3棟が登録された、白金台の邸宅

三菱電機高輪荘は、東京都港区白金台2-6-11にある邸宅で、3棟が2000年(平成12年)12月4日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。3棟とも年代の欄は昭和前で、1926年から1988年である。

3棟は、主屋、洋館、蔵である。所有は三菱電機株式会社である。

文化庁は主屋を、株取引で財をなした遠山芳三の東京邸で、明治学院の南方に位置する、と記す。

和館と洋館が、併せて建つ

日本風の棟と西洋風の棟が、一つの邸宅に置かれている。

主屋は木造2階建、入母屋造、桟瓦葺の近代和風邸宅、とされる。座敷が並ぶ日本風の建物である。

洋館は主屋の西方に独立して建つ木造2階建、寄棟造、桟瓦葺の洋館、とされる。

文化庁は洋館について、南庭を臨む主屋の奥座敷とともに和館洋館併存型の住宅構成を示す、と結ぶ。

併存型は、和風の館と洋風の館を並べて建てる形をいう。近代の邸宅に現れる作りになる。

樟徳館では、一棟のなかが和洋折衷の室内意匠でまとめられていた。あちらは一つの建物のなかで混ざる。本件は棟そのものが分かれる。

蔵が、鉄筋コンクリートの四層建である

土蔵と呼ばれながら、作りが石でも土でもない。

蔵は鉄筋コンクリート造地上3階地下1階建、瓦葺、建築面積41平方メートルである。

文化庁は、地階を車庫とした四層建の鉄筋コンクリート造倉庫で、と記し、箱形状の造型意匠に昭和初期の近代土蔵としての特色がよく示されている、と結ぶ。

行形亭土蔵、旧高橋家住宅の北蔵、古川家住宅の蔵はいずれも土蔵造だった。壁を厚く塗り込める作りである。

本件は鉄筋コンクリートでありながら、近代土蔵と呼ばれる。材が変わっても蔵として扱われることになる。

地階が車庫である点も、それまでの蔵にはない。屋根は陸屋根で、南面に下屋庇を差し掛けて蔵前を設ける、とされる。

座敷が、雁行して並ぶ

部屋の並べ方が、斜めにずれていく。

文化庁は主屋について、東端に玄関と応接室を置き、西方に10畳・8畳、8畳・8畳、8畳・6畳のセットを雁行させる、と記す。

雁行は、雁の列のように斜めにずらして並べることをいう。三つの座敷の組が、西へ向かって段違いに続く。

畳の数も10畳から6畳へ、奥へ行くほど小さくなる組が混じる。

萬福寺本堂は方丈形式の6間取で、二列三行に並ぶ形だった。あちらは整然と区切られる。

古川家住宅の離れも、8畳座敷と4畳半の次の間を雁行して配し、とされる。雁行は座敷の並べ方として現れる。

三棟が、廊下と庇でつながる

どの棟がどこで接するかが、記録に示されている。

洋館は、北東端の階段上がり口で主屋西端の廊下に接続する、とされる。

蔵は、主屋西北端の厨房部の西側に建つ、とされる。

主屋を中心に、西へ洋館、西北へ蔵が置かれる。洋館は廊下でつながり、蔵は厨房の隣に建つ。

洋館の西南端には1間半四方規模のサンルームを張り出す、とされる。日を入れるための部屋になる。

古川家住宅では、主屋から客間棟、離れ、蔵へと渡廊下で続いていた。あちらは四棟が一列につながる。本件は主屋から二方向へ分かれる。

見学

所在は東京都港区白金台2-6-11で、所有は三菱電機株式会社である。

文化庁は主屋を、山の手の住宅地開発の様相を知る上で貴重、と結ぶ。個人の邸宅が会社の所有に移っている。

建築面積は主屋が410平方メートル、洋館が55平方メートル、蔵が41平方メートルである。

会社が所有する邸宅であり、公開の有無や条件は所有者の定めによる。

公開の状況は変わることがあるため、訪問前に確認したい。

参考文献

文化遺産オンライン 三菱電機高輪荘主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137788
文化遺産オンライン 三菱電機高輪荘洋館
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193019
文化遺産オンライン 三菱電機高輪荘蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186750
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.13

基本情報

名称三菱電機高輪荘
所在地東京都港区白金台2-6-11
所有者三菱電機株式会社
指定登録有形文化財 3件
座標35.63579, 139.73051