新撰類林抄巻第四残巻とは 唐詩四十首を草書で記した平安初期の書巻

麻紙を継いだ全長558センチ、縦27センチの巻物に、李白・王維・賀知章ら唐代の詩人21人の詩40首が、流れるような草書体で書き連ねられています。『新撰類林抄』巻第四残巻。中国・唐代の詩を主題別に分類して集めた詩集を、平安時代初期の9世紀に書写した一巻で、京都国立博物館が所蔵します。昭和37年(1962年)6月21日、書跡・典籍の部で国宝に指定されました。

巻首には「新撰類林抄巻第四 第三帙上」という内題があり、改行して「春 閑散上」という標目が続きます。春の季節、閑散(のどかな暮らし)という主題ごとに詩を編んだ構成がここから読み取れます。残されたのはこの一巻のみで、もとが何巻からなる書物であったのか、誰が編纂したのかは分かっていません。収録されている詩がすべて唐代詩人の作であることから、唐代に中国で編まれた詩集と推定されています。

本国の中国ではこの詩集そのものが失われました。9世紀の日本で写された一巻が、大陸で消えた書物の姿を留めている。その事実だけでも、この残巻の重みが伝わってきます。

国宝指定の理由 唐詩の遺篇として、草書の書巻として

本巻の価値は二つの側面から語られます。第一は文学資料としての価値です。全282行に収められた詩のなかには、殷遥や賈彦璋といった、他の伝本にほとんど作品が残らない詩人の作が含まれます。後世の刊本を経ずに、詩人たちの時代から百年あまりで書写された本文は、唐詩がもともとどのような姿で読まれていたかを示す一次資料であり、中国文学研究においても貴重な手がかりとなっています。

第二は書の価値です。9世紀の日本に伝わる墨跡の多くは、楷書で謹直に書かれた経典や公文書です。これに対して本巻は、全編が唐様の草書体で書かれています。平安時代初期の草書の書巻は現存例がきわめて少なく、遣唐使の時代に大陸の筆法がどれほど深く日本の書き手に浸透していたかを、本巻は実物として示しています。料紙は麻紙、界線は墨で引かれ、整然とした行のなかを筆が自在に走ります。

筆者については、古くは空海(774〜835年)に擬する伝えがありました。しかし国立文化財機構の解説は、筆跡が空海のものとは明らかに異なると指摘しており、京都国立博物館も筆者不詳としています。三筆の名を借りずとも、一級の書き手であったことは筆線そのものが示しています。

見どころ 282行を貫く筆の呼吸

展示室で本巻に向き合うなら、まず巻首の内題と標目に注目してください。「第三帙上」という記載は、複数の帙(巻物を収める覆い)に分けて保管された大部の書物の一部であったことを示唆します。主題別に詩を引ける分類詩集は、漢詩を詠むことが教養の中核だった平安貴族にとって、鑑賞用というより実用の書でした。

次に、草書の筆線そのものをじっくり眺めたいところです。文字の判読は専門家でも容易ではありませんが、行の揺らぎ、字の大小、墨継ぎのリズムは、誰の目にも感じ取れます。282行を息切れなく書き通した筆勢に、書き手の力量がにじみます。

本巻から切り離された断簡は「南院切」と呼ばれ、古筆切として茶人や愛好家のあいだで尊重されてきました。手鑑や掛軸に仕立てられた断簡の親本にあたる巻物を、もとの巻子本の姿のまま見られる点に、本巻に固有の魅力があります。

実際の見学にあたっては注意が必要です。紙本墨書の作品は保存上の理由から常設されず、京都国立博物館の名品ギャラリー(平成知新館)で期間を限って公開されます。本巻を目当てに訪れる場合は、事前に同館の展示スケジュールを確認してください。国立文化財機構の「e国宝」サイトでは、高精細画像をいつでも閲覧できます。

周辺情報 東山七条の美術鑑賞コース

京都国立博物館は東山七条に位置し、京阪本線七条駅から徒歩約7分、京都駅からは市バスで「博物館三十三間堂前」下車すぐです。道路を挟んだ向かいには、千一体の千手観音立像で知られる三十三間堂(蓮華王院本堂)があり、こちらも複数の国宝を擁します。

徒歩10分圏内には、豊臣秀吉を祀る豊国神社、長谷川等伯一門の障壁画で名高い智積院があります。やや北へ足を延ばせば、陶芸家・河井寛次郎の自宅兼工房を公開する河井寛次郎記念館も。博物館の所蔵品鑑賞と合わせ、半日かけて巡るのにちょうどよい範囲に名所がまとまっています。

本巻が展示されていない時期でも、平成知新館の書跡の展示室では、経典や和歌懐紙など同時代の墨跡に出会えることが多く、平安の書の世界を肌で感じられます。

Q&A

Q新撰類林抄巻第四残巻はいつでも見学できますか。
A常設展示はされていません。京都国立博物館の名品ギャラリーで期間を限って公開されるため、事前に同館の展示スケジュールの確認をおすすめします。e国宝サイトでは高精細画像をいつでも閲覧できます。
Q筆者は空海なのですか。
A古くは空海の筆と伝えられましたが、現在この説は支持されていません。国立文化財機構は筆跡が空海のものと明らかに異なるとし、京都国立博物館も筆者不詳としています。
Q「残巻」とはどういう意味ですか。
Aもとは複数巻からなる書物のうち、一部だけが残ったものを指します。本作は巻第四の一巻のみが現存し、全体の巻数や編者は分かっていません。
Q「南院切」とは何ですか。
Aこの書巻から切り離された断簡の呼び名です。古筆切として珍重され、手鑑や掛軸に仕立てられて伝わっています。
Q京都国立博物館で写真撮影はできますか。
A展示室や展覧会によって撮影の可否が異なり、脆弱な作品や借用品は撮影不可となる場合が多くあります。当日、各展示室の表示に従ってください。

基本情報

名称新撰類林抄巻第四残巻(しんせんるいりんしょうまきだいよんざんかん)
指定区分国宝(書跡・典籍) 昭和37年(1962年)6月21日指定
員数1巻
時代平安時代初期・9世紀
寸法縦27.0センチ 横558.0センチ
品質・形状麻紙墨書、墨界、唐様の草書体、全282行
所在地京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
所有者独立行政法人国立文化財機構
公開状況常設展示なし。名品ギャラリー等で期間限定公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「新撰類林抄巻第四残巻」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10518
e国宝(国立文化財機構)「新撰類林抄巻第四残巻」
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=101069&content_part_id=0&content_pict_id=0&langId=ja
京都国立博物館 館蔵品データベース「新撰類林抄巻第四残巻」
https://knmdb.kyohaku.go.jp/3454.html

最終更新日: 2026.06.11