江戸屋店舗兼住宅〜300年の伝統が息づくアールデコの看板建築
東京都中央区日本橋大伝馬町の大伝馬本町通り沿いに、白い人造石の外壁がひときわ目を引く建物があります。「江戸屋店舗兼住宅」は、大正13年(1924年)に竣工した木造2階建ての店舗兼住宅で、関東大震災後の復興期に建てられた「看板建築」の優れた一例です。この建物には、享保3年(1718年)の創業以来300年以上の歴史を持つ刷毛・ブラシの老舗専門店「江戸屋」が現在も営業を続けています。
平成26年(2014年)4月25日、建築的・歴史的価値が認められ、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。日本橋の商人文化と近代建築の歴史を今に伝える貴重な遺構として、多くの建築ファンや歴史愛好家に親しまれています。
歴史的背景〜将軍家お抱えの刷毛師から老舗専門店へ
江戸屋の歴史は、江戸幕府第7代将軍・徳川家継の時代にさかのぼります。初代・利兵衛は将軍家お抱えの刷毛師として、江戸城の襖や障子の仕立てに用いる経師刷毛などを製作していました。やがて享保3年(1718年)、第8代将軍・徳川吉宗の時代に将軍家より「江戸屋」の屋号を賜り、経師刷毛、染色刷毛、白粉刷毛、塗装刷毛、人形刷毛、漆刷毛、木版刷毛といった江戸刷毛の専門店として開業しました。
江戸時代を通じて、江戸屋は職人から町娘まで幅広い層に質の高い刷毛を提供し続けました。特に白粉刷毛は肌触りの良さと品質の高さから、大奥の女性たちにも愛用されていたと伝えられています。店が位置する日本橋大伝馬町は、日光・奥州街道沿いの陸運の要所として栄え、木綿問屋が軒を連ねる江戸有数の商業地でした。
明治時代に入ると、生活の西洋化に合わせてデッキブラシ、洋服ブラシ、ヘアブラシなど西洋式のブラシの製造も開始しました。現在は12代目の当主が経営を引き継ぎ、刷毛・ブラシ合わせて3,000種類以上の商品を取り扱う、日本でも有数の刷毛・ブラシ専門店として営業を続けています。
文化財としての価値〜なぜ登録有形文化財に登録されたのか
江戸屋店舗兼住宅が国の登録有形文化財に登録された理由は、その建築的特徴と歴史的意義にあります。大正12年(1923年)の関東大震災により東京の多くの商家が焼失した後、復興期に建てられたこの建物は、「看板建築」と呼ばれる独特の建築様式を代表するものです。
看板建築とは、伝統的な木造の町家建築の正面(ファサード)を銅板、モルタル、タイル、人造石などで近代的に装飾した建物のことで、大正末期から昭和初期にかけて東京を中心に数多く建てられました。江戸屋の建物は、人造石洗出し仕上げによるファサードが特徴で、セメントに天然の玉石を練り合わせた後、表面のセメントを洗い流すことで骨材が現れ、天然石のような質感を生み出しています。
登録の公式説明では、「通りに面して建つ、木造二階建、人造石洗出し仕上げのいわゆる看板建築で、正面意匠は刷毛を表す。間口六・二メートル奥行一九・六メートルで、一階は店舗、事務所、倉庫、二階は居室及び倉庫とする。内外共に改修も少なく、建具や金庫も当初のものを残す」と記されており、建設当初の姿を良好に保っている点も高く評価されています。
建築の見どころ〜職人の遊び心が光るファサード
江戸屋店舗兼住宅のファサードには、注意深く観察すると数々の魅力的な意匠が隠されています。最も目を引くのは、窓の左右に施された6本の細長い棒状の装飾です。これは刷毛を表現したもので、創業以来の家業である刷毛づくりの伝統を建物の正面に刻み込んでいます。
1階の庇部分にはコーニス(水平に形作られた突起部)が施され、西洋古典様式のデザインを取り入れた水平線の強調が見られます。さらに、窓上のまぐさ(窓開口部の上部に設けた水平材)には、合計12匹のフクロウをかたどったレリーフ(浮き彫り)が施されています。フクロウは日本語で「不苦労」(苦労しない)や「福労」(福を呼ぶ働き)と当て字されることから、商売繁盛を願う縁起物として親しまれてきました。
また、外壁に掲げられた「江戸屋」の看板文字にも注目してみてください。漢字の払い(はらい)の部分がすべて毛の先を模した形になっており、刷毛の専門店らしい洒落た工夫が凝らされています。当時の大工棟梁や職人たちが自由な発想で意匠化したこれらのデザインは、老舗商家の歴史と伝統を建物に表現しつつ、商人の心意気と繁栄への願いを感じさせるユニークなものです。
来店案内〜今も息づく刷毛・ブラシの殿堂
江戸屋は現在も営業を続ける刷毛・ブラシの専門店であり、どなたでも気軽に訪れることができます。店内に一歩足を踏み入れると、天井から無数のブラシが吊り下げられ、壁面のショーケースには工芸品のように美しい伝統的な刷毛のサンプルが並ぶ光景が広がります。
商品は天然素材にこだわり、馬毛、豚毛、山羊毛、猪毛などの獣毛を用途に応じて使い分けています。職人が一穴一穴、手で毛を植え込む「手植え」の伝統技法により、最適な密度と弾力を実現しています。人気商品には天然毛の歯ブラシ、洋服ブラシ、靴ブラシのほか、プロのメイクアップアーティストにも支持される化粧ブラシなどがあります。
