担う組織が体系的に外交記録を編纂した最初の例であり、同時に幕末外交史研究の根幹を成す史料群であるという、二重の歴史的意義が認められたのです。
編纂に当たった旧幕府外国方や草創期の外務省の人々は、火災や動乱で散逸した文書を集め直し、整理し直すという地道な作業に取り組みました。彼らの「営為」と苦悩の痕跡が、約2000巻という分厚い記録の中に刻まれていることこそ、この史料群の価値を一段と高めているといえるでしょう。
魅力と見どころ
原本そのものは保存上の理由から閲覧が制限されていますが、収録内容の豊かさは現在でも研究者と歴史愛好家を強く惹きつけてやみません。特に注目される点をいくつかご紹介します。
幕末の重大事件の生々しい記録
展示や復刻版で確認できる主要な収録案件には、幕末史を語る上で欠かせない事件が並びます。「米使ペルリ初テ渡来浦賀栗浜ニ於テ国書進呈一件」(ペリー来航)、「新見豊前守等米国渡航本条約書交換一件」(万延元年遣米使節)、「東禅寺英仮公使館兇徒襲撃一件」(東禅寺事件)、「生麦殺傷一件」(生麦事件)、「将軍太政返上事件」(大政奉還)など、教科書で目にする事件の現場記録が、文書と対話筆記の形で詳細に保存されています。
絵図・地図・風俗図の豊富さ
「続通信全覧」のもう一つの特色は、多数の絵図、地図、風俗図が挿入されていることです。編纂者たちは「図に拠らざれば詳らかならざるものは図を摹し載せて一目瞭然とせん」「地理分明ならざるも地図を掲げ載せて分野山川村里の位置を知るの捷径とすべし」という方針のもと、視覚情報を意識的に組み込みました。中島政信という人物が原図を忠実に縮製・模写する役を担い、岡野義之と長谷川与三郎が浄書を含む補助役を務めました。「小笠原島真景図」など、当時の調査団報告に伴う絵図は今日見ても秀逸です。
編纂者の声を伝える首巻
「続通信全覧」の首巻には「続通信全覧編進上表」という文書が収められており、編纂に際しての苦労と編纂者たちの気概が記されています。また、首巻には「皇洋対照暦」(和暦と西暦の対照表)、「弘化以降年号改元」、「天保以後旧幕府外国事務官吏列名」、「同五港奉行列名」といった、膨大な文書群を読み解くための手引書も含まれており、現代の研究者にとっても極めて有用な参考書となっています。
外交史料館を訪れる
外務省外交史料館は東京都港区麻布台に位置し、原本は本館の地下書庫に厳重に保管されています。研究者は本館の閲覧室で、雄松堂書店刊行の復刻版(1983〜1988年、全60巻+総目録・解説61冊)を申請の上、即日閲覧することができます。アジア歴史資料センターのデジタルアーカイブにおいても一部の史料を閲覧することが可能です。
一般の方により親しみやすいのが、令和6年(2024年)4月8日にリニューアルオープンした外交史料館展示室です。麻布台ヒルズ森JPタワー5階に位置し、解説パネルや解説映像が充実しており、幕末から21世紀に至るまでの代表的な条約書等が展示されています。「日米修好通商条約」、サンフランシスコ平和条約受諾時の吉田茂元総理の演説原稿、日本最古のパスポートなど、見ごたえのある史料が並びます。
不定期に開催される企画展示・特別展示では、「通信全覧」「続通信全覧」の原本ページを含む貴重な史料が公開されることもあります。訪問前に外交史料館のウェブサイトで開催状況を確認されることをお勧めします。
アクセス
- 東京メトロ日比谷線「神谷町駅」5番出口より、セントラルウォークを通り抜けて徒歩約4分
- 東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」4番出口より徒歩約2分
- 都営地下鉄大江戸線「六本木駅」5番出口より徒歩約10分
周辺の見どころ
麻布台・虎ノ門エリアは都心屈指の観光地であり、展示室訪問と組み合わせて充実した一日を過ごすことができます。
東京タワー
戦後日本の象徴である高さ333メートルの電波塔は、麻布台ヒルズから徒歩約15分。展望台からは東京の大パノラマを楽しむことができ、幕末の記録を見た後に近代日本の風景を眺めるという、時代を貫く体験が味わえます。
麻布台ヒルズ
展示室が入る森JPタワーは、高さ325メートルで現在日本一高いビル。「Modern Urban Village」をコンセプトに、緑豊かなガーデン、teamLab Borderlessデジタルアートミュージアム、多様なレストランやカフェが集積する複合施設として、訪日観光の拠点としても注目されています。
増上寺
徒歩約20分。徳川将軍家の菩提寺として知られる浄土宗の大本山であり、境内には六人の徳川将軍の墓所があります。「通信全覧」の対象期間に在位した家茂もこちらに眠っており、文書記録と実際の歴史空間とを結びつけて感じられる場所です。
六本木ヒルズ/森美術館
西へ徒歩圏内に、森ビルが先行して開発した六本木ヒルズがあります。森美術館の現代アート展示、東京シティビュー展望台、多彩な飲食店が揃い、幅広い嗜好に応える文化エリアです。
Q&A
- 一般の見学者でも「通信全覧」の原本を見ることはできますか?
