元暦校本万葉集

全二十冊のうち巻第二十の末尾に、短い奥書が記されている。元暦元年(1184年)六月九日、ある人の本と引き合わせて校合を終えた、という一文に、官職名と花押が添えられたものである。この一行の年紀が、二十冊そろいの古写本を「元暦校本」と呼ばせる根拠になった。現在は東京国立博物館が所蔵し、昭和26年(1951年)6月9日に国宝へ指定されている。

底本となる『万葉集』は、奈良時代に編まれた現存最古の歌集である。全二十巻におよそ4500首を収め、短歌を中心に長歌や旋頭歌などを含む。後世の勅撰集が貴顕の歌に偏るのに対し、天皇や貴族の歌とならんで、地方の農民や九州警備に発した防人の作までが採られている点に特色がある。元暦校本は、その厖大な歌群を平安期の書写でほぼ全巻にわたって今に残す、数少ない写本のひとつにあたる。

五大万葉集のなかで

奈良時代の原本は一本も現存しない。『万葉集』の本文は、いずれも後代の写しを通して受け継がれてきた。なかでも平安期の優れた写本は「五大万葉集」と総称され、桂本、藍紙本、金沢本、天治本、そして元暦校本がこれに数えられる。五本のうちで収める歌の数が最も多いのが元暦校本で、早い時期の全巻本に最も近い姿を保つ。

もうひとつの特色は筆跡にある。本書は一人の手になるものではなく、複数の能書が分担して書写した寄合書(よりあいがき)で、二十冊を通じておよそ十五人の筆が認められる。巻第一は「三跡」の一人、和様の書を大成した藤原行成の筆と古来伝わるが、書風はそれより降る平安後期のものと見られ、いまは著名な歌切「高野切」の第三種を書いた能書の手に擬されている。伝称はなお巻に付されているものの、年代の判断は筆跡そのものに拠っている。

昭和26年の指定は、この二つの価値を同時に評価したものといえる。奈良時代の歌集を他のどの写本よりも多く書きとどめた本文と、平安の書のさまざまな様式を一帖ごとに保ち続けてきた料紙と筆である。

見どころ

料紙そのものが見どころになる。一冊はおよそ縦25センチ、横17センチで、雁皮を漉いた滑らかで丈夫な鳥の子紙が用いられている。紙のなかには紫と藍の繊維を雲のように散らした飛雲(とびくも)が漉き込まれ、淡墨の罫線が行を支える。色を帯びた地の上に万葉仮名と仮名の墨字がくっきりと浮かび、ある書き手の整然とした運筆と、別の書き手の速い呼吸との違いが、見比べるうちに次第に分かってくる。

例外が一冊ある。巻第六だけは平安の彩箋ではなく、約一世紀のちの鎌倉時代に紙本墨書で補写されたものである。前後の巻と並べると、欠を抱えた貴重な一具がどのように補われ、二十冊として保たれてきたかが読みとれる。

伝来もまた分散と再結合の経緯をたどる。もとは伊勢松阪の中川浄宇の所蔵で、のち有栖川宮家に入った。そこから二手に分かれ、六冊が高松宮家に伝わって高松宮本と呼ばれ、十四冊は桑名藩松平家、老中水野忠邦の手を経て古河家に渡り古河本となった。両系統はのちに国の所蔵のもとで再びそろう。各冊の傍らに「古河本」「高松宮本」と添えられているのは、この来歴の名残である。

実物を見るには・上野めぐり

料紙が傷みやすく光に弱いため、元暦校本は常設展示されていない。東京国立博物館の書跡・古写本の展示替えのなかで、巻ごとに折々公開される程度なので、実物を目当てに訪れる場合は事前に同館の展示予定を確かめておきたい。陳列されていない期間も、高精細画像公開システム「e国宝」を使えば全冊を一葉ずつ繰って閲覧でき、運筆の細部までを拡大して観察できる。ガラス越しよりも近く対面できることが多い。

博物館は上野公園の北端、上野駅から歩いてほどない位置にある。園内には国立科学博物館、国立西洋美術館、上野動物園、不忍池が散在し、近くには寛永寺や上野東照宮もある。春の桜は中央園路を中心に多くの人出となり、秋は落ち着いて博物館めぐりに向く。

Q&A

Q「元暦校本」という名前の由来は何ですか。
A巻第二十の奥書に、元暦元年(1184年)に他本と校合したと記されていることに由来します。その年号がそのまま写本の通称になりました。
Qこれは奈良時代の『万葉集』そのものですか。
Aいいえ。奈良時代の写本は現存しません。本書は平安時代、主に11世紀の書写で、現存する最も古く、かつ最も歌数の多い写本のひとつとして重んじられています。
Q本当に藤原行成が書いたのですか。
A巻第一が行成筆と古来伝わりますが、書風からは平安後期のやや降る筆跡と見られています。二十冊全体はおよそ十五人の能書が分担した寄合書です。
Q博物館でいつでも見られますか。
A常時は見られません。料紙保護のため特別展示の折にのみ公開されます。東京国立博物館の展示予定を事前に確認するか、「e国宝」で全冊の画像を閲覧してください。
Q料紙の特徴を教えてください。
A紫と藍の繊維を飛雲として漉き込んだ鳥の子紙に、淡墨の罫線を引いた彩箋です。ただし巻第六のみ、後の鎌倉時代に無地の紙へ補写されています。

基本情報

名称元暦校本万葉集(げんりゃくこうほんまんようしゅう)
種別書跡・典籍(国宝)
指定年月日昭和26年(1951年)6月9日
員数20冊
時代平安時代・11世紀(巻第六のみ鎌倉時代・12世紀)
寸法各冊 約25.0×17.0センチ
品質・形状彩箋墨書(巻第六のみ紙本墨書)
所有者独立行政法人国立文化財機構
所在地東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)
公開状況常設展示なし。特別展示の折に随時公開。全冊画像は「e国宝」で閲覧可。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「元暦校本万葉集」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/562
e国宝(国立文化財機構)「元暦校本万葉集」
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100167&content_part_id=0&content_pict_id=0&langId=ja
文化遺産オンライン(文化庁)「元暦校本万葉集」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/125957

最終更新日: 2026.06.13