店内には中央区まちかど展示館の一つに指定された「江戸屋所蔵刷毛ブラシ展示館」もあり、東京都指定伝統工芸品である江戸刷毛7種類(経師刷毛、木版刷毛、染色刷毛、白粉刷毛、塗装刷毛、人形刷毛、漆刷毛)の展示を見ることができます。大正時代の註文帳など貴重な資料も展示されており、刷毛づくりの歴史を学べる小さな博物館のような空間です。
周辺情報〜歴史薫る日本橋大伝馬町を歩く
江戸屋が位置する日本橋大伝馬町は、慶長11年(1606年)に現在地に移転して以来、400年以上の歴史を持つ東京屈指の歴史的商業地です。江戸時代には日光・奥州街道沿いの陸運の要所として栄え、宝永2年(1705年)には55軒もの問屋が集中し、「木綿店(もめんだな)」の通称で知られた一大繊維問屋街でした。
周辺の主な見どころとしては、国の重要文化財に指定されている日本橋(徒歩圏内)、日本を代表する老舗百貨店・三越日本橋本店、辰野金吾設計の日本銀行本店本館(重要文化財)などがあります。近隣の横山町・馬喰町・東日本橋にかけては現在も繊維製品の卸問屋街が続いており、掘り出し物を求めて散策を楽しむことができます。
毎年10月19日・20日には、江戸時代から続く「べったら市」が宝田神社から大伝馬町にかけて開催され、べったら漬け(甘酢漬けの大根)を売る屋台や露店が並ぶ秋の風物詩として、多くの人々で賑わいます。この界隈に脈々と受け継がれてきた商人文化を肌で感じることができる、おすすめの散策エリアです。
Q&A
- 看板建築とは何ですか?
- 看板建築とは、大正末期から昭和初期にかけて、主に関東大震災後の復興期に東京を中心に建てられた建築様式です。伝統的な木造町家の正面(ファサード)を銅板、モルタル、タイル、人造石などで近代的に装飾し、防火性や近代的な外観を実現したものです。江戸屋店舗兼住宅は、人造石洗出し仕上げのファサードを持つ代表的な看板建築の一つです。
- 江戸屋で商品を購入できますか?
- はい、江戸屋は現在も営業中の刷毛・ブラシ専門店で、3,000種類以上の商品を取り扱っています。天然毛の歯ブラシ、洋服ブラシ、靴ブラシ、化粧ブラシ、伝統的な工芸用刷毛など、幅広い商品を購入できます。営業時間は平日9:00〜17:00で、土曜・日曜・祝日は定休日です。
- 建物のフクロウのレリーフにはどのような意味がありますか?
- 建物のファサードの窓上部(まぐさ部分)には合計12匹のフクロウをかたどったレリーフが施されています。フクロウは日本語で「不苦労」(苦労しない)や「福労」(福を呼ぶ働き)と当て字されることがあり、商売繁盛を願う縁起物として、建設当時の職人たちが装飾に取り入れたものです。
- 最寄り駅からのアクセスを教えてください。
- 東京メトロ日比谷線「小伝馬町駅」から徒歩約4分です。旧日光・奥州街道にあたる大伝馬本町通り沿いに位置しています。JR総武快速線「新日本橋駅」や東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前駅」からも徒歩圏内です。
- 建物の内部は見学できますか?
- 1階の店舗部分は営業時間中にどなたでも自由に入ることができます。店内には「江戸屋所蔵刷毛ブラシ展示館」(中央区まちかど展示館)もあり、伝統的な江戸刷毛や歴史的資料を見学できます。2階の居室・倉庫部分は非公開です。
基本情報
| 名称 | 江戸屋店舗兼住宅(えどやてんぽけんじゅうたく) |
|---|---|
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成26年(2014年)4月25日 |
| 竣工 | 大正13年(1924年) |
| 構造 | 木造2階建、鋼板葺、建築面積94㎡ |
| 規模 | 間口6.2m/奥行19.6m |
| 所在地 | 東京都中央区日本橋大伝馬町2-16 |
| 店舗(江戸屋) | 享保3年(1718年)創業/現在12代目 |
| 営業時間 | 9:00〜17:00(土曜・日曜・祝日定休) |
| 電話番号 | 03-3664-5671 |
| アクセス | 東京メトロ日比谷線「小伝馬町駅」より徒歩約4分 |
| 公式サイト | https://www.nihonbashi-edoya.co.jp/ |
参考文献
- 江戸屋店舗兼住宅(えどやてんぽけんじゅうたく) - 中央区ホームページ
- https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/031021.html
- 江戸屋店舗兼住宅 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/207944
- 江戸屋所蔵刷毛ブラシ展示館 - 中央区まちかど展示館
- https://www.chuoku-machikadotenjikan.jp/tenjikan/hakeburashi/
- 江戸屋 - agataJapan.tokyo
- https://agatajapan.com/tokyo/en_us/shop/%e6%b1%9f%e6%88%b8%e5%b1%8b/
- 株式会社江戸屋 公式サイト
- https://www.nihonbashi-edoya.co.jp/
- 江戸屋 - まち日本橋
- https://www.nihonbashi-tokyo.jp/shops/tech-201103/
最終更新日: 2026.03.28