谷の奥に残る一軒宿
武蔵五日市の駅からバスに揺られておよそ一時間あまり、南秋川をさかのぼった先に数馬の集落がある。島嶼部を除けば東京都で唯一の村である檜原村、その南秋川の源流近くに位置する山あいの里だ。終点の数馬バス停から少し歩くと、道沿いに急勾配の茅葺屋根が見えてくる。これが蛇の湯温泉たから荘であり、小林家がこの斜面に三百年近く建つ古い民家を宿として営んでいる。
この建物は二つの顔を持つ。泊まって湯に浸かる場としては温泉旅館であり、建造物としては平成二十五年(二〇一三年)に国の登録有形文化財に登録された一棟である。どちらも同じ一軒の茅葺民家のことを指している。
蛇の湯という名の由来
湯のほうが先にあった。傷を負った大蛇が河原に湧く湯で傷を癒していたのを見て、「蛇の湯」と呼ぶようになった、と土地に言い伝えられている。年代を特定できるような話ではなく、宿でも記録ではなく言い伝えとして受け継がれてきた。確かなのは湯そのもので、自家の源泉から引いた単純硫黄冷鉱泉を浴用に加温し、渓谷の緑を望む浴室へ注いでいる。
東京と聞いて山深い湯治の宿を思い浮かべる人は少ない。たから荘は、全国の山あいの宿が集う「日本秘湯を守る会」に都内で唯一加盟する宿である。玄関脇には会の提灯が下がり、その隣には鬼の面が掛けられて、ここが都内に残る数少ない湯の宿であることを示している。
兜のかたちをした屋根
道行く人の足を止めさせるのは、何といっても屋根である。文化庁の解説によれば、屋根は表面に檜皮を葺いた入母屋造の茅葺で、東妻側は「富士型二重兜造」と呼ばれる独特の形をとる。妻側が二段に折り上げられているため、その輪郭は武者の兜にも、遠目には富士の山容にも見える。
この形は飾りのために生まれたものではない。急勾配に立ち上がった妻側は屋根裏に風通しのよい広い空間をつくり出し、この地域ではその空間が蚕の飼育にあてられてきた。小屋組や室内の改変をたどると、この土地で養蚕業がどう移り変わってきたかが読み取れる。宿になる前は農家であり、菩提寺の過去帳をさかのぼれば十三代という小林家が、客を迎えるよりはるか以前からこの地を耕してきた。
茅葺は三、四十年に一度の葺き替えを要し、屋根の表面に根を張る草を手で取り除く作業も加わって、その手入れは容易ではない。風雨に少しでも長く耐えるよう、家では茅の上に杉皮と檜皮をかぶせている。解説が檜皮にふれているのはこの層である。文化庁は主たる建築の年代を江戸後期、すなわち十八世紀半ばから一八三〇年頃までとし、大正期と昭和中期に改修が加えられたとする。一方、宿の側では母屋を築三百年以上と数える。いずれにせよ、周囲のほとんどよりも長くこの斜面に建ち続けてきた。
登録有形文化財であるということ
二〇一三年の登録が何であって何でないかを知っておくと、この宿の見え方が変わる。日本には建造物の保護に二つの仕組みがある。古くからあるのは国宝や重要文化財を指定する制度で、最も傑出した建築に限って認められる厳格な区分だ。もう一方の登録制度は平成八年(一九九六年)に始まったもので、性格が異なる。住宅や商家、橋といった、その土地の姿を形づくる日々の歴史的な建物を、保存の対象として囲い込むのではなく、使いながら残していくための、より緩やかな仕組みである。たから荘は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。
旅をする側にとって意味があるのはその先だ。これは立ち入りを禁じられた記念物ではなく、泊まれて、湯に入れて、食事もできる建物である。登録は建物がそれらしい姿を保ち続けることを求めるが、宿であることをやめよとは求めていない。
膳と座敷
食事は山の恵みに寄り添う。春には斜面で摘んだ山菜が並び、蕗や蕨、こごみといった顔ぶれが膳を彩る。渓流の魚があり、手打ちの十割そばがあり、三年寝かせた自家製の味噌がある。いずれも遠くから運ばれてきたものではない。座敷は古い民家らしい暗い木肌と低い天井をとどめ、小林家が代々使ってきた箪笥や時計が今も共用の空間に置かれている。
