瀬戸耳付水指 ― 東京国立博物館に伝わる江戸時代の茶陶水指
上野公園の北端、緑豊かな並木の奥に静かに佇む東京国立博物館。その膨大なコレクションのなかに、ひときわ穏やかな佇まいで来訪者を迎える一口の陶器があります。「瀬戸耳付水指(せとみみつきみずさし)」は、江戸時代に瀬戸窯で焼かれた茶陶の水指で、二つの釉薬が織りなす変化と、竹をかたどった愛らしい耳が魅力の作品です。文化庁の「登録美術品」に登録されたこの水指は、控えめながら確かな美意識を湛え、訪れる人を日本の茶の湯の世界へと誘ってくれます。
水指とは何か
水指は、茶の湯(茶道)で使われる蓋付きの容器で、点前の際に釜へ注ぎ足す清水を蓄えておくための道具です。実用の役割と同時に、茶席の景色を構成する重要な見どころでもあり、亭主は季節や趣向にあわせて慎重に水指を選びます。
水指の素材は陶磁器のほか、漆器、木地、ガラス、金属など多岐にわたります。なかでも陶磁器の水指は、十六世紀の侘び茶の隆盛とともに重んじられるようになり、瀬戸・備前・伊賀・信楽など各地の窯で茶人好みの作品が生み出されてきました。
瀬戸耳付水指の姿かたち
本作は、すらりと立ち上がる筒形(つつがた)の胴をもつ水指です。高さ16.5センチ、口径15.4センチ、底径14.4センチという数値からもうかがえるように、整った円筒の輪郭が清々しい印象を与えます。胴の左右には、竹を切り取って貼り付けたような形の小ぶりな耳がついており、これが「耳付(みみつき)」の名の由来です。竹型の耳は、茶の湯の道具に好んで用いられる意匠で、自然との親和性を感じさせます。
素地はあえてざっくりとした手触りを残し、外面には鉄釉(てつゆう)を掛け、その上から灰釉(はいゆう)を流し掛けています。下地の鉄釉が深い飴色や褐色に発色し、その上を流れる灰釉が乳白や枇杷色のヴェールを描き出す ― 二つの釉薬が交わるところには、思いがけない景色が生まれています。底は平底で、釉を掛けず素地を見せる作りです。蓋は黒漆塗りの塗蓋(ぬりぶた)が付属しており、陶肌の素朴さと漆の艶やかさが対照を成しています。
なぜ価値があるのか
瀬戸窯(現在の愛知県瀬戸市)は日本六古窯のひとつとして知られ、平安時代から現在に至るまで連綿と陶磁器を生産してきた歴史ある産地です。鎌倉から室町にかけての「古瀬戸」茶入や、桃山期の黄瀬戸・瀬戸黒など、瀬戸の茶陶は日本陶磁史の中核を占めてきました。一方で、江戸時代の瀬戸では、有田を中心とする磁器の隆盛に押されて茶陶生産は次第に縮小し、この時代の瀬戸の茶陶として現存する作例は意外なほど多くありません。
本作はそうした希少な江戸期の瀬戸茶陶の一例として位置づけられます。素直で気負いのない作行き、ざっくりとした素地のまま見せる潔さ、そして二重の釉の掛け流しが生む偶然の景色 ― いずれも侘び寂びの美意識に通じる「釉変わりを楽しむ」穏やかな魅力に満ちており、瀬戸窯の伝統が江戸時代にも生き続けていたことを示す重要な作品といえます。
本作は2013年6月17日、文化庁により「登録美術品」として登録されました。登録美術品制度は、1998年(平成10年)に施行された「美術品の美術館における公開の促進に関する法律」に基づくもので、世界文化の見地から歴史上・芸術上・学術上特に優れた価値をもつ美術品を国が登録し、美術館で公開することによって、国民が優れた美術品を鑑賞する機会を広げることを目的としています。本作も、東京国立博物館との公開契約のもと、私たちが直接出会うことのできる作品として大切に守られています。
見どころ
実物に接するときも、写真で眺めるときも、ぜひ細部までじっくりと味わっていただきたい作品です。鉄釉の濃い地と、灰釉が流れ落ちる淡い色との対比 ― 茶人が「窯変(ようへん)」「景色」と呼んで愛でてきた、焼成の偶然がもたらす美しさが本作の最大の見どころです。竹型の耳は、亭主が水指の蓋を取る所作を想像させ、用と美が結びつく茶道具の妙を感じさせます。素地のざっくりとした質感は、特に釉の掛からない高台周りでよく観察でき、作り手が陶土の表情をそのまま見せる潔さを伝えてくれます。
付属する黒漆の塗蓋にも注目しましょう。陶器の水指で「共蓋(ともぶた)」が伴わない場合、漆塗りの木製蓋を誂えるのが古来からの慣わしで、その色や形、艶は、作品全体の印象を左右する大切な要素です。本作の塗蓋もまた、陶肌の素朴さを引き立てる伴侶として吟味されたものといえるでしょう。
東京国立博物館を訪ねる
瀬戸耳付水指は、東京国立博物館(通称トーハク)に所蔵されています。明治5年(1872年)に創設された日本最古の博物館で、本館(日本ギャラリー)、東洋館、平成館、表慶館、法隆寺宝物館などからなる広大な博物館群です。陶磁器の作品は主に本館一階の工芸展示室や、テーマ別の特集陳列で公開されますが、所蔵品はすべてが常時展示されているわけではないため、訪問前に公式サイトで現在の展示内容をご確認いただくことをおすすめします。
