奈良時代の大字で書かれた賢愚経
東京国立博物館に、奈良時代・八世紀の写経が一巻伝わっている。経典『賢愚経』を紙本に墨書したもので、現存するのは二百六十二行分。一行あたりの字が際立って大きく、その堂々とした書きぶりから、古くより「大聖武(おおじょうむ)」と呼ばれてきた。同じ通称をもつ国宝のうちの一つである。
この巻は、第八「波斯匿王女金剛品(はしのくおうにょこんごうぼん)」の冒頭から第十一「宝天品(ほうてんぼん)」の途中までの二百四十六行に、別の「摩訶令奴縁品(まかれいぬえんぼん)」末尾の十六行を継いだ構成をとる。合わせて二百六十二行という指定名称の数字は、この継ぎ合わせから生まれたものだ。
国宝に指定された理由
本巻が国宝に指定されたのは、昭和三十二年(一九五七)二月十九日。価値の核にあるのは、その稀少さである。『賢愚経』はもともと十六巻あるいは十七巻一組として、奈良・東大寺の戒壇院に置かれていたと考えられている。ところが中世以降、その書が名筆として珍重されるあまり、多くが数行ずつの断簡に切り取られ、手鑑(てかがみ)に貼り込まれていった。巻子のまま残るのは、東大寺、前田育徳会、兵庫の白鶴美術館、そして東京国立博物館の数巻のみで、いずれも国宝に指定されている。
「大聖武」の名は、この大字の経文が聖武天皇の筆と伝えられてきたことに由来する。伝称は古く、永正年間にはすでに記録のなかに現れる。ただし、正倉院に残る天皇宸筆とされる「雑集」とは書風が大きく異なるため、現在ではこの伝えはほぼ否定されている。実際に筆を執ったのは、写経所に属した名手であった可能性が高い。
書の最大の特徴は、字の大きさにある。奈良時代の写経は一行十七字を標準とするが、本巻は一行およそ十二字、少ないところで十一字、多くて十三字ほど。太い筆線は二度書きされたとも言われ、机上で読むためというより、空間そのものを占める存在感をもって記されている。
料紙と筆跡、そして実物との対面
紙の表面に目を寄せると、墨の下からざらりとした粒子が浮かんでいるのが分かる。この料紙は「荼毘紙(だびし)」と呼ばれる。遺灰を漉き込んだという言い伝えからついた名だが、実際にはマユミ(真弓)の靱皮繊維を原料とした白い紙で、奈良時代の写経所の文書には「真弓紙」「檀紙」として記録されている。一紙の大きさはおよそ縦二十七・五センチ、横五十八センチ。幅二・六センチほどの墨の罫線が引かれている。
墨書は光に弱いため、展示は数年に一度ほど、本館の国宝室で行われることが多い。国宝の大聖武四件のなかでは、本巻が最も公開の機会に恵まれている。ケースに広げられた一巻を前にすると、かつて断簡として各地に散っていった理由が腑に落ちる。手鑑の巻頭、最も格式ある一葉に貼られるにふさわしい書とは、こういうものだったのである。
訪れた日に展示されていない場合でも、博物館の収蔵品データベースで高精細の画像を見ることができる。本館の書跡の展示室では、ほかの奈良・平安の仏教写経も入れ替わりで公開されている。
博物館のまわり
東京国立博物館は、台東区の上野公園の北端に立つ。JR上野駅の公園口から歩いて十分ほどである。公園内には国立西洋美術館、国立科学博物館、東京都美術館、上野動物園などが徒歩数分の範囲に集まり、南端には夏に蓮の花が広がる不忍池がある。
食事や土産物なら、上野駅と御徒町駅のあいだの線路沿いに延びるアメ横の商店街が近い。乾物や菓子、安価な雑貨の店がひしめく一帯だ。博物館の敷地内にも庭園があり、季節を限って公開される。本館の裏手には、移築された茶室が木立のなかに点在している。
Q&A
- いつ行っても見られますか。
- 常設展示ではありません。墨と紙を光から守るため、公開は数年に一度ほどに限られます。本作を目当てにする場合は、事前に博物館の展示予定を確認してください。国宝室のケースは一年を通じて多くの作品が入れ替わります。
- 本当に聖武天皇が書いたのですか。
- 現在ではほぼ否定されています。聖武天皇筆という伝称は古く、十六世紀初めには記録に見えますが、天皇宸筆とされる「雑集」とは書風が大きく異なります。実際の書き手は、奈良の写経所に属した熟練の写経生と考えられています。
- 「大聖武」とは何を指す呼び名ですか。
- 「大」と「聖武天皇」を組み合わせた通称です。「大」には、聖武天皇筆という伝えと、通常の写経より際立って大きな字という二つの意味が重なっています。一字の高さは一般の写経の一・五倍ほどにもなります。
- 賢愚経とはどのような経典ですか。
- 善悪の行いがやがて報いとなって現れる因果のしくみを、数多くの寓話によって説いた経典です。賢者と愚者の対比が題名の由来で、短い説話を多く含むことから、東アジア各地で広く読まれ、絵画などの題材にもなりました。
- ほかに大聖武を見られる場所はありますか。
- 巻子の形では、奈良の東大寺、東京の前田育徳会、神戸近郊の白鶴美術館が所蔵し、いずれも折にふれて公開されます。早い時代に切り取られた断簡は、手鑑に貼られて伝わるほか、ときに古美術市場にも姿を見せます。
基本情報
| 名称 | 賢愚経残巻(大聖武)二百六十二行 |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(書跡・典籍) |
| 指定年月日 | 昭和三十二年(一九五七)二月十九日 |
| 員数 | 一巻 二百六十二行 紙本墨書 |
| 時代 | 奈良時代・八世紀 |
| 所有者 | 独立行政法人国立文化財機構 |
| 所在地 | 東京国立博物館 東京都台東区上野公園13-9 |
| アクセス | JR上野駅公園口から徒歩約10分 |
| 公開 | 展示は数年に一度ほど。事前に博物館の予定を確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/748
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/569975
- e国宝(国立文化財機構)
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100164&langId=ja
- 東京国立博物館
- https://www.tnm.jp/
最終更新日: 2026.06.12