泊まらなくても、その様子を見ることはできる。浴室は手頃な料金で日帰り客にも開かれている。ただし昼食の用意はなく、一家で切り盛りしているため、出かける前に電話で日帰り入浴の時間を確かめておくとよい。静かな平日の午前には、人手が足りないこともある。
数馬の周辺
この宿は秋川の上流を歩く拠点として使い勝手がよい。道をさらに進めば三頭山と、その麓に広がる森の公園に至る。ブナ林と山頂からの眺めで、古くから東京の歩き手に親しまれてきた場所だ。村の下手には払沢の滝があり、木立のあいだを幾段にも分かれて落ちる姿は日本の滝百選にも数えられ、下流部が凍る冬に訪れる人も多い。とはいえ数馬のいちばんの妙味は、属している都市からこれほど遠く感じられるという、その一点にある。バスの便は多くないので、湯に落ち着きすぎる前に帰りの時刻を確かめておきたい。
Q&A
- 宿泊しなくても利用できますか。
- はい。宿泊のほか、日帰り入浴も手頃な料金で受け付けています。昼食の提供はなく、一家で営んでいるため、訪れる前に電話で日帰り入浴の時間を確認しておくと安心です。
- 「蛇の湯」という名前の由来は何ですか。
- 傷を負った大蛇が河原に湧く湯で傷を癒していたのを見て、この名がついたと土地に言い伝えられています。年代の定かでない言い伝えとして受け継がれているもので、記録に残る史実というわけではありません。
- 屋根の独特な形は何というものですか。
- 東妻側が「富士型二重兜造」と呼ばれる形をとっています。妻側を二段に折り上げた茅葺の形式で、屋根裏に風通しのよい空間が生まれます。この地域ではその空間を蚕の飼育に用いたため、養蚕の暮らしから生まれた形といえます。
- 公共交通機関での行き方を教えてください。
- JR五日市線で武蔵五日市駅まで行き、数馬行きの西東京バスに乗り換えて約六十五分です。数馬バス停から徒歩数分で着きます。バスの本数は多くないので、帰りの時刻も先に調べておくとよいでしょう。
- 登録有形文化財だと利用に制限がありますか。
- いいえ。登録は、国宝や重要文化財の指定より緩やかな保護の仕組みで、歴史的な建物を使いながら残すことを目的としています。通常どおり宿泊し、入浴し、食事もできます。登録が求めるのは、その建物が歴史的な姿を保ち続けることです。
基本情報
| 名称 | 蛇の湯温泉たから荘(じゃのゆおんせんたからそう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都西多摩郡檜原村字数馬2465-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0294 |
| 登録年月日 | 2013年(平成25年)3月29日 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造平屋建、茅葺(表面に檜皮を葺く)、建築面積約97㎡ |
| 年代 | 江戸後期(1751〜1830年頃)/大正頃・昭和中期に改修 |
| 泉質 | 単純硫黄冷鉱泉(浴用加温) |
| アクセス | JR五日市線・武蔵五日市駅から西東京バス数馬行きで約65分、数馬バス停下車徒歩数分 |
| 利用 | 営業中の宿。宿泊および日帰り入浴可(要事前確認、昼食の提供なし) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「蛇の湯温泉たから荘」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009439
- 文化遺産オンライン「蛇の湯温泉たから荘」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/258552
- 檜原村観光協会「蛇の湯温泉 たから荘」
- https://hinohara-kankou.jp/spot/takaraso/
- 日本秘湯を守る会「蛇の湯温泉 たから荘」
- https://www.hitou.or.jp/provider/detail?providerId=732
最終更新日: 2026.06.20