法隆寺献納宝物の竜首水瓶

注ぎ口で龍が頭をもたげ、細い胴がそのまま反り返って把手になる。龍の頭の角を押すと上顎が持ち上がり、蓋が開く。片手でも水を注げる仕掛けである。高さ約50センチのこの金色の水差しが、東京国立博物館の法隆寺献納宝物を代表する一品、国宝「金銀鍍龍首水瓶」、通称・竜首水瓶(りゅうしゅすいびょう)である。

この器が博物館に入った経緯は少し変わっている。明治11年(1878年)、奈良の法隆寺が古くからの宝物300余件を皇室に献納した。これが法隆寺献納宝物で、正倉院宝物と双璧をなす古代工芸のまとまりとして知られ、年代は正倉院よりひとつ古い時代にさかのぼる。法隆寺にあった十数口の水瓶のうち、最も大きく、最も入念に作られているのがこの一口である。

指定名称には金と銀、双方の鍍金を示す字が並ぶ。現在は独立行政法人国立文化財機構が所有し、上野公園の法隆寺宝物館で展示されている。

来歴をめぐる見方の変化

この水瓶は、長らく舶載品と考えられてきた。初期の記録では銀製とされ、唐時代の中国の作と位置づけられ、かつては「銀龍首胡瓶」に近い呼び方もされていた。胡瓶(こへい)という語はその器形を指す。長い首と、下方に大きく張り出した胴をもつこの形は、ササン朝ペルシャに源流があり、シルクロードを介してアジア各地に広まった。

のちの科学的な調査が、この理解を改めることになる。胴部は銀の無垢ではなく、鋳造した銅に鍍金をほどこし、さらに上から銀をかぶせた構造だと判明した。本物のペルシャ銀器の輝きを再現するための、手のこんだ重ね鍍金である。材質が見直されると、龍の造形や毛彫(細い線刻)の手法もあらためて検討され、中国ではなく7世紀の日本、飛鳥時代の工房で作られたとする見方が有力になった。

この点はまだ決着していない。国の文化財データベースは今も唐時代・中国の作と分類する一方、東京国立博物館や近年の研究は7世紀日本製を採る。確かなのはむしろ次の事実である。古代日本の工人が、ペルシャの器形、ペルシャの有翼馬、東アジアの龍を取り込み、一つの器にまとめあげた。7世紀の段階で意匠がどれほど遠くまで動いたか、その証しとしてこの水瓶は評価されている。

間近で見たいところ

まず龍に目をとめたい。頭部が注ぎ口となり、鋭い表情で前を見据える。蝶番で留めた上顎が蓋を兼ね、細く鱗をきざんだ胴が首をまたいで把手になる。両眼には薄緑色のガラスがはめこまれ、金地のなかでこの小さな色は、光の向き次第でようやく気づくほどの控えめさである。

つぎに胴のまわりを一周してほしい。向かい合う二組、計四頭の有翼の馬が、ふくらんだ面を駆けていく。西方に由来する天馬(ペガサス)で、細い毛彫で刻まれ、鍍金によって地から浮かび上がる。西の馬と東の龍が一つの器に同居する。文化交流史の本でこの器がたびたび図版に採られる理由が、ここにある。

作りそのものも見どころになる。注ぎ口・胴・台脚はそれぞれ別に鋳られて接合され、首と胴は轆轤(ろくろ)で仕上げられている。この工程が、引き締まった輪郭線を生んでいる。儀礼的な存在感をもちながら、この器は実用品として組み立てられた。片手で注げる機構は装飾ではなく、れっきとした工夫である。

法隆寺宝物館とその周辺

竜首水瓶が置かれているのは、本館とは離れて建つ、静かな法隆寺宝物館である。この館は昭和39年(1964年)に発足し、平成11年(1999年)に建築家・谷口吉生の設計で建て替えられた。谷口はのちにニューヨーク近代美術館の新館を手がけた人物でもある。照明と空調を抑えた展示室は、千年を超える品々によく合い、収蔵品のおよそ八割が国宝または重要文化財という濃密さである。

この水瓶は、同じ献納宝物のなかの金工品とともに並ぶ。本館の人出を抜けて一息つくのに、ここの落ち着いた空気は向いている。光や湿度に弱い品が多いため展示は入れ替わる。出かける前に博物館の最新の予定を確かめておくとよい。現在は展示中である。

東京国立博物館の広い構内は、ゆっくり半日を過ごすに足りる。周囲の上野公園には、ほかの国立博物館や動物園、寺社が徒歩圏に点在する。最寄りの上野駅からは歩いて数分である。

Q&A

Q竜首水瓶はどこで見られますか。
A東京国立博物館の所蔵で、上野公園内の法隆寺宝物館で展示されます。この館の展示は保存のため入れ替わるので、出かける前に博物館の展示予定を確認してください。現在は展示中です。
Q本当に日本で作られたのですか。
Aその可能性が高いとされますが、議論はあります。国のデータベースは唐時代・中国の作と分類しますが、博物館や近年の研究は7世紀の日本製を採ります。胴が銀無垢ではなく、鍍金・鍍銀をほどこした銅製と判明したことが、見直しの契機になりました。
Q胴に描かれた翼のある馬は何ですか。
A西方に由来する有翼の馬、天馬(ペガサス)です。向かい合う二組として胴に毛彫され、鍍金で浮き立たせてあります。注ぎ口と把手の東アジアの龍と組み合わさり、この器をシルクロード交流の小さな記録にしています。
Q蓋はどのように開くのですか。
A龍の上顎が蝶番で留められ、蓋を兼ねています。頭の角を押すと上顎が持ち上がり、片手でも開けて注げます。見た目だけの装飾ではなく、実際に働く機構です。
Q法隆寺とのつながりは何ですか。
A明治11年(1878年)に奈良の法隆寺が皇室へ献納した300余件の宝物の一つでした。この水瓶を含む大半がのちに東京国立博物館へ移り、現在は国有として保管・展示されています。

基本データ

指定名称金銀鍍龍首水瓶〈(法隆寺献納)〉
通称竜首水瓶(りゅうしゅすいびょう)
種別工芸品(金工)
指定区分国宝(昭和39年〈1964年〉5月26日指定/昭和33年〈1958年〉2月8日に重要文化財)
員数1口
時代・産地7世紀。博物館は飛鳥時代の日本製とするが、国のデータベースは唐時代・中国の作と記載
材質鋳銅製、鍍金・鍍銀。両眼にガラスを嵌入
寸法・重量総高49.8cm、胴径18.5cm、重量3.41kg
所有者独立行政法人国立文化財機構
所在地東京国立博物館 法隆寺宝物館(東京都台東区上野公園13-9)
アクセス上野駅から徒歩約10分。月曜および年末年始は休館。展示は入れ替わるため事前に公開状況の確認を

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/536
e国宝(国立文化財機構) 竜首水瓶
https://emuseum.nich.go.jp/detail/100214/000/000
文化遺産オンライン 金銀鍍龍首水瓶〈(法隆寺献納)〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150121
東京国立博物館 法隆寺宝物館
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=189

最終更新日: 2026.06.12