旧三井文庫第二書庫:品川の緑にたたずむ大正期コンクリート建築の名品
東京都品川区豊町、緑豊かな「文庫の森」公園の一角に、ひっそりとたたずむ小さな建物があります。それが、令和2年(2020年)4月3日に国の登録有形文化財に指定された「旧三井文庫第二書庫」です。大正11年(1922年)に建てられたこの3階建ての建物は、現存する日本最古級の壁式鉄筋コンクリート造として知られ、近代日本建築の歩みと、財閥三井家が育んだ史料保存の文化を今に伝える貴重な遺産となっています。
歴史が幾重にも重なる地に残るただ一棟
旧三井文庫第二書庫は、かつて「三井文庫」と呼ばれた史料管理施設群の中で唯一現存する建物です。この地には、長い歴史が幾重にも重なっています。江戸時代には肥後熊本藩細川家の下屋敷が置かれていた一帯で、明治23年(1890年)に三井家がこの土地を取得しました。大正7年(1918年)には、日本橋にあった三井家編集室がこの地に移転し、家伝の膨大な史料を整理・保管するための「三井文庫」が発足します。
当時、敷地内には事務棟と二棟の書庫が建てられました。しかし戦後の財閥解体に伴い、昭和26年(1951年)に三井文庫は活動を一時休止し、敷地は売却されることになります。その後、跡地と書庫は文部省の所管となり、長く国文学研究資料館として多くの研究者に利用されました。平成20年(2008年)に同館が移転すると、跡地は品川区に移管され、防災公園として整備された上で平成25年(2013年)に「文庫の森」として開園。第二書庫は地域の貴重な文化遺産として丁寧に保存され、公園の名前の由来にもなっています。
なぜ国の登録有形文化財に選ばれたのか
14メートル×9メートルほどの長方形の小さな建物が、なぜ国の文化財に選ばれたのでしょうか。その理由は、外観からは見えない内部の構造にあります。第二書庫は、柱ではなく壁そのもので建物全体の荷重を支える「壁式鉄筋コンクリート造」で建てられました。この工法は当時の日本ではまだ珍しく、現存する日本最古級の例として高く評価されています。
この構造を選んだ理由は明快で、貴重な史料を守るための実用性にありました。柱を省くことで書庫内部の空間を広く取れる上、厚い鉄筋コンクリートの壁は何よりも恐ろしい火災から書物を守る盾となります。各階の床と3階の天井もすべて鉄筋コンクリートのスラブで構成され、防火性能をいっそう高めています。さらに内部の書架の支柱には鉄骨が用いられ、書架としての役割と同時に建物の構造材としても機能するという巧みな設計が施されています。こうした技術的な工夫の積み重ねが、文化財としての高い評価につながりました。
建築の見どころと隠された物語
第二書庫の魅力は、外観のさりげない美しさにも宿っています。一見するとタイル張りに見える外壁は、実はモルタルをタイル風に丁寧に仕上げたもの。タイル目地の部分には、東京駅の煉瓦壁にも採用されている「覆輪目地(ふくりんめじ)」という、目地が盛り上がった上品な意匠が用いられています。職人たちが新しい素材であるコンクリートを用いつつも、伝統的な美意識を込めて仕上げた、大正期らしい繊細な仕事ぶりがうかがえます。
そして、もう一つ見逃せないのが窓のかたちです。当初から防火を意識して設計された建物でしたが、竣工翌年の大正12年(1923年)に発生した関東大震災を教訓に、さらなる防火対策が追加されました。窓の半分をモルタルで塗りつぶすという措置がとられた結果、市松模様のような独特のリズムをもった意匠が生まれ、今も外から眺めることができます。災害から大切な史料を守ろうとした当時の人々の真剣な思いが、建物の表情そのものに刻まれているのです。
訪問の楽しみ方と公開情報
建物の内部は、安全上の理由から原則として非公開となっており、現在は品川区の防災備蓄倉庫として活用されています。一方で、文庫の森公園に入れば、フェンス越しに外観を間近に眺めることができます。タイル風の外壁、市松模様の窓、緑の木々に囲まれたシルエットは、大正建築の素朴な味わいを伝えてくれる絶好の被写体です。春の桜の季節や、秋の紅葉のころには、周囲の自然と調和した一段と美しい景色が広がります。
