黒漆地にめぐる牡丹唐草

横六五センチの蓋表のほぼ全面に、一つの意匠が広がる。太い蔓に大ぶりの牡丹花をつらね、その間に小さな丸文を散らした牡丹唐草文である。黒漆の地にきらめくのは厚い貝で、これは日本の品ではない。朝鮮・李朝の作で、東京国立博物館は十六世紀と見ており、海を越えて日本に伝わった。

装飾の技法は、朝鮮で螺鈿、日本でも螺鈿と呼ぶ。虹色に光る貝を文様の形に截り、漆地にはめ込んで、黒地に対して文様を浮かび上がらせる。ここで使われるのは厚貝で、のちの薄貝とは比べものにならない厚みがあり、その重みが牡丹に充実した光をあたえる。花・蕾・葉は割貝法、すなわち貝をあえて割って細片とし、花弁の曲面に沿わせる。茎は截貝を細く並べて引く。箱の内面には花菱入二重襷文の綾が貼られている。

器形は長方形、隅を丸めた深い被蓋造りで、蓋が身に深くかぶさる。簡素で力のある形が装飾をひきたて、文様は額に収まる絵ではなく、曲がる蔓のひとつづきの律動として面を覆う。

指定の理由

本箱は昭和53年(1978)に重要文化財に指定された。指定は単独ではなく、花鳥螺鈿の文台および硯箱とともに一件をなす。これら同伴の器は薄貝を用い、文様の系統も異なっており、その中で本箱は朝鮮の作を代表する。公式の記載は、本箱を李朝螺鈿の典型と位置づける。

その評価は、工芸史上の明確な対比の上に立つ。朝鮮半島の螺鈿は、先立つ高麗期に極度に精緻で細密な姿に達した。続く李朝の様式は、一般に、より大柄で奔放、絵画的とも評される大文様の草花文を特色とし、曲線をともなう牡丹唐草がその標識的な意匠となった。厚い貝と伸びやかな構図をもつ本箱は、その後期の手法をはっきりと示している。

伝来の経路もまた本箱の意義をなす。本箱は大内氏の対鮮交易にかかわる品とされる。大内氏は周防・長門を本拠とし、室町期に李朝朝鮮との交易を主導した有力武家である。この種の朝鮮螺鈿は日本で賞玩され収集され、やがて日本の漆芸そのものへ流れ込んだ。李朝螺鈿の律動的な牡丹唐草は、日本の蒔絵師に受けとめられ、和様の意匠へと組み替えられていった。

拝観について

本箱は上野公園の東京国立博物館に属し、国立文化財機構の所有である。朝鮮をはじめとするアジアの所蔵品は同館の東洋館で公開されるが、展示は替わり、脆い漆工は限られた折にのみ出る。常設ではないため、この一合を目当てに訪ねるなら、開催中の展示を確かめてから足を運びたい。

仮に収蔵中であっても、周辺の展示は訪ねるに値する。同館は高麗の螺鈿や中国の螺鈿を含む東アジア漆工の厚い所蔵をもち、本箱の大柄な李朝牡丹を、隣り合う高麗期の細密な仕事に並べて見ることができる。一館のうちで、螺鈿という技の弧の全体をたどれる。

Q&A

Qこの箱は日本の品ですか、朝鮮の品ですか。
A朝鮮の品です。朝鮮半島で李朝時代に作られ、東京国立博物館は十六世紀と見ています。のちに日本へ伝わり、現在は国の所蔵となっています。
Q螺鈿とは何ですか。
A虹色に光る貝を文様の形に截り、漆面にはめ込む装飾です。朝鮮でも日本でも螺鈿と呼ばれ、同じ系統の技法をさします。
Q「厚貝」とは。
A螺鈿の貝は厚貝と薄貝に大別されます。李朝の螺鈿は厚貝を好み、充実した強い光沢を見せます。紙のように薄い薄貝は主に後世の系統で、貝の厚みが本箱を李朝の作と見る一つの手がかりです。
Q朝鮮の箱がなぜ日本の博物館にあるのですか。
A周防・長門を本拠とし、室町期に李朝交易を主導した大内氏にかかわる品とされます。朝鮮の螺鈿は日本で珍重され、収集を経て博物館の所蔵に入りました。
Q展示されていますか。
A常時ではありません。東京国立博物館はアジアの漆工を入れ替えて展示します。来館前に開催中の展示をご確認ください。

基本情報

名称牡丹唐草螺鈿箱
ふりがなぼたんからくさらでんばこ
種別工芸品(漆工・螺鈿)
指定区分重要文化財
指定年月日昭和53年(1978)6月15日
員数1合
国・時代朝鮮・李朝(16世紀)
寸法縦39.2 横65.0 高15.2(cm)
所有者独立行政法人国立文化財機構
所在地東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)
公開状況公開館蔵。展示替えにより随時公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7189
牡丹唐草螺鈿箱(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/210469
収蔵品情報 TH-298(ColBase・国立文化財機構)
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TH-298?locale=ja

最終更新日: 2026.06.22