中江店舗:吉原最後の桜なべ屋が守る大正の木造建築

東京都台東区日本堤の土手通り沿いに佇む「中江店舗」は、大正13年(1924年)に建てられた木造2階建の店舗建築です。平成22年(2010年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録されたこの建物は、明治38年(1905年)創業の桜なべ専門店「桜なべ中江」の本店として、現在も現役の飲食店として営業を続けています。かつて吉原大門前に20軒以上軒を連ねた桜なべ屋の中で唯一現存する老舗であり、東京の郷土料理と歴史的建造物を同時に味わえる貴重な場所です。

歴史的背景:吉原と桜なべの物語

中江店舗の歴史は、江戸時代から続く吉原遊郭の文化と深く結びついています。明暦3年(1657年)の明暦の大火を契機に日本橋から現在地付近に移転した新吉原は、単なる遊興の場にとどまらず、歌舞伎や落語、ファッション、食文化など様々な文化を育む「文化のゆりかご」として栄えました。

浅草と吉原を結ぶ日本堤の土手道は遊客で賑わい、並行する山谷堀は舟遊びの客を運んでいました。この土手沿いに生まれたのが桜なべ文化です。一説によれば、吉原で遊び金を使い果たした客が自分の乗ってきた馬を近隣の商家に売り、困った商家が横浜で流行していた牛鍋にならって馬肉で鍋を作ったのが始まりとされています。桜なべはたちまち吉原名物となり、遊郭への行き帰りにファストフード感覚で食される庶民の味として定着しました。

明治38年(1905年)、中江はこうした桜なべ屋の一軒として開業しました。しかし、明治44年(1911年)の吉原大火で最初の店舗を焼失し、再建した建物も大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊します。現在の建物は震災翌年の大正13年に宮大工の手によって建てられたもので、太平洋戦争中の東京大空襲では三軒隣に焼夷弾が落下したものの不発に終わり、奇跡的に焼失を免れました。

文化財としての価値:登録有形文化財の評価ポイント

中江店舗は平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録にあたって評価された建築的特徴は以下の通りです。

建物は土手通りに西面して建ち、桁行5.9メートル、梁間10メートルの木造2階建で、建築面積は55平方メートルです。1階・2階ともに座敷として使用されており、2階の壁には腰板が張られ、欄間には竹の組子に松竹梅と桜をあしらった繊細な装飾が施されています。屋根は街路に平行する南北棟の切妻造桟瓦葺で、熨斗瓦を高く積み上げることで建ちの高い堂々とした表構えを生み出しています。

隣接する天麩羅の老舗「土手の伊勢屋」とともに、戦前の木造商店建築が残る貴重な街並みを形成しており、台東区の「まちかど賞」も受賞しています。

見どころ・建築的魅力

中江店舗の内部に足を踏み入れると、大正から昭和初期の時代にタイムスリップしたかのような空間が広がります。1階は低い鴨居が特徴的な親密感のある座敷で、急勾配の木造階段を上ると2階の客室に至ります。

2階で最も目を引くのは、竹の組子細工による欄間です。松竹梅に加えて桜の意匠があしらわれているのは、桜なべ屋ならではの趣向で、職人の技が光ります。また、2階には黒檀(こくたん)を使った貴重な柱があり、非常に硬く加工が困難とされるこの高級木材を用いたことは、再建に携わった宮大工の高い技術力を物語っています。2階のベランダ状の空間からは周囲の街並みを見渡すことができます。

店内には著名な常連客ゆかりの品々も飾られており、谷文晁の「四季の馬」、文豪・武者小路実篤の直筆サイン、作曲家・團伊玖磨のサイン、大相撲の千代の富士、十一代目市川團十郎、三代目三遊亭金馬など、各界の名士に愛されてきた歴史を感じることができます。

桜なべ:東京の郷土料理を味わう

登録有形文化財である建物そのものが最大の見どころですが、その中で提供される桜なべもまた、この場所に生命を吹き込む重要な存在です。桜なべは薄切りの馬肉を甘めの味噌だれで煮るすき焼き風の鍋料理で、特徴的な浅い銅鍋で調理されます。この浅い鍋は、遊郭への行き帰りにさっと食べられるよう、火の通りが早い形状として明治時代から受け継がれてきたものです。

中江の馬肉は専用牧場で5〜8年かけて飼育された純国産の桜肉を使用しています。一般的な馬刺し用の1〜2年飼育のものと比べて旨みのある脂がたっぷりと入り、口の中でとろけるような柔らかさが特徴です。初代店主が考案した門外不出の味噌だれとの相性は格別で、肉がミディアムレアの桜色になった頃合いが最もおいしいとされています。

