玉篇巻第九残巻 ── 中国で失われ、日本にだけ残った字書
『玉篇』は、梁の顧野王(こやおう、五一九〜五八一)が大同年間(五三五〜五四六)に編んだ漢字字書である。全三十巻、漢字を五百四十二の部に分け、一字ごとにまず反切で音を示し、経書やその注釈から多くの語釈を引き、ときに「野王案」として顧野王自身の見解を加える。後漢の『説文解字』の流れを汲みつつ、引用の幅は格段に広い。
その第三十巻のうちの巻第九を、早稲田大学が所蔵する。書写されたのは中国の唐代、字姿から八世紀のものとみられる。紙に手で写された一巻で、昭和二十六年(一九五一)六月九日に国宝へ指定された。
装いは巻子。本紙は縦およそ二十七センチ、横は十六メートルを超える。各項目は大きく書かれた親字から始まり、その下に音と語釈が小さな字で続く。後世の読み手が朱と墨で書き入れを残しており、長い年月のあいだに失われた箇所もあって、巻には欠けが見える。昭和二十九年(一九五四)に修補が施された。
なぜ写本の古さがこれほど重いのか
この巻の値打ちは、書かれている本文の古さにある。宋の大中祥符六年(一〇一三)、陳彭年らが『玉篇』を改編・増補し、『大広益会玉篇』として世に出した。改編本は広く流布し、もとの本文を押しのけていく。顧野王が記したそのままの本文、いわゆる「原本玉篇」は、中国では散逸してしまった。
その古い本文が残ったのは日本だけだった。宋代の改編より前に渡ってきた写本が、寺社や個人の手で守られ、大陸での改変を免れた。早稲田大学本の巻第九は、そうして残った一群のひとつにあたる。改編で整理される前の『玉篇』が、どのような姿をしていたのかをうかがわせる。
原本系の現存はわずかで、断片的である。残るのは巻八・九・十八・十九・廿二・廿四、それに巻廿七の一部で、合わせても全体のおよそ一割ほどにすぎない。このうち四件が国宝に指定されており、早稲田大学本の巻第九もそのひとつである。失われた本文を補ううえでは、空海の撰と伝わる『篆隷万象名義』も手がかりになる。その配列は原本玉篇の順に従い、語釈もこれを節略したもので、現存しない巻の内容を推し量る助けとなる。
紙背の仏典が告げる、渡来の時期
巻を裏返すと、別の書がある。空白だった裏面に『金剛界私記』が写されており、その奥書は治安元年(一〇二一)八月二十八日に写し終えたことを記す。「石泉御本を以てこれを写し畢んぬ」とあり、ある本を底本として書写されたことがわかる。紙が貴重だった時代に、古い巻の白紙の裏を使うことは珍しくない。この裏面の書写が、渡来の時期を一点に絞り込む。遅くとも治安元年までには、この巻は日本に来ていた。裏に新たな文字が書かれていたからである。
巻第九の中ほどは、早稲田大学本からは離れている。その欠けた箇所は、まったく失われたわけではない。京都国立博物館が所蔵する三紙の断巻が、この欠損部に接続する。もとは一続きの巻だったもので、両者を併せると、早稲田本だけでは追えない範囲まで本文がつながる。早稲田本がおさめるのは、部首でいえば言部から幸部にかけての一連である。
巻には歴代の所蔵者の跡も残る。早稲田大学に収まる前、銭屋総四郎、磯淳、川田剛、そして明治の政治家で収集家でもあった田中光顕らの手を経てきた。
実物を見る、画像で見る
実物の公開はごく限られている。早稲田大学では図書館の展示に合わせて短期間だけ並べられ、平成二十九年(二〇一七)春と令和四年(二〇二二)秋に、それぞれ数週間ほど出された。実物の前に立ちたいなら、こうした折々の展示に合わせて訪ねるほかなく、開催は大学図書館から案内される。
多くの人にとって確実なのは、画像で見る道である。大学図書館は本巻を高精細で撮影し、古典籍総合データベースで公開している。親字の筆致、小さな語釈の文字、朱の書き入れまで、いつでも近くで確かめられる。早稲田のキャンパスは新宿区西早稲田にあり、都心からの便もよい。近隣の會津八一記念博物館では東アジアの美術や貴重資料の企画展も催され、足を延ばす値打ちがある。
Q&A
- 実物はいつ見られますか。
- 公開はまれです。早稲田大学が図書館の展示で短期間だけ並べてきました。二〇一七年と二〇二二年に、それぞれ数週間の公開がありました。常設展示はないため、訪ねる前に大学図書館の展示案内を確認するのが確実です。
- 中国の字書がなぜ日本の国宝なのですか。
- 本文そのものが中国では失われたからです。原本の『玉篇』は改編本に取って代わられて散逸し、改編より前に日本へ渡った写本だけが残りました。この唐写本は、古い形の『玉篇』を示す数少ない証しのひとつです。
- 紙の裏には何が書かれていますか。
- 『金剛界私記』という仏典で、治安元年(一〇二一)に裏面へ写されました。日付のある奥書から、この巻が遅くとも一〇二一年には日本にあったことがわかります。白紙の裏が書写用紙として再利用されていたためです。
- 巻第九にはどの部分が収められていますか。
- 部首でいうと言部から幸部にかけての一連です。『玉篇』は漢字を部首ごとに並べており、この巻はそのひと続きを収めています。ただし中ほどには欠けた箇所があります。
- 欠けた中間部はどこにありますか。
- 京都国立博物館が所蔵する三紙の断巻が、早稲田大学本の欠損部に接続します。もとは一続きの巻だったため、京博の断巻が早稲田本の失った部分の一部を補います。
基本データ
| 名称 | 玉篇巻第九残巻(ぎょくへんまきだいきゅうざんかん) |
|---|---|
| 種別 | 書跡・典籍(国宝) |
| 指定 | 国宝 昭和二十六年(一九五一)六月九日 |
| 国・時代 | 中国・唐時代(八世紀の書写とみられる) |
| 撰者 | 顧野王(五一九〜五八一、梁) |
| 形態 | 巻子装一巻 本紙 縦約二六・九×横約一六二五・九センチ |
| 紙背 | 金剛界私記(治安元年〈一〇二一〉書写) |
| 所有・所在 | 早稲田大学 東京都新宿区西早稲田一-六-一 |
| 公開 | 常設公開はなし。図書館の展示で随時公開。古典籍総合データベースで高精細画像を公開。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/563
- 早稲田大学 古典籍総合データベース「玉篇 巻第9」
- https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho04/ho04_02555/index.html
- 文化遺産オンライン「玉篇巻第九零巻」(京都国立博物館本)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/224821
- e国宝(国立文化財機構)「玉篇巻第九残巻」
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=101353
- HDIC 平安時代漢字字書研究「篆隷万象名義データベースについて」
- https://hdic.jp/rose/shikeda/kkg178.html
最終更新日: 2026.06.12