震災をまたいで建った鉄筋コンクリートの住宅
新町館(三宅家住宅)(しんまちかん・みやけけじゅうたく)は、東京都文京区白山一丁目に建つ鉄筋コンクリート造の住宅で、昭和初期に竣工し、平成10年(1998年)9月2日に国の登録有形文化財に登録された。文化庁の国指定文化財等データベースは、員数を1棟、構造を鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建、建築面積57平方メートルと記録している。
解説文には、ほかのすべての情報の並び順を変えてしまう一行がある。この建物は住宅兼法律事務所として計画され、工事中に関東大震災に遭った、という記述である。大正12年(1923年)9月1日午前11時58分の地震と、その後の火災。すでに鉄筋コンクリートで立ち上がりつつあった住宅は、その瞬間、進行形の主張になった。
年代については注意がいる。データベースは時代を「昭和前」、年代を「昭和初期」とし、西暦欄には1926〜1988年を掲げる。後者は後年の改修を含んだ幅とみられる。解説文が震災を工事中の出来事としている以上、着工は大正12年9月より前にさかのぼるはずで、竣工はその数年後ということになる。単一の建築年を断定できる資料は確認できていない。
近代の箱に載った古典の意匠
日本に鉄筋コンクリートが入ってきたのは明治末期で、当初の用途は事務所建築、銀行、倉庫だった。これを個人住宅に用い、しかも瓦屋根ではなく陸屋根とすることは、大正末から昭和初期にはなお珍しかった。文化庁の解説文が新町館を「鉄筋コンクリート造陸屋根住宅の初期のもの」と位置づけるのは、この文脈による。登録基準も「造形の規範となっているもの」で、景観への寄与を理由とする登録とは性格が異なる。
構成は明快である。箱形の容器に縦長の開口部を穿つ。北面に玄関ポーチを張り出し、南面にベイウィンドウを設けて採光をとる。ベイウィンドウは西洋の住宅建築から来た手法で、同時期の日本の住宅ではあまり見かけない。
仕上げの二点が、この建物の表情を決めている。外壁はドイツ壁と呼ばれる仕上げで、モルタルを吹き付けたり掻き落としたりして粗い肌合いを残す。大正から昭和初期にかけて流行し、ヨーロッパ風の質感として受け取られた技法である。もう一点は軒下で、トリグリフ状の小さな飾りが帯のように並ぶ。トリグリフは、ギリシャのドリス式神殿のフリーズを区切る、溝を刻んだ部材のことだ。
この最後の一点は立ち止まって見る価値がある。トリグリフの起源は古代ギリシャの木造建築における梁の木口で、この住宅が建てられたころには、すでに二千年にわたって意味を離れた装飾約束事になっていた。それが鉄筋コンクリートの上に、東京の裏通りに建つ小さな3階建の上に、耐火という実用的な主題を抱えた建物の上に載っている。新しい材料に見慣れた顔をさせたい、という設計者の意図が読み取れる。
登録は平成10年、第11回の登録にあたる。登録制度が始まったのが平成8年10月であることを思えば、かなり早い時期の登録である。登録番号13-0019という若い番号が、そのことを示している。登録告示は同年9月25日に出された。
白山の裏道でこの家を見つける
新町館は、白山通りの西側に広がる住宅地のなかで、細い道がクランク状に折れる角に建っている。案内板の類はない。あることを知って歩く人が、まず玄関ポーチに気づき、次に縦長の窓に気づき、最後に軒下の小さな連なりに気づく、という順序になる。
建物は現在も個人の用に供されており、公開はされていない。登録有形文化財としての登録が対象とするのは道路から見える外観であり、路地からの見学にとどめる必要がある。
アクセスは良い。都営地下鉄三田線の白山駅から徒歩数分、東京メトロ南北線の本駒込駅からも歩ける距離にある。周辺には見るものが多い。北へ数分の円乗寺には、天和3年(1683年)に処刑され、のちに歌舞伎や浄瑠璃の題材となった八百屋お七の墓がある。白山通りへ下る伊賀坂には文京区教育委員会の説明板が立ち、坂名の由来について伊賀者の組屋敷説と真田伊賀守屋敷説の二説が併記されている。6月の紫陽花で知られる白山神社も近い。
公道からの撮影に制限はないが、道幅は狭く、周囲は住宅である。相応の配慮をもって歩きたい。文京区には国登録有形文化財が数多くあり、徒歩圏内にも千駄木の島薗家住宅(昭和7年竣工)、西片の橋本家住宅(昭和8年竣工)などが残る。半日かけてつなぐと、戦間期の東京の住宅がどれほど多様で、そのうちのどれほどが辛うじて残ったのかが見えてくる。
Q&A
- 新町館(三宅家住宅)は見学できますか。
- 内部は公開されていません。新町館(三宅家住宅)は現在も個人の用に供されており、拝観料の設定もありません。登録有形文化財の登録が対象とするのは公道から見える外観ですので、路地からの外観見学にとどめてください。
- 新町館(三宅家住宅)はいつ建てられたのですか。
- 文化庁のデータベースは年代を「昭和初期」とし、西暦欄に1926〜1988年を掲げています。後年の改修を含む幅とみられます。解説文が「工事中に関東大震災に遭う」としているため、着工は大正12年(1923年)9月より前にさかのぼるはずで、単一の建築年を断定できる資料は確認できていません。
- 新町館(三宅家住宅)はもともと何に使われていた建物ですか。
- 住宅兼法律事務所として建てられました。建築面積57平方メートルという小さな敷地に地下1階地上3階を積み上げた構成も、北面の路地に向けて玄関ポーチを設けた配置も、この用途から説明がつきます。
- 新町館(三宅家住宅)で注目すべき意匠はどこですか。
- 三点あります。粗い肌合いを残すドイツ壁の外壁仕上げ、南面に張り出したベイウィンドウ、そして軒下に並ぶトリグリフ状の飾りです。トリグリフはギリシャのドリス式神殿に由来する意匠で、それが鉄筋コンクリート造の住宅に移されている点が見どころになります。
- 新町館(三宅家住宅)への行き方と、周辺の見どころを教えてください。
- 都営三田線の白山駅から徒歩数分です。東京メトロ南北線の本駒込駅からも歩けます。周辺には八百屋お七の墓がある円乗寺、説明板の立つ伊賀坂、紫陽花で知られる白山神社などがあり、あわせて歩けます。
基本情報
| 名称 | 新町館(三宅家住宅)/しんまちかん(みやけけじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都文京区白山1-29-5 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0019/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 登録年月日 平成10年(1998年)9月2日、登録告示 同年9月25日(第11回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建、建築面積57平方メートル |
| 所有者 | 個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 内部非公開。公道(路地)からの外観見学のみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「新町館(三宅家住宅)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000638
- 文化遺産オンライン「新町館(三宅家住宅)」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/136408
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 伝統の日本紀行「文京区北東部の近代建築」
- https://www.visiting-japan.com/ja/articles/tokyo/j13bu-bunkyo-kinken-ne.htm
最終更新日: 2026.08.23