神谷バー本館 ― 浅草に佇む大正ロマンの象徴、日本最初のバー

東京・浅草の玄関口、雷門通りと江戸通りが交わる賑やかな角地に建つ「神谷バー本館」。大正10年(1921年)に竣工した鉄筋コンクリート造6階地下1階の堂々たる商業建築は、日本で最初に「バー」を名乗った店として、日本の近代飲食文化の礎を築いた歴史的存在です。100年を超えてなお現役で営業を続けるこの建物は、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に登録され、大正期の浅草が誇った国際的でモダンな空気を今に伝える貴重な遺産となっています。

歴史 ― 銘酒店から日本初のバーへ

神谷バーの歴史は、明治13年(1880年)4月、創業者・神谷傳兵衛が現在の台東区浅草に郷里の三河国にちなんだ「みかはや銘酒店」を開いたことに始まります。当初は濁り酒を扱う小さな酒店でしたが、明治14年に輸入葡萄酒の販売を、明治15年には後の名物となる速成ブランデー(電気ブランの前身)の製造販売を開始しました。

明治45年(1912年)4月10日、店舗の内装を西洋風に改装し、屋号を「神谷バー」と改称。これが日本で「バー」を名乗った最初の店となりました。現在の本館建築は、その9年後の大正10年(1921年)に建てられた3代目の建物です。竣工からわずか2年後の関東大震災(1923年)、そして昭和20年の東京大空襲という2度の大災害を生き延び、浅草に現存する数少ない戦前の鉄筋コンクリート造商業建築として、今も街の風景の中心に立ち続けています。

文化財に指定された理由 ― その価値とは

神谷バー本館は、平成23年(2011年)10月28日に登録有形文化財(建造物)として登録されました(登録番号 13-0285)。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とされています。

その価値は多岐にわたります。まず、浅草地区に現存する最古の鉄筋コンクリート造建築であること。20世紀初頭の東京における近代商業建築の先駆的事例である点も重要です。設計・施工は、現在の清水建設の前身である清水組が手がけており、同一の組織が設計と施工を一貫して行い、しかも竣工以来一世紀にわたり同じ用途で使い続けられてきた事例は極めて稀です。さらに、関東大震災と戦災という首都を襲った2度の大災害をくぐり抜けてきたという生き証人としての価値が、この建物の歴史的意義を一層高めています。

建築の見どころ ― ファサードを読み解く

本館は街区の西北角に南面して建ち、雷門通りと江戸通りが交わる賑やかな交差点を見守るように佇んでいます。鉄筋コンクリート造6階地下1階建、建築面積は約181平方メートル。

外観で最も印象的なのは、3階と4階を貫く三連の半円アーチ窓です。この大胆な構成が建物全体のシルエットを決定づけ、神谷バーを浅草の顔たらしめています。1階や2階には矩形の大きな窓と円形の高窓が組み合わされ、四隅には付柱が施されて建物に格式を与えています。これは街路から眺められることを強く意識した、いわゆる「正面性」を重視した近代商業建築の典型例です。手すりや窓枠の繊細な装飾、内部の階段室に降り注ぐ光の表情など、ディテールにも当時の職人技が息づいており、近代建築ファンならずとも見応えがあります。

魅力 ― 電気ブランと大衆社交場の空気

神谷バーの扉を開けると、そこには大正期の浅草の空気がそのまま残っています。1階はビアホールのような開放的な雰囲気で、入口で食券を購入してから席に着くスタイル。磨き込まれた床、木の温もりを感じる内装、柔らかな照明が、独特の懐かしさを醸し出します。

看板商品は、創業者・神谷傳兵衛が考案した「電気ブラン」。ブランデーをベースに、ジン、ワイン、キュラソー、各種薬草やスパイスをブレンドした秘伝のリキュールで、アルコール度数は30度から40度と高めながら、甘く滑らかに飲める不思議なお酒です。生ビールをチェイサーに合わせるのが浅草流の通な飲み方で、この習慣は20世紀初頭の浅草六区(ロック)で活動写真を見終えた庶民たちが楽しんだ姿に由来します。料理はジャーマンポテト、串カツ、ハンバーグ、ポークカツなどの定番洋食が、いずれも手頃な価格で味わえます。