内部の見学を希望される方は、毎年11月初旬頃に品川区が実施している「文化財一般公開」の時期に合わせて訪れるとよいでしょう。この期間には書庫が特別に公開され、学芸員による解説を聞きながら見学できる機会が設けられることもあります。日程は年によって変わるため、品川区や品川観光協会のウェブサイトで最新情報を確認してから出かけるのがおすすめです。
周辺の見どころと併せて楽しみたい場所
旧三井文庫第二書庫の見学は、周辺の散策と組み合わせるとさらに豊かな時間になります。文庫の森に隣接する「戸越公園」は、もともと細川家下屋敷の庭園に由来する日本庭園風の公園で、池や築山、季節の花々が訪れる人を迎えてくれます。二つの公園は地続きとなっており、合わせて散策するとちょっとした小旅行のような気分が味わえます。
また、徒歩圏内には、東京で屈指の長さを誇る商店街「戸越銀座」があります。約1.3キロメートルにわたって続く通りには、昔ながらの惣菜店やコロッケの名店、和洋のスイーツ店、個性豊かな飲食店がずらりと並び、地元の人々で賑わう活気ある雰囲気が魅力です。文庫の森の静かな歴史的空気と、戸越銀座の親しみやすい下町情緒という対比を楽しむのも、この地区ならではの醍醐味です。さらに三井家ゆかりの文化に触れたい方は、日本橋の「三井記念美術館」まで足を延ばせば、三井家が長年にわたり収集してきた美術工芸品の数々に出会えます。
Q&A
- 建物の内部に入ることはできますか。
- 通常は安全上の理由から非公開となっています。ただし、毎年11月初旬頃に品川区が開催する「文化財一般公開」の期間中には、特別に公開され、学芸員による解説とともに見学できる機会が設けられることがあります。
- いつ建てられた建物ですか。
- 大正11年(1922年)に竣工しました。竣工の翌年に発生した関東大震災にも耐え抜き、100年以上にわたって品川の地に立ち続けています。
- どうしてこの建物が文化財に指定されたのですか。
- 現存する日本最古級の壁式鉄筋コンクリート造建築であり、当時としては先進的な構造技術が用いられている点が高く評価されました。さらに、史料保存と防火を強く意識した巧みな設計と、職人による丁寧な仕上げも貴重な要素とされています。
- アクセス方法を教えてください。
- 最寄り駅は東急大井町線の戸越公園駅で、徒歩約2分です。都営浅草線の戸越駅からも徒歩約9分でアクセスできます。文庫の森公園内に位置しています。
- 見学に料金はかかりますか。
- いいえ、無料でご見学いただけます。文庫の森は誰でも自由に入ることのできる公園で、開園時間中であればフェンス越しに外観をいつでも眺めることができます。
基本情報
| 名称 | 旧三井文庫第二書庫(きゅうみついぶんこだいにしょこ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 令和2年(2020年)4月3日 |
| 竣工 | 大正11年(1922年) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造(壁式構造)3階建、金属板葺、建築面積約130平方メートル |
| 所在地 | 東京都品川区豊町一丁目1131-1(文庫の森公園内) |
| 所有者 | 品川区 |
| アクセス | 東急大井町線「戸越公園駅」より徒歩約2分/都営浅草線「戸越駅」より徒歩約9分 |
| 料金 | 無料(外観見学のみ。内部は特別公開時のみ見学可) |
参考文献
- 旧三井文庫第二書庫 国登録有形文化財へ|品川区
- https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/sangyo/sangyo-bunkazai/20200925125031.html
- 旧三井文庫第二書庫|文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/445143
- 文庫の森(旧三井文庫)|しながわ観光協会
- https://shinagawa-kanko.or.jp/spot/bunkonomori/
- 旧三井文庫第二書庫が国の有形文化財に登録|三井広報委員会
- https://www.mitsuipr.com/news/2019/1128-3/
最終更新日: 2026.04.21