2024年からはNPO法人ベジプロジェクトジャパンのヴィーガン認証を取得した植物性の桜なべも提供を開始し、馬肉が苦手な方やヴィーガンの方も有形文化財での食事体験を楽しめるようになりました。

来訪者向け情報

中江店舗は東京メトロ日比谷線三ノ輪駅から徒歩約10分の場所に位置しています。定休日は月曜日と火曜日(月曜が祝日の場合は翌日休業)。平日は17時から22時まで、土日祝は11時30分から21時まで営業しています。週末は混み合うことがあるため、予約がおすすめです。

登録有形文化財でありながら高級料亭のような堅苦しさはなく、ドレスコードもありません。ジーンズにTシャツ、サンダル履きでも気軽に訪れることができます。建物の外観は土手通りから常時見学可能ですが、内部の欄間や黒檀の柱などの見どころは食事客として訪れることで鑑賞できます。

周辺情報

中江店舗がある日本堤・吉原エリアは歴史的な見どころが豊富です。すぐ隣には同じく登録有形文化財の天麩羅の老舗「土手の伊勢屋」が建ち、2棟の木造建築が並ぶ風景は戦前の東京の面影を伝えています。

かつての吉原大門跡や吉原神社は徒歩圏内にあり、遊郭時代の歴史を偲ぶことができます。浅草と吉原を結んでいた山谷堀は現在暗渠化されて山谷堀公園として整備され、散歩コースとして親しまれています。泪橋交差点付近には漫画「あしたのジョー」の銅像があり、いろは商店街の活気も楽しめます。

また、酉の市で有名な鷲神社や浅草寺へも徒歩でアクセス可能です。桜なべ中江には別館「金村」もあり、かつて吉原最後の料亭であった建物で、より特別な体験をすることもできます。

Q&A

Q食事をせずに建物だけを見学できますか?
A建物の外観は土手通りから自由にご覧いただけます。ただし、2階の欄間や黒檀の柱など内部の見どころを鑑賞するには、食事客としてご来店いただく必要があります。週末は予約をおすすめいたします。
Q桜なべとはどのような料理ですか?
A桜なべは馬肉を甘めの味噌だれで煮るすき焼き風の鍋料理で、東京・吉原発祥の郷土料理です。馬肉が「桜肉」と呼ばれる由来には、千葉の佐倉に幕府の牧場があったことや、煮た際にミディアムレアの桜色が最もおいしいことなど、複数の説があります。
Qベジタリアンやヴィーガンでも楽しめますか?
Aはい。2024年より、約2年かけて開発されたヴィーガン認証の桜なべが提供されています。馬肉が苦手な方や植物性の食事を好む方でも、有形文化財の空間で桜なべ文化を体験していただけます。
Q最寄り駅からのアクセスを教えてください。
A最寄り駅は東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅で、徒歩約10分です。JR常磐線・つくばエクスプレスの南千住駅からも徒歩圏内です。浅草方面からは土手通りを北に進んで約20分で到着します。
Q予算の目安はどのくらいですか?
A夕食はお一人様おおよそ10,000〜15,000円程度、ランチは4,000〜5,000円程度が目安です。純国産馬肉を使用し、築100年の文化財建築での食事体験を含めた価格となっています。

基本情報

名称 中江店舗(なかえてんぽ)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成22年(2010年)9月10日
建築年代 大正13年(1924年)
構造 木造2階建、瓦葺、建築面積55㎡
創業 明治38年(1905年)
所在地 〒111-0021 東京都台東区日本堤1-9-2
電話番号 03-3872-5398
アクセス 東京メトロ日比谷線 三ノ輪駅より徒歩約10分
営業時間 水〜金 17:00〜22:00/土・日・祝 11:30〜21:00/定休日:月・火
公式サイト https://sakuranabe.com/

参考文献

中江店舗 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209136
桜なべ中江 公式サイト
https://sakuranabe.com/
初めての中江 – 桜なべ中江 公式サイト
https://sakuranabe.com/first/
明治38年創業「桜なべ中江」で吉原名物「桜鍋」を食べよう! - TAITOおでかけナビ
https://t-navi.city.taito.lg.jp/features/75
桜なべ中江 クラウドファンディング - CAMPFIRE
https://camp-fire.jp/projects/449652/view

最終更新日: 2026.04.02