木下杢太郎をはじめ、多くの文豪たちもこの店を愛し、電気ブランを詠み込んだ作品を残しています。階によって雰囲気が異なり、1階のカジュアルなバー、2階の予約可能な「レストランカミヤ」、上階の割烹と、用途に応じて使い分けられるのも魅力です。

周辺の見どころ ― 浅草さんぽ

神谷バー本館は浅草の玄関口に位置し、東京を代表する観光スポットが徒歩圏内に集まっています。通りの向かいには浅草のシンボル「雷門」が構え、その先には西暦645年創建と伝わる東京最古の寺院・浅草寺が広がります。雷門から本堂まで続く仲見世通りには、伝統的な菓子や工芸品、土産物の店がずらりと並びます。

近隣には、隈研吾氏が設計した浅草文化観光センター、東京スカイツリーを望む隅田公園、江戸の伝統工芸を紹介する江戸下町伝統工芸館もあります。落語の定席として知られる浅草演芸ホールや、かつての繁華街・浅草六区にも徒歩で巡ることができ、午後の浅草散策の締めくくりに神谷バーで一杯、という楽しみ方が王道です。

Q&A

Q神谷バーの利用に予約は必要ですか。
A1階の神谷バーは予約不可で、入口の食券販売機で先に券を購入し、空席に案内される先着制となっています。グループでの利用や落ち着いて食事をしたい場合は、2階の「レストランカミヤ」が予約可能ですのでおすすめです。
Q電気ブランとはどんなお酒で、どう飲むのが良いですか。
A電気ブランは、明治期に神谷バーで考案されたブランデーベースのスパイス入りリキュールです。小さなグラスでストレートに味わい、生ビールをチェイサーに合わせるのが浅草流の通な飲み方です。アルコール度数約30度の通常版と、約40度の「電気ブランオールド」があります。
Q本館の建物は一般に公開されていますか。
Aはい。本館は現役の飲食店・売店として営業中ですので、お客様としてご入店いただければ歴史ある内部空間を自由にご鑑賞いただけます。アーチ窓が印象的な外観は、いつでも通りから眺めることができます。
Q服装やマナーで気をつけることはありますか。
A特別なドレスコードはなく、普段着で気軽にお立ち寄りいただけます。庶民の社交場として始まった歴史を持つ神谷バーは、おひとり様での利用も多く、和やかで開かれた雰囲気が特徴です。
Q電気ブランをお土産として購入することはできますか。
Aはい。雷門通りに面した売店で、瓶詰めの電気ブランを各サイズで販売しています。神谷バーオリジナル商品も並んでおり、浅草らしい個性的なお土産として人気です。

基本情報

名称 神谷バー本館(かみやばーほんかん)
指定区分 登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-0285
登録年月日 2011年(平成23年)10月28日
竣工 1921年(大正10年)
構造 鉄筋コンクリート造6階地下1階建 建築面積 約181㎡
設計・施工 清水組(現・清水建設)
所有者 神谷商事株式会社
所在地 東京都台東区浅草1-16-33他(浅草1丁目1番1号)
アクセス 東京メトロ銀座線 浅草駅3番出口・都営浅草線 浅草駅A5番出口・東武スカイツリーライン 浅草駅正面出口より徒歩1~2分/つくばエクスプレス 浅草駅A1番出口より徒歩約10分
営業時間 11:00~20:00(ラストオーダー19:30) 定休日:火曜日、毎月2回月曜日 ※最新情報は公式サイトをご確認ください

参考文献

神谷バー本館 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/252279
神谷バー本館 ― 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008826
神谷バー 公式ウェブサイト
http://www.kamiya-bar.com/
神谷バー ― ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/神谷バー

最終更新日: 2026.04.21