学士会館とは — 神田錦町の角に建つ震災復興期の倶楽部建築

神保町駅から白山通りを北へ歩き、共立女子大学の手前で東に折れた一角に、赤茶のスクラッチタイルをまとった重厚な五階建てが現れる。学士会館。旧帝国大学七校の卒業生組織「学士会」の倶楽部施設として、昭和3年(1928年)に旧館が竣工した建物である。

関東大震災から五年後に建てられたこの建物は、当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造で、地上5階地下1階建、建築面積1839平方メートル。震災の教訓を骨格そのものに刻み込んだ「震災復興建築」の代表例として知られる。平成15年(2003年)1月31日に国の登録有形文化財に登録された。

玄関の半円アーチと、二・三階の直線的な窓廻り、四階の曲線基調が織りなす立面の対比。アーチ上部に施されたオリーブの装飾。スクラッチタイルが陰影を変えながら街の表情を引き受けてきた約一世紀の重みは、外から見上げるだけでも感じ取れる。

ただし、現在は再開発に伴って休館中である。令和6年(2024年)12月29日15時のクロージングセレモニーを最後に営業を終え、令和11年(2029年)夏から12年(2030年)頃の再開を目指している。今は内部に入ることはできないが、その来歴と建築的価値はむしろ「ここで何が起きるのか」を知る上で重要さを増している。

東京大学発祥の地に建つ理由

学士会館の敷地は、ただの神田の一区画ではない。ここは明治10年(1877年)に東京開成学校と東京医学校が合併し、東京大学が産声を上げた場所である。明治19年(1886年)に帝国大学へと改組される際、初代総理であった加藤弘之の退任を機に開かれた謝恩会が、学士会の原点となった。

のちに北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の旧七帝大の同窓組織として発展し、その会員たちのための社交施設として会館が構想された。

もう一つ、この敷地は日本野球発祥の地でもある。明治初期、東京開成学校の外国人教師ホーレス・ウィルソンが学課の合間に生徒たちに野球を教えていた。学校の片隅で始まった遊びが、のちに日本中へ広がる競技となる。平成15年(2003年)に建立された記念碑が敷地の一角に立っている。

知の発祥地と国民的スポーツの発祥地。学士会館は、その二つの記憶が重なる場所に建てられた。

設計者・高橋貞太郎と「会員の戻るべき家」

初代の学士会館は、明治期に建てられた木造2階建ての洋風建築だったが、神田三崎町の大火で焼失した。再建が議論される矢先、大正12年(1923年)の関東大震災が首都圏を襲う。計画は延期を余儀なくされ、紆余曲折の末、大正14年(1925年)に設計競技が開かれた。

このコンペで入賞したのが、当時33歳の建築家・高橋貞太郎である。彦根に生まれ、東京帝国大学工科大学建築学科を首席で卒業し、恩賜の銀時計を授かった俊英だった。学生時代に師事した佐野利器が構造設計を担当し、コンペで選ばれた高橋がデザインを手がける。鉄骨鉄筋コンクリート構造の確立者である佐野と、ホテルや邸宅建築に秀でた高橋の組み合わせは、震災復興期の建築家らしい合理性と、倶楽部建築としての親密さを同時に求める難題に応えるための布陣だった。

高橋自身が建物のコンセプトとして掲げたのは、「会員の戻るべき家」。家庭のような落ち着きを意識した設計で、玄関ホールは建物の規模に対してあえて小ぶりに、1階は会員の居間、2階は来客用の客間、3階は書斎、4階は宿泊用と、邸宅さながらの階層構成が組まれた。

その後、昭和12年(1937年)には三菱合資会社地所部の藤村朗の設計による「新館」が増築される。旧館の壁面から後退させながら、外壁を石貼りとスクラッチタイルで揃え、旧館の格調を尊重した。旧館の重厚な半円アーチ玄関に対し、新館はキャノピー付きの軽やかな車寄せ。性格の異なる二つの玄関が、八十数年にわたり連続したファサードを構成してきた。

登録の理由とスクラッチタイルが語るもの

学士会館の登録基準は「造形の規範となっているもの」。震災復興期の都市建築として、その後の昭和初期建築に影響を与える要素を多く備えていることが評価された。

外壁を覆うスクラッチタイルは、レンガから外装タイルへの過渡期に流行した素材で、表面に細い溝が刻まれている。釉薬を使わず、原料の鉄分による赤褐色や淡黄色が地色となる。光を吸い込み陰影を生むため、官公庁や大学施設、金融機関の建築で昭和3年から6年ごろにかけて流行のピークを迎えた。学士会館はその代表例のひとつである。

立面で見れば、二・三階の窓廻りが直線基調で整然と並ぶのに対し、四階の窓は曲線で柔らかく抜けていく。階上にいくほど私的な空間(書斎、寝室)が配されたことを思えば、この曲線への移行は機能と造形の両方を満たす設計上の手法と読める。

内部には、十二角に面取りされ鋲打ちのような造作を持つ柱が階段ホールを支える。大正期から流行したセセッション様式(ドイツ語圏のアール・ヌーヴォー)の影響を受けたとされる意匠で、邸宅的な落ち着いた空間にシャープなアクセントを与えていた。大理石のホールと相まって、来館者を迎える最初の印象を決めていた装置である。

