三代格式のうち、ただ一つ残った全巻

平安初期の朝廷は、律令を補う施行細則を三度にわたって編纂した。弘仁式と貞観式は失われ、最後の延喜式だけが五十巻すべてをそろえて今日まで残っている。十世紀の朝廷が神社をどう扱い、諸国にどう課税し、宮廷の儀礼をどの順序で進めたのか、その細部を知る根本史料がこの一書である。

東京国立博物館が所蔵する九條家本は、その延喜式の写本のうち、まとまった古鈔本として現存最古のものにあたる。残るのは二十七巻だが、そのうち二十四巻の紙背には、十一世紀の役所が使い終えた文書がそのまま残っている。本文を書くための紙が表に必要だったため、裏側の記録が偶然に守られた。

延喜式という法典

律令制では、律と令を補うために、追加法である格と施行細則である式が定められた。延喜式は、その式を集大成した法典である。醍醐天皇の勅により延喜五年(九〇五)に編纂が始まり、藤原時平、その没後は弟の忠平が引き継いで、延長五年(九二七)に成った。施行は四十年後の康保四年(九六七)である。全五十巻、条文は三千を超え、二官八省の役所ごとに配分されている。

巻一から巻十までは神祇官に関わる規定が占める。なかでも巻九・巻十の神名帳には、当時官社と認められた全国の神社が国郡別に列挙され、その数は二千八百六十一社にのぼる。ここに名のある神社は今日も式内社と呼ばれ、各地の古社が自らの由緒をたどる際の基準であり続けている。神祇のほかにも、宴の供饌、官人の列立の次第、装束の色目や素材、調理の方法まで、宮廷の運営が細かく規定されており、失われた弘仁・貞観の両式に代わって、十世紀の制度と生活を復元するうえでの第一級史料となっている。

国宝に指定された三つの理由

延喜式は長く写し継がれてきたが、九条家に伝来したこの本は、昭和五十六年(一九八一)に国宝に指定された。その価値は、後世の写本では代えがたい三つの点にある。

第一に、その古さである。残る二十七巻は神祇式から内膳司式に及び、途中に欠巻があるほか、巻第七のように巻次の重複も見える。本文の体裁は一様でなく筆跡も分かれており、平安後期に摂関家の周辺で複数の手によって書写されたとみられる。それでも、まとまった写本としては最も古く、原初の延喜式の姿に最も近い。

第二に、朱筆の存在である。ほぼ全巻にわたって、後の読者が漢文体の本文に朱の仮名を書き入れ、語の読みや文の切れ目を示している。この朱墨の仮名は、平安・鎌倉時代の読法を今に残しており、法制史料であると同時に、国語学上の貴重な資料ともなっている。

第三に、紙背の文書である。紙が高価であった時代、この本は役所で不要となった文書の裏面に書かれた。巻を裏返すと、康保三年(九六六)から承保元年(一〇七四)に至るおよそ百八十九通の文書が現れる。寛弘元年(一〇〇四)の讃岐国戸籍、上野国の交替実録帳、康保三年の清胤王書状など、ほかに伝わらない稀有な記録を含む。この時代の日常的な行政文書はわずかしか残らないため、裏に隠れたこの層は、表の法典に劣らぬ史料的価値をもつ。

附として一巻が加わる。延喜式(京職式)に定める京程に、左京や宮城以下の図を添えたもので、書写は南北朝時代だが、その内容は最盛期の平安京の姿、すなわち左右京や大内裏、内裏の配置を今に残している。古代都城の研究でしばしば参照される図である。

上野で対面する

この写本を所蔵するのは、上野公園内にある東京国立博物館である。これほどの紙本は光から守るために展示が限られ、常時公開はされていない。実物の一巻を目にしたい場合は、来館前に博物館の展示予定を確認するのがよい。書跡・典籍の展示替えは年間を通して行われている。

延喜式そのものが収蔵庫にある時期でも、本館の日本ギャラリーには書、彫刻、工芸の名品が並び、この写本の背景を知る手がかりになる。博物館は研究情報の画像アーカイブを公開しており、紙背文書を含む高精細の画像をオンラインで細部まで見ることもできる。上野公園そのものも歩く価値があり、複数の美術館や博物館、桜並木、寛永寺の旧境内が駅から徒歩圏に広がっている。

Q&A

Q訪問すれば実物の巻物を見られますか。
A常に見られるとは限りません。紙本の国宝のため、保存上の理由から展示は期間を区切った輪番制です。来館の前に東京国立博物館の展示情報を確認し、その時期に公開されているかをお確かめください。
Qほかの延喜式の写本と比べて、何が重要なのですか。
Aまとまった写本として現存最古であること、平安・鎌倉の読法を示す朱筆の仮名を備えること、そして裏面に他に伝わらない十一世紀の文書約百八十九通を残すことです。
Q「紙背文書」とは何で、なぜ重要なのですか。
A本文は、役所がすでに使い終えた紙の裏に書かれています。その表側にあたる古い記録が裏面に残り、十一世紀の戸籍や国の帳簿などを含みます。この時代の日常的な行政文書はわずかしか残らないため、特に貴重とされます。
Q延喜式は今も神社の研究に関わるのですか。
A巻九・巻十には、十世紀初頭に朝廷が公認した二千八百六十一社が列挙されています。そこに名のある神社は今も式内社と呼ばれ、社の古さや格を確かめる基本資料となっています。
Q東京国立博物館へのアクセスは。
A博物館は上野公園の北端にあります。JR・東京メトロの上野駅から徒歩約十分、鶯谷駅からはより近い距離です。

基本情報

名称延喜式(九條家本)
指定区分国宝(書跡・典籍)
指定年月日昭和五十六年(一九八一)六月九日
員数二十七巻(附 京程並京宮城内裏諸図 一巻)
本文の年代延喜式は延長五年(九二七)成立。本写本は平安後期の書写
寸法(第一巻)縦二九・六センチ、全長九・四五メートル、紙数二十三
特色全巻にわたる朱筆の仮名。二十四巻の紙背に康保三年(九六六)から承保元年(一〇七四)に至る約百八十九通の文書
所在地東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)
所有者独立行政法人国立文化財機構
公開状況輪番により随時展示。常時公開ではない

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/773
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189306
東京国立博物館
https://www.tnm.jp/
延喜式神名帳(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/358464

最終更新日: 2026.06.12