- 原本は保存上の理由から直接閲覧は制限されています。研究者は本館閲覧室にて復刻版(雄松堂書店刊)を申請の上、即日閲覧することが可能です。また、麻布台ヒルズの展示室で開催される特別展示では、原本のページが公開される機会もあります。
- 展示室の入場料はかかりますか?
- 麻布台ヒルズ森JPタワー5階の展示室は入場無料です。開館時間は月曜日から土曜日の10時から17時30分(入室は17時まで)で、日曜日、国民の祝日、年末年始(12月28日〜翌年1月4日)は休室となります。
- どのような言語で書かれていますか?
- 原本は文語体の漢文調で書かれ、外国語文書の翻訳・写しも含まれます。現代日本語訳ではありません。展示室では英語の解説パネルや映像が用意されており、海外からの来館者にも理解しやすい工夫がされています。
- オンラインで閲覧することはできますか?
- アジア歴史資料センター(JACAR)のデジタルアーカイブで、多くの史料が世界中から閲覧可能です。また外交史料館のウェブサイトでも所蔵史料検索システムを通じて書誌情報を検索することができます。
- 展示室の見学にはどれくらいの時間が必要ですか?
- 常設展示と企画展示を合わせて、45分から1時間程度を目安にしてください。麻布台ヒルズの他施設や食事と組み合わせれば、半日の充実した見学コースになります。
基本情報
| 名称 | 通信全覧(320冊)/続通信全覧(1784冊) |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(美術工芸品・歴史資料の部) |
| 指定年月日 | 平成28年(2016年)8月17日(文部科学省告示第116号) |
| 収載期間 | 安政6年〜慶応4年(1859〜1868) |
| 編纂期間 | 通信全覧:慶応元〜3年(1865〜1867)/続通信全覧:明治4年(1871)開始、明治7年(1874)から本格編纂、約10年で完成 |
| 主要編纂者 | 田辺太一ら(通信全覧)/坂田諸遠ら 外務省(続通信全覧) |
| 所蔵 | 外務省外交史料館 |
| 本館所在地 | 〒106-0041 東京都港区麻布台1-5-3(閲覧室) |
| 展示室所在地 | 〒106-0041 東京都港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ森JPタワー5階 |
| 展示室開館時間 | 月〜土 10:00〜17:30(入室は17:00まで)/日・祝・年末年始休室 |
| 入場料 | 無料 |
参考文献
- 通信全覧/続通信全覧(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/400298
- 外交史料館所蔵「通信全覧」「続通信全覧」の重要文化財指定について(国立公文書館)
- https://www.archives.go.jp/publication/archives/no063/5795
- 通信全覧・続通信全覧(外務省外交史料館)
- https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/shozo/bakumatsu.html
- 展示室(外務省外交史料館)
- https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/archive.html
- 外交史料館のご紹介(外務省)
- https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/gaiyo.html
- 外務省外交史料館(港区観光協会)
- https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/2636
最終更新日: 2026.04.26