香炉となった等身大の雉

長さ47.6センチ、高さ18.0センチ。石川県立美術館の展示室にうずくまる陶製の雉は、実物の雄のキジとほぼ同じ大きさである。首から胸にかけては黒の上に緑釉を重ね、一枚一枚の羽毛を細い金線で縁取る。胴は水平に上下二つに分かれ、背には羽毛の形に透かした煙出しの孔が四つ穿たれている。香を焚けば、その煙は羽の隙間から立ちのぼる仕掛けである。

国宝「色絵雉香炉」。江戸時代前期の京都で活動した陶工・野々村仁清の作で、底裏には「仁清」の印が捺されている。現在は石川県が所有し、同館の象徴的存在として親しまれている。

仁清は17世紀半ば、京都・仁和寺門前の御室に窯を開いた。轆轤の名手として知られる一方、色絵付という当時最新の装飾技法を京焼に確立した人物であり、その香炉や香合は江戸前期の地誌『雍州府誌』にも記録されている。本作の制作年代について確実な史料はないが、1678年の『森田九右衛門日記』に御室焼の窯で海老や鴛鴦、雉をかたどった香炉が作られていたとの記述があることから、仁清の活動後期の作とする見方が示されている。

指定の経緯と評価

本作は昭和14年(1939年)5月27日に重要文化財(当時の旧国宝)に指定され、文化財保護法施行後の昭和26年(1951年)6月9日、あらためて国宝に指定された。工芸品としての指定番号は00021である。

文化庁の指定データベースは、きめの細かい白土の胎に仁清特有の白釉をむらなくかけ、腹部を香炉の身とし、底を露胎とする構造を記す。同データベースの解説は、轆轤の名手であった仁清が彫塑的な細工物にも優れた腕を発揮した例として本作を挙げ、MOA美術館所蔵の国宝「色絵藤花文茶壺」と並ぶ双璧の名作と位置づけている。轆轤技と彫塑、二つの頂点がそれぞれ別の作品に結実したという評価である。

造形上の最大の難所は尾にある。長い尾を支えなしに水平へ伸ばしたまま焼成すれば、窯の中で垂れや歪みが生じやすい。完成作の尾が一直線の緊張を保っていることは、成形と窯詰め、火加減のすべてにわたる技術の高さを示している。

伝来も興味深い。本作は金沢の旧家・山川家に代々伝えられ、昭和33年(1958年)に山川庄太郎氏から石川県へ寄贈された。加賀藩三代藩主・前田利常の注文によって作られたとも伝わるが、これを裏付ける同時代史料は確認されておらず、伝承の域にとどまる。ただし前田家が京の一流の工芸を熱心に収集したことは広く知られており、伝承と矛盾しない背景といえる。

見どころ

展示室ではまず正面から頭部を見たい。目の周りの赤い肉垂、鋭い嘴、わずかに上を向いた視線。写真では平板になりがちな緊張感が、実物の前では一気に立ち上がる。

同館の学芸コラムは、この姿勢に込められた逆説を指摘する。雉の雄は古来、高い声と派手な振る舞いの象徴であった。『万葉集』の大伴家持の歌にも、声高く鳴く雉が詠まれている。ところが本作の雄雉は、声を上げるどころか身を低くし、静かにうずくまる。虚勢を捨てた泰然とした姿こそ真の強さであるとする禅語「木鶏」に通じる造形と読む解釈である。

背面に回ると、四つの煙出し孔が羽毛の形に切られていることに気づく。実用の開口部を意匠の中へ溶かし込む処理は、機能と装飾を分けない仁清の感覚をよく示す。

色彩は緑、紺青、赤、紫に金彩。羽の一本一本を金の細線でくくる描法は、近づくほど密度を増す。胎土はわずかに黄色味を帯び、白釉の下からあたたかみのある色調がのぞく。

そして隣の展示ケースに目を移してほしい。同じ仁清作の重要文化財「色絵雌雉香炉」である。ひと回り小さく、茶系を基調とした控えめな彩色から雌と判断され、加賀藩の家老・横山家に伝来した。雄雌は対として構想されたとも考えられているが、別々の家に伝わり、現代になって同じ美術館で再会した。約300年を経て並んだつがいの雉を見比べることが、本作鑑賞の醍醐味のひとつになっている。

周辺情報とアクセス

石川県立美術館は金沢市出羽町、加賀藩筆頭家老・本多家の屋敷跡を整備した「本多の森」と呼ばれる緑地に建つ。JR金沢駅東口(兼六園口)からバスで約15分、「広坂・21世紀美術館」下車後、石浦神社の脇の坂を数分上ると正面に着く。タクシーなら駅から10分から15分ほどである。

周辺は金沢観光の中心地区にあたる。特別名勝・兼六園へは徒歩数分、隣接地には2020年に東京から移転した国立工芸館があり、金沢21世紀美術館、鈴木大拙館、金沢城公園もすべて徒歩圏に収まる。雉香炉の鑑賞を軸に、庭園、現代美術、城下町の街並みを半日で巡る行程が組みやすい。

館内には金沢出身のパティシエ辻口博啓氏が手がけるカフェが併設されており、鑑賞の合間の休憩に向く。開館時間や展示替えの日程は時期により変わるため、訪問前に公式サイトでの確認をすすめたい。

Q&A

Q色絵雉香炉はいつでも見られますか。
A同館コレクション展の中核として頻繁に展示され、雌雉香炉と並べて公開されることも多い作品です。ただし展示替えや展示室の閉室期間があるため、確実に見たい場合は事前に公式サイトで展示状況を確認してください。
Q実際に香炉として使われたのですか。
A胴が上下に分かれ、背の四つの孔から煙が抜ける構造で、機能上は香炉として完結しています。もっとも、これほどの作は実用よりも飾って愛でる対象であったと考えられ、現在は美術品として保存されています。
Q雄と雌の香炉は最初から一対だったのですか。
A対として作られたとする見方が有力ですが、確証はありません。雄は金沢の山川家、雌は家老の横山家と、江戸時代から別々に伝来し、現代になって同じ美術館に収蔵されたことで並んで展示されるようになりました。
Q館内で写真撮影はできますか。
A撮影の可否は展覧会や作品ごとに異なり、国宝は撮影対象外となる場合があります。展示室内の表示に従うか、当日係員に確認してください。

基本情報

名称色絵雉香炉〈仁清作〉(いろえきじこうろ)
指定区分国宝(工芸品) 昭和26年(1951年)6月9日指定(重要文化財指定は昭和14年)
作者野々村仁清(底裏に「仁清」印)
時代江戸時代(17世紀)
員数・寸法1合 高18.0センチ 長47.6センチ
所有者石川県
所在地石川県立美術館(石川県金沢市出羽町2-1)
公開状況コレクション展で公開(展示替え・閉室期間あり)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 色絵雉香炉〈仁清作〉
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/307
文化遺産オンライン 色絵雉香炉〈仁清作〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192533
石川県立美術館 コレクション 国宝 色絵雉香炉
https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/collection/index.php?app=shiryo&mode=detail&data_id=1
石川県立美術館 学芸コラム #58 国宝《色絵雉香炉》の深層と真相
https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/column/8788/
石川県動画チャンネル 色絵雉香炉ー悠久の時を超えてー
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/movie/page/0229.html

最終更新日: 2026.06.10