保岡勝也が設計した大正期の住まい

平野家住宅は、東京都文京区西片にある大正10年(1921年)から大正11年(1922年)頃にかけて建てられた住宅で、主屋・洋館・蔵・茶室・門・茶室門の6件が平成10年(1998年)9月2日に国の登録有形文化財となった。

設計者は保岡勝也(1877〜1942年)。文化庁の解説は、保岡を日本で最初期の「住宅作家」の一人に数えている。東京帝国大学で建築を学んだのち三菱合資会社の丸の内建築所に入り、丸の内の赤煉瓦のオフィス街を手がけた。35歳で独立してからは銀行や商店に加えて邸宅や庭園の設計を多く引き受け、住まいの設計についての著述も残した。

建築史家の藤森照信によれば、平野家住宅は出版社・中央公論社の初代社長であった麻田駒之助の住まいとして建てられた。麻田は2階建ての和館で暮らし、小さな洋館を事務所兼応接間として使っていたという。このため「旧麻田駒之助邸」と紹介されることもあるが、文化財としての名称は平野家住宅である。

6件がそろって登録された理由

平野家住宅の6件は、同じ日に第11回の登録としてまとめて登録された。登録番号は13-0021(主屋)から13-0026(茶室門)までの連番で、官報への告示は同年9月25日である。6件とも、登録基準のうち「造形の規範となっているもの」に当たるとされた。

文化庁が棟ごとに付けた解説を読み比べると、評価の軸がよく似ていることに気づく。主屋と洋館では造作と照明器具が当初の姿をよく残すこと、蔵では煉瓦の色と目地の丁寧な仕上げ、茶室では茶室に通じた保岡自身の設計であること、門と茶室門では煉瓦や竹を使った細部の工夫が挙げられている。どれも、一人の建築家が住まいの隅々まで手を入れた跡である。

もう一つは年代だ。蔵の解説は、関東大震災(大正12年、1923年)より前の住宅建築の蔵として貴重だと述べる。震災の前年までに整った一軒の住まいが、門から茶室、蔵に至るまで一式で残っている点に、平野家住宅の価値がある。

屋敷の配置

平野家住宅の敷地は、煉瓦の門と塀で道と隔てられている。文化庁の解説に沿って配置をたどると、門を入って右手に洋館、左手に主屋の客間棟が建ち、正面に主屋の玄関がある。門の北の袖壁は洋館の外壁に突き当てて納められ、門と洋館は一続きの表構えになっている。

敷地のほぼ中ほど、客間棟と向き合う位置には茶室が建つ。茶室へは本来、塀の南端にあった門から露地を通って入る順路で、その入口に立っていたのが茶室門だった。いまその場所は車庫になり、茶室門は車庫から庭へ抜ける位置に移されている。敷地の西端には、地下室を備えた煉瓦造の蔵が置かれている。

和館と洋館、茶室と蔵が一つの塀の内側に収まり、家族の暮らし、仕事と接客、茶、収蔵という役割がそれぞれの棟に振り分けられている。平野家住宅は、都市の一区画に大正期の住まいの機能をまとめて納めた例として見ることができる。

年代と様式をめぐる資料の違い

平野家住宅の年代は、資料によってわずかに異なる。文化庁の登録では主屋が大正10年(1921年)、洋館が大正11年(1922年)、蔵・茶室・門・茶室門が大正11年頃とされ、文京区の一覧も同じ年代を掲げている。一方、藤森照信の記事は本文で住宅全体を大正11年の作とし、同じページの建築概要では竣工を1921年と記している。

洋館の様式も二通りに呼ばれている。文化庁は白タイル貼りのハーフティンバースタイルと記し、藤森はセセッション様式の洋館と呼ぶ。両者は意匠のどこに着目するかが異なる。このページと各棟のページでは、年代と構造は文化庁の登録内容に従った。

見学とアクセス

平野家住宅は個人が所有する住宅で、一般公開は行われていない。文化庁と文京区の資料にも見学の案内はなく、2026年9月の時点で特別公開や見学会の告知も見当たらなかった。

道から見えるのは、煉瓦の門と塀、門の北側に接する洋館の外観、塀越しの主屋の屋根などに限られる。茶室・茶室門・蔵は敷地の奥にあり、道からはほとんど見えないとみられる。静かな住宅地なので、立ち止まる時間は短くし、門の前をふさがないこと、住人の方や家の内部にカメラを向けないことを心がけたい。

最寄り駅は東京メトロ南北線の東大前駅で、歩いて10分ほど。東京大学本郷キャンパスの西側の住宅地にあたる。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000640
国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅洋館
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000641
国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000642
国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅茶室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000643
国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000644
国指定文化財等データベース(文化庁):平野家住宅茶室門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000645
文化遺産オンライン:平野家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185370
文京区:国登録文化財
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b047/p004380.html
窓研究所:藤森照信「第一回 平野家住宅の〈ガラス戸〉」
https://madoken.jp/series/8239/

最終更新日: 2026.09.26

基本情報

名称平野家住宅
所在地東京都文京区西片2-9-12
指定登録有形文化財 6件
座標35.71495, 139.75596