JR上野駅の公園口から徒歩約5~10分、上野恩賜公園の北端に位置しています。開館時間は通常9:30から17:00(金曜日・土曜日は19:00まで)、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始です。常設展(総合文化展)の観覧料は手頃で、特別展は別料金となります。多言語の解説や音声ガイドが整備されており、初めて訪れる海外からのお客様にも親しみやすい博物館です。
周辺のおすすめ
東京国立博物館のある上野公園は、都内屈指の文化エリアです。徒歩圏内には、国立西洋美術館、国立科学博物館、東京都美術館、上野動物園などが点在し、一日では回りきれないほどの見どころがあります。公園内には上野東照宮や清水観音堂といった歴史ある社寺もあり、緑のなかを散策しながら江戸の名残を感じることができます。
陶磁や茶の湯にさらに親しみたい方は、都心の根津美術館や畠山記念館も茶道具の名品を所蔵しており、合わせて訪れる価値があります。少し足を延ばせば、栃木県益子町など陶芸の里もアクセス圏内です。鑑賞のあとは、上野や谷中の路地に並ぶ和菓子店、茶寮、工芸ギャラリーで一服するのもよいでしょう ― 茶陶の余韻を抱えたまま、静かな時間を過ごす一日となるはずです。
Q&A
- 「登録美術品」とは何ですか。重要文化財とどう違うのですか。
- 「登録美術品」は、1998年に施行された「美術品の美術館における公開の促進に関する法律」に基づいて、優れた美術品を文化庁長官が登録し、美術館での公開を促す制度です。登録には美術館との公開契約が必須で、誰でも鑑賞できる環境を確保することが条件となっています。重要文化財や国宝とは異なる枠組みですが、いずれも「世界文化の見地から特に優れた価値を有するもの」が対象となります。
- この水指はいつ頃、どこで作られたのですか。
- 江戸時代の17世紀後半から18世紀にかけて、現在の愛知県瀬戸市にあたる瀬戸窯で作られました。日本六古窯のひとつである瀬戸窯の伝統的な技法によるものです。
- なぜ耳が竹の形をしているのですか。
- 竹は茶の湯の世界で好まれる素材で、自然と寄り添う侘びの心を象徴します。竹を模した耳や口縁の意匠は、茶陶のさまざまな器種に見られる古典的なモチーフで、茶室に自然の趣を持ち込む工夫といえます。
- この作品は常時展示されていますか。
- 所蔵品は保存上の都合や展示替えの関係で、必ずしも常時公開されているわけではありません。ご来館前に東京国立博物館の公式サイトで、最新の展示情報をご確認いただくことをおすすめします。
- 蓋は当初からこの水指に伴うものですか。
- 本作には黒漆塗の塗蓋が伴います。陶器製の水指に「共蓋」が付かない場合、後世に漆塗りの木蓋を誂えるのが古くからの習わしで、塗蓋もまた作品の重要な構成要素として大切に扱われています。
基本情報
| 名称 | 瀬戸耳付水指(せとみみつきみずさし) |
|---|---|
| 区分 | 陶磁/登録美術品 |
| 時代 | 江戸時代 17世紀後半~18世紀 |
| 製作地 | 瀬戸窯(現在の愛知県瀬戸市) |
| 法量 | 高 16.5 cm、口径 15.4 cm、底径 14.4 cm |
| 員数 | 1 口 |
| 材質・技法 | 陶器、鉄釉の上に灰釉を流し掛け、平底素地見せ、漆塗蓋付属 |
| 登録年月日 | 2013年(平成25年)6月17日 |
| 所蔵 | 東京国立博物館 |
| 所在地 | 〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9 |
| アクセス | JR上野駅(公園口)より徒歩約5~10分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン「瀬戸耳付水指」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/273323
- 文化庁「登録美術品制度の概要」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/torokubijutsuseido/gaiyo/index.html
- 文化庁「美術品をお持ちの方々へ(登録美術品制度の御案内)」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/torokubijutsuseido/
- 東京国立博物館 公式サイト
- https://www.tnm.jp/
- 東京国立博物館 来館案内
- https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=113
- Wikipedia「瀬戸焼」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E7%84%BC
最終更新日: 2026.04.26