聴かれるために建てられた建物

旧東京音楽学校奏楽堂は、東京都台東区上野公園にある明治23年(1890年)建築の木造校舎で、昭和63年(1988年)1月13日に国の重要文化財に指定された。東京藝術大学音楽学部の前身である東京音楽学校の校舎として建てられた建物で、「奏楽堂」とは本来、2階にある講堂兼音楽ホールを指す名称だった。それがいつしか建物そのものの呼び名になっている。

設計は文部技官の山口半六と久留正道。久留は上野の帝国図書館、現在の国際子ども図書館も手がけており、両者の外観には官庁建築らしい落ち着いた比例が共通している。構造は木造二階建、玄関ポーチ付、桟瓦葺で、建築面積は785.4平方メートル。中央家の左右に翼家が張り出す構成で、正面に立てば左右対称の輪郭がはっきり読み取れる。

明治23年以前にも演奏の場はあった。なかったのは、西洋音楽のために最初から設計され、音響が付け足しではなく設計課題として扱われたホールである。この建物の価値はそこにかかっている。

壁のなかの藁

文化庁の解説文は、技術面に踏み込んで書かれている点で珍しい。壁体や床下に藁や大鋸屑をつめて遮音や音響効果への配慮がみられること、そしてこれがわが国最初の本格的な音楽用ホールであることを記す。ホールの中央天井はヴォールト状、つまりかまぼこ型にくり抜かれ、四隅は直角を避けて丸めてある。音が隅に溜まらないようにするためである。音響設計は上原六四郎が手がけたと伝わるが、これは署名のある設計図に基づく話ではない。

この建物は一度、消えかかった。昭和40年代に入ると創建から80年余を経た老朽化が目立ち、昭和47年(1972年)には愛知県犬山市の博物館明治村へ移築保存する話がまとまった。日本建築学会や音楽家グループ、市民らの反対で撤回され、昭和58年(1983年)に台東区が東京藝術大学から譲り受ける。区は建物を約300メートル動かして上野公園内の現在地へ移築復原し、昭和62年(1987年)に一般公開を始めた。重要文化財の指定はその翌年である。

ここでの保存は「動態保存」と呼ばれる考え方に沿っている。使いながら残す。演奏会を開けば建物は傷むが、その傷みは生きた文化財を維持するための代価として引き受けられている。平成25年(2013年)4月から休館して耐震補強と保存修理にあたり、客席の取替えや防音窓の設置、パイプオルガンの修復を終えて、平成30年(2018年)11月2日にリニューアルオープンした。

見るもの、聴くもの

舞台正面のパイプオルガンは、コンサート用として日本最古のものである。紀州徳川家16代当主で音楽研究家でもあった徳川頼貞が英国のアボット・アンド・スミス社に発注し、大正9年(1920年)に自らの音楽堂「南葵楽堂」へ据えた。昭和3年(1928年)に東京音楽学校へ寄贈されている。パイプは1,379本、現在では珍しい空気式アクション機構を備える。

階段を上がるときは窓ガラスに目をやってほしい。移築の際、古い建材はできるだけそのまま使われた。年代物のガラスには、わずかな歪みや気泡が残っているものがある。玄関前には瀧廉太郎の銅像が立つ。ここで学んだ人である。山田耕筰はこのホールで歌曲を歌い、三浦環は日本人による初のオペラ公演でこの舞台からデビューした。

実用上の注意をひとつ。東京藝術大学の上野キャンパス内には、平成10年(1998年)竣工の「東京藝術大学奏楽堂」がある。数百メートルしか離れておらず名前もほぼ同じなので、演奏会に出かける前にはチケットの会場名を確かめたほうがよい。

公開日は日曜・火曜・水曜のほか、ホール使用のない日。公開時間は午前9時30分から午後4時30分まで、最終入場は午後4時。休館日は毎週月曜日、年末年始、特別整理期間である。入館料は一般300円、小・中・高校生100円で、未就学児は無料。日曜のミニコンサートはチェンバロとパイプオルガンが交互に登場し、そのほかの演奏会も年間を通じて開かれている。JR上野駅公園口から徒歩10分ほど。上野公園の北西寄り、博物館群よりさらに奥にある。

Q&A

Q旧東京音楽学校奏楽堂は見学できますか。公開日と入館料は。
A見学できます。公開日は日曜・火曜・水曜のほか、ホール使用のない日です。公開時間は午前9時30分から午後4時30分まで(最終入場は午後4時)。入館料は一般300円、小・中・高校生100円、未就学児は無料です。月曜日と年末年始は休館です。
Q旧東京音楽学校奏楽堂と東京藝術大学奏楽堂は同じ建物ですか。
A別の建物です。重要文化財は台東区が所有する上野公園内の明治23年(1890年)建築の木造建物で、東京藝術大学奏楽堂は上野キャンパス内に平成10年(1998年)に竣工したコンサートホールです。名称がほぼ同じため会場を取り違える例が多く、注意が必要です。
Q旧東京音楽学校奏楽堂のパイプオルガンは今も演奏されていますか。
A演奏されています。徳川頼貞が昭和3年(1928年)に寄贈したアボット・アンド・スミス社製、パイプ1,379本の楽器で、平成25年から平成30年の保存活用工事に合わせて修復され、日曜コンサートでチェンバロと交互に用いられています。
Q旧東京音楽学校奏楽堂の壁にはなぜ藁が詰められているのですか。
A遮音のためです。壁体や床下に藁や大鋸屑を詰めて外部の音を遮り、内部の響きを整えています。文化庁の解説文も、この工夫を音響への技術的配慮の例として挙げています。
Q旧東京音楽学校奏楽堂へは上野駅からどう行けばよいですか。
AJR上野駅公園口から徒歩約10分です。上野公園の北西寄り、博物館群を過ぎた先にあります。住所は台東区上野公園8番43号です。

基本情報

名称旧東京音楽学校奏楽堂
所在地東京都台東区上野公園8番43号
指定区分重要文化財(建造物) 指定番号02194
指定年昭和63年(1988年)1月13日
員数1棟
寸法木造、建築面積785.4平方メートル、二階建、玄関ポーチ付、桟瓦葺
所有者東京都台東区
公開状況公開(日曜・火曜・水曜ほかホール使用のない日、午前9時30分から午後4時30分)。一般300円。月曜日・年末年始休館

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 旧東京音楽学校奏楽堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/553
文化遺産オンライン — 旧東京音楽学校奏楽堂
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188393
台東区 — 旧東京音楽学校奏楽堂(重要文化財)
https://www.city.taito.lg.jp/kusei/shisetsu/bunkashisetsu/kuritsu/sougakudou.html
公益財団法人台東区芸術文化財団 — パイプオルガンについて
https://www.taitogeibun.net/sougakudou/rekishi/pipe_organ/
台東文化ガイドブック — 旧東京音楽学校奏楽堂
https://www.culture.city.taito.lg.jp/bunkatanbou/topics/sogakudo/index.html

最終更新日: 2026.08.22