村野家住宅とは

村野家住宅は、東京都東久留米市柳窪4丁目にある農家の屋敷で、天保9年(1838年)の茅葺の主屋をはじめとする7件が、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「むらのけじゅうたく」。所有する株式会社兼七は、登録を機に敷地と建物群の総称を「顧想園(こそうえん)」としている。

登録されたのは主屋・離れ・土蔵・穀蔵・新蔵・薬医門・中雀門の7件である。東久留米市教育委員会は、村野家住宅の主屋を市内に残る唯一の江戸時代の茅葺民家と紹介している。1軒の屋敷の建物がこれだけの数そろって登録されている例は多くない。

顧想園という呼び名と村野家

顧想園の公式サイトによると、柳窪を開いた農民のなかに村野を名乗る一族があり、村野家住宅はその分家の一つが何代もかけて少しずつ建て増してきた屋敷だという。「顧想園」の名は、国木田独歩の小説『武蔵野』の一節から採ったと説明されている。

文化庁のデータベースでの名称はあくまで「村野家住宅」で、「顧想園」は所有者が付けた通称である。見学会の案内や地域の散策情報では「村野家住宅(顧想園)」と併記されることが多い。

村野家住宅が残る柳窪という土地

柳窪は東久留米市の西の端にある。顧想園の公式サイトは、多摩川の水の一部が青梅のあたりで地下に潜り、それが黒目川として再び湧き出す場所に集落ができたと述べ、江戸時代中期以降に移り住んだ農民が畑作を中心とする村を開いたとしている。

昭和30年(1955年)頃から周辺で宅地化が進むと、地元の有志は開発を抑える道を選んだ。同サイトによれば、平成2年(1990年)に約12.2ヘクタールが市街化調整区域に編入され、平成7年(1995年)にはその一部と隣接する雑木林が東京都の柳窪緑地保全地域となった。村野家住宅の屋敷林とケヤキの大木は、この取り組みのなかで守られてきた景観の一部である。

村野家住宅の7件と建てられた順

村野家住宅の7件は、第69回の登録で登録番号13-0268から13-0274として登録有形文化財に加わった。主屋は「造形の規範となっているもの」、残る6件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が登録の基準である。文化庁のデータベースに載る年代を、おおよそ古い順に並べると次のようになる(江戸末期の2棟は年代に幅があり、主屋との前後は分からない)。

  • 主屋:天保9年(1838年)。安政4年(1857年)に増築
  • 土蔵:江戸末期(1830〜1868年)
  • 穀蔵:江戸末期(1830〜1868年)。江戸末期に移築
  • 薬医門:明治14年(1881年)
  • 新蔵:明治28年(1895年)
  • 離れ:明治後期(1898〜1912年)。大正後期に移築
  • 中雀門:大正後期(1919〜1926年)

江戸の主屋と2棟の蔵が屋敷の核をなし、明治に門と新しい蔵、大正に離れと内側の門が加わった。天保から大正までおよそ90年にわたって建物が足されてきた順序が、そのまま屋敷の厚みになっている。

村野家住宅の屋敷構え

文化庁の解説から各棟の位置を拾うと、村野家住宅の配置はおおよそ次のとおりである。主屋は敷地の中央に南を向いて建ち、西側に渡り廊下でつながる離れがある。土蔵は主屋の北、穀蔵は主屋の南西に建ち、新蔵は穀蔵の北側に並ぶ。薬医門は主屋の南東、屋敷地の南東部に構える表の門である。

主屋と新蔵のあいだには板塀が延び、表の前庭と奥の庭を区切っている。その板塀の中ほどに開くのが中雀門で、表門の薬医門をくぐって前庭に入り、さらに中雀門を抜けて奥庭へ進むという二重の構えになる。各棟の構造や見どころは、それぞれのページで扱っている。

村野家住宅の見学とアクセス

村野家住宅は現在も使われている個人の屋敷で、ふだんは公開されていない。所有者の株式会社兼七が春と秋に特別見学会を開いており、10名ほどのグループで、ガイドが建物の外から案内する。所要時間は約90分で、建物の内部には入らない。申し込みは往復はがきかメールによる事前応募制で、各回とも午前の部と午後の部がある。2026年春の回の参加費は大人1,000円、小学生200円だった。

2026年秋の特別見学会は11月14日(土)と11月25日(水)の予定で、いずれも午前10時からと午後1時からの2部制である。応募方法と参加費は10月1日に顧想園の公式サイトで告知されるとされている(2026年9月30日確認)。問い合わせ先は株式会社兼七の村野家住宅特別見学会係(電話042-344-6735、平日午前9時〜午後5時)。

見学会の日以外でも、薬医門とそのまわりの屋敷林は道路から眺めることができると東久留米市は案内している。撮影についての公式な案内は見当たらないため、道路から撮る場合は住まいの様子を写し込まないよう配慮したい。

公共交通では、西武池袋線の東久留米駅西口、またはJR中央線の武蔵小金井駅から西武バスの「武21」系統に乗り、「柳窪一丁目」で降りる。多摩北部都市広域行政圏協議会の案内では、東久留米駅西口からバスで14分、バス停から歩いて10分である。顧想園の公式サイトは最寄り駅を西武新宿線の小平駅としている。地図アプリやカーナビの経路案内では閉じている裏門へ導かれることがあるため、公式サイトの周辺マップで入口を確かめておくとよい。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008419
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008420
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008421
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅穀蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008422
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅新蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008423
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅薬医門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008424
国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅中雀門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008425
東久留米市 国登録有形文化財(建造物)
https://www.city.higashikurume.lg.jp/shisei/profile/bunkazai/1002392.html
東久留米市教育委員会 ふるさとを歩こう 第27号 国の登録有形文化財「村野家住宅」(PDF)
https://www.city.higashikurume.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/891/27.pdf
村野家住宅(顧想園)公式サイト 顧想園について
https://www.kosoen.tokyo/p/about.html
村野家住宅(顧想園)公式サイト アクセス
https://www.kosoen.tokyo/p/access.html
村野家住宅(顧想園)公式サイト 2026年秋の特別見学会 日程のお知らせ
https://www.kosoen.tokyo/2026/09/2025.html
村野家住宅(顧想園)公式サイト 2026年春の特別見学会 応募申込方法のお知らせ
https://www.kosoen.tokyo/2026/04/2026.html
たまろくナビ(多摩北部都市広域行政圏協議会)村野家住宅
https://www.tama6.jp/meguri/place/post_40.html

最終更新日: 2026.09.30

基本情報

名称村野家住宅
所在地東京都東久留米市柳窪4-283
所有者株式会社兼七
指定登録有形文化財 7件
座標35.74712, 139.49014