八世紀に書写された法華経

一巻の巻子に、法華経の巻第五が収まる。奈良時代、千二百年以上前に肉筆で書写されたものである。東京・五島美術館の古写経コレクションに属し、国の台帳には「奈良時代の作品」とだけ記される。その一行の背後に、日本がかつて生んだもっとも律された書写の文化がある。

法華経は当代もっとも盛んに書写された経典の一つである。経文みずから書写の功徳を説き、八世紀にはその写経がほぼ組織的な規模で営まれた。官営の写経所には熟練の経師が属し、鎮護国家と朝廷の安寧のために経典を写した。料紙に界線を引き、一行の字数を定める。均質で抑制のきいた筆致は奈良写経の証であり、本巻でまず目を引くのもそこである。

本巻は「藤南家経」の名で呼ばれる。この時期の写経は、後に伝来した家や寺の名を冠した通称で呼ばれることが多く、同様の経巻を区別する手がかりとなってきた。巻頭の二字は、当代に権勢を誇った藤原氏の南家を指す。

指定の理由

昭和19年(1944)、当時の文化財関連法のもとで重要文化財に指定された。八世紀の写経で、断簡ではなく一巻として完存する例は少ない。仏典として、現存最古級の肉筆として、そして奈良の国家が写経をいかに組織したかを示す資料として、いくつもの価値が重なる。

本巻が属するのは、こうした品を出発点として築かれた収集である。五島美術館は東急を築いた実業家・五島慶太の収集を伝え、その蒐集は奈良時代の古写経に始まり、経典、禅僧の墨蹟、絵画、陶磁へと広がった。同館は国宝『源氏物語絵巻』の所蔵でも知られる。その顔ぶれに照らせば、本巻は偶然の一品ではなく、コレクション全体の礎の一つにあたる。

拝観について

五島美術館は東京西南部、世田谷区上野毛の閑静な住宅地に建つ。建築は吉田五十八の設計で、寝殿造の要素を現代建築に採り入れた構えである。常設展示はなく、企画展ごとに展示が替わるため、本巻のような脆い八世紀の経巻が並ぶのは限られた折で、多くは古写経をテーマとする展観においてである。拝観を望むなら、開催中の展覧会を確かめてから足を運びたい。

訪ねる価値は展示の有無にとどまらない。館の背後には武蔵野の面影を残す広い庭園が広がり、伊豆や信濃から運ばれた石仏が散策路に点在し、樹間に茶室が置かれる。ここで見る経巻は、本来の読み方どおり、右から左へ一行ずつ手で繰りながら、読む者の歩みで開かれる。

Q&A

Qこの経巻は展示されていますか。
A常時ではありません。五島美術館は常設展示を持たず企画展で展示が替わります。脆い古写経が並ぶのは限られた折で、多くは古写経をテーマとする展観です。来館前に開催中の展覧会をご確認ください。
Q「巻第五」とは何ですか。
A法華経は通例八巻に分けられます。本巻はそのうちの第五で、断簡ではなく一巻として完存します。
Q「藤南家経」という通称は。
A古写経に付される通称の一つで、後に伝来した家や寺にちなむ呼び名です。他の写経と区別する手がかりとなります。名は藤原氏の南家を指します。
Qなぜ奈良時代に多くの写経が行われたのですか。
A経典の書写は功徳とされ、国家は官営の写経所を設けて鎮護国家のために経を写しました。法華経はとりわけ多く書写された経典の一つです。
Q五島美術館は他に何で知られますか。
A国宝『源氏物語絵巻』の所蔵などで知られます。創立者の収集は奈良時代の古写経に始まり、本巻もその一つにあたります。

基本情報

名称法華経巻第五(藤南家経)
ふりがなほけきょうまきだいご
種別書跡・典籍
指定区分重要文化財
指定年月日昭和19年(1944)9月5日
員数1巻
時代奈良(8世紀)
所有者公益財団法人五島美術館
所在地東京都世田谷区上野毛3-9-25
公開状況公開館蔵。企画展でのみ随時展示

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7554
古写経(収蔵品)公益財団法人五島美術館
https://www.gotoh-museum.or.jp/collection/sutra-copies/
法華経(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/205410

最終更新日: 2026.06.22