付け加えれば、基礎には松杭が約1,300本打ち込まれている。東京駅前の丸ビル解体時にも確認された江戸以来の地盤改良技術で、近年の調査でも腐朽は確認されていない。鉄骨鉄筋コンクリートと松杭。新旧の構造技術が一つの建物に同居している点も、震災復興期ならではといえる。

2025年の新しい指定と、これからの学士会館

令和7年(2025年)3月26日、学士会館は東京都指定有形文化財(建造物)に指定された。国の登録有形文化財に加えて、より保護水準の高い都の指定文化財となったことで、再開発を経た後の保存活用の枠組みも一段強化された。

再開発計画では、旧館は曳家によって移動された上で耐震・改修工事を施し保存される。一方、新館は解体される予定で、計画はすでに動き始めている。白山通りの拡幅と、東隣のSC神田錦町三丁目ビル敷地を含めた共同開発が組み合わさり、令和12年(2030年)頃の再開を目指す。

休館前の姿は、学士会と文化財保存計画協会、三菱地所設計、ハコスコらが進めた「学士会館デジタルアーカイブ」で記録されている。VRやバーチャルツアー、360度動画で館内を巡れる仕組みで、建物に一度も入ったことがない人にも内部空間の質感を伝えるよう構成されている。

周辺の見どころ

休館中の今、現地を訪れる楽しみは外観の鑑賞と周辺散策に絞られる。それでも、神田・神保町は東京の中でもとりわけ歩き応えのある一帯である。

白山通りを南へ進めば、世界最大級の古書店街として知られる神田神保町に入る。古地図、美術書、洋書、漫画、それぞれを得意とする店が軒を連ね、靖国通り沿いには戦前から続く老舗書店も多い。神田古書店連盟加盟店だけでおよそ130軒。半日かけても回りきれない。

近隣の登録有形文化財建築としては、徒歩圏内に岩波書店一ツ橋ビル付近、九段方面に旧九段会館(現・九段会館テラス)、神保町交差点には三省堂書店本店跡地で進む再開発などがある。明治・大正・昭和の建築層が重なるエリアなので、建築散歩のテーマで歩くと飽きない。

食事処として知られていた館内の中華料理「紅楼夢」も休館に伴って一時閉店している。周辺には神田・神保町ならではのカレー店、老舗のとんかつ屋、洋食店が点在しており、ランチ激戦区として日中はオフィスワーカーで賑わう。

Q&A

Q学士会館は現在見学できますか?
A2024年12月29日をもって休館しており、内部の見学はできません。外観のみ通りから眺めることはできますが、再開発工事の進捗により囲いが設置される時期もあります。再開は2030年頃の予定です。
Q休館中、内部の様子を知る方法はありますか?
A学士会が公開している「学士会館デジタルアーカイブ」で、休館前の旧館・新館の内部空間をVRやバーチャルツアーで体験できます。階段ホール、ボールルーム(旧201号室)、玄関ホールなどが収録されています。
Q学士会の会員でなくても利用できる施設だったのですか?
Aはい。学士会館は学士会会員のための倶楽部施設ですが、休館前は一部を除きレストラン、宿泊、結婚式場、会議室などが一般にも開放されていました。再開後も同様の運営が継続される見込みです。
Qなぜ旧館だけ残して新館は解体するのですか?
A白山通りの拡幅計画と、隣接地との共同再開発の制約から、新館部分の存続が難しいと判断されました。旧館は曳家工法で別位置に移動した上で耐震改修を施し、新ビルと一体的に保存活用される予定です。新館は2024年末まで使用された後、解体前に詳細な記録保存が行われています。
Qこの地が「東京大学発祥の地」と言われる理由は?
A明治10年(1877年)、当時この地にあった東京開成学校と、神田和泉町から移転してきた東京医学校が合併して東京大学が設立されました。学士会館の敷地に建つ「東京大学発祥の地」の碑がその歴史を伝えています。同時に、ここは日本の野球発祥の地でもあります。

基本情報

名称学士会館(がくしかいかん)
所在地東京都千代田区神田錦町3-28
所有者一般社団法人学士会
指定区分登録有形文化財(建造物)/東京都指定有形文化財(建造物)
登録番号13-0134
国登録年月日2003年(平成15年)1月31日
都指定年月日2025年(令和7年)3月26日
員数1棟
構造・形式鉄骨鉄筋コンクリート造、地上5階地下1階建
建築面積1839㎡
竣工年旧館:1928年(昭和3年)/新館:1937年(昭和12年)増築
設計旧館:佐野利器・高橋貞太郎/新館:藤村朗(三菱合資会社地所部)
登録基準造形の規範となっているもの
公開状況2024年12月29日より休館中。2030年頃に再開予定
最寄駅東京メトロ半蔵門線・都営新宿線・都営三田線「神保町駅」徒歩約1分/東京メトロ東西線「竹橋駅」徒歩約5分

参考文献

国指定文化財等データベース「学士会館」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003070
文化遺産オンライン「学士会館」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187800
一般社団法人学士会「学士会館閉館のお知らせ」
https://www.gakushikai.or.jp/news/info/202412_01/
株式会社文化財保存計画協会「学士会館デジタルアーカイブが公開されました」
https://www.b-hozon.co.jp/news/727/
株式会社三菱地所設計「学士会館デジタルアーカイブ公開のお知らせ」
https://www.mjd.co.jp/news/74635/
千代田遺産「学士会館」
https://chiyoda.main.jp/seisiga/kobetsu/gakushik.html

最終更新日: 2026.05.16