白百合女子大学めぐみ荘(旧菊池家住宅主屋)――三度の「場所」を生きた、伊豆の名主宅
東京・調布の閑静な住宅街、白百合女子大学のキャンパスの一角に、深い緑に囲まれてたたずむ大きな平屋の日本家屋があります。「めぐみ荘」と呼ばれるこの建物は、もともと伊豆修善寺で名主や代官を務めた菊池家の主屋として建てられ、昭和初期に東京へ移築され、戦後にキャンパスの整備にあわせてもう一度場所を移されたという、まさに「三度の場所」を生きた希有な民家です。明治前期の大型民家の姿を今によく伝える貴重な建造物として、2014(平成26)年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
伊豆修善寺・菊池家とは
この建物のふるさとは、伊豆半島のほぼ中央に位置する温泉町・修善寺です。修善寺は弘法大師空海が8世紀末に修禅寺を開いたと伝えられる古刹を中心に発展した町で、鎌倉幕府二代将軍・源頼家が幽閉・殺害された地としても広く知られています。1200年以上の歴史を背負った「伊豆の小京都」とも呼ばれ、川沿いに温泉旅館や竹林の小径が並ぶ風情ある町並みは、今も多くの歴史好きの旅人を引き寄せています。
そうした地で、菊池家は代々、村をまとめる名主、そして地域を統治する代官を務めた家柄でした。名主や代官は単に富農というだけでなく、年貢の取りまとめ、村内の訴訟や揉めごとの調停、旅人や役人の応対など、いわば村の「半公的な窓口」を担った役職です。その住まいは私邸であると同時に、来客や願い出に応じる場でもありました。菊池家主屋には、まさにそうした家格と役割の痕跡が建築の随所に刻み込まれています。
山を越えて東京へ――修善寺から仙川までの軌跡
菊池家主屋が東京に移築された背景には、日本の近代製薬業の歴史が関わっています。1893(明治26)年、奈良出身の実業家・津村重舎(初代)は東京・日本橋で津村順天堂(現在の株式会社ツムラ)を創業し、婦人薬「中将湯」の販売を通じて一代で事業を築きあげました。1924(大正13)年、東京府北多摩郡神代村下仙川(現在の調布市緑ヶ丘・仙川一帯)に津村薬用植物園を開設し、漢方原料となる薬草の栽培・研究の拠点としました。この薬草園は当初約3,600坪の規模でしたが、1940(昭和15)年には23万坪にまで拡大し、規模・内容ともに「東洋一の薬草園」と称されるまでになりました。
1930(昭和5)年、津村重舎はこの薬用植物園の敷地内に、伊豆修善寺から譲り受けた菊池家主屋を移築しました。戦後の農地解放などを経て津村の手を離れ、1964(昭和39)年には土地の一部を白百合女子大学が取得することになります。そして1967(昭和42)年、校舎建築にともなって建物そのものを曳屋(ひきや)によって現在の位置へと移動。以来、カトリック系の女子大学の敷地で「めぐみ荘」の名を与えられ、三つ目の「場所」での歩みを続けています。
なぜ登録有形文化財に――評価された三つのポイント
文化庁は2014(平成26)年4月25日付で、本建築を登録有形文化財(建造物)として登録しました。登録番号は13-0337、登録基準は「造形の規範となっているもの」。同時期に登録された全国の建造物のなかでも、大型の民家建築としての完成度の高さが評価されています。
評価のポイントは大きく三点に整理できます。第一に、建設年代が明治前期(1868〜1882年)でありながら、江戸時代後期の民家の系譜を濃く受け継ぐ過渡期の建築として貴重であること。第二に、床上部が「六間取系」と呼ばれる上級民家の典型的な間取りをほぼ完全に残していること。そして第三に、中ノ間に式台(格式ある接客のための玄関段差)の痕跡が残され、名主・代官を務めた家の格式がそのまま建築に表れていることです。このような大型民家は原所在地である伊豆においても希少になってきており、移築された建物としては全国的にも貴重な遺構と位置づけられます。
建築の見どころ
桟瓦葺と越屋根――端正な外観
庭から眺めるめぐみ荘は、横に長く、低く落ち着いた屋根を広げた端正な姿をしています。建築面積は約228㎡、木造平屋建で、屋根は桟瓦葺き。その上にさらに小さな屋根――「越屋根(こしやね)」――が一段高く架けられています。越屋根は本来、囲炉裏の煙を外に逃がし、また天井裏に間接光を取り入れるための仕掛けで、伝統的な大型民家に欠かせない意匠です。この二段構えの屋根が、建物に独特の落ち着きと農村的な風格を与えています。
土間と大黒柱――構造の心臓部
重い大戸を入ると、まず広い土間が広がります。かつては米を搗き、農具を修繕し、来訪者を迎える多目的の空間でした。土間と広間の境には、一抱えもある太い大黒柱が立ち、その頭上には同じく太い梁が高い桟瓦葺きの屋根を支えています。大黒柱と梁の組み合わせは、この家の構造的な心臓部であり、そして何よりも視覚的な迫力を持つポイントです。
六間取と式台の痕跡――名主宅の格式
床上部は、前後左右に計六つの部屋を配した「六間取」と呼ばれる上級民家の間取りです。前面には二室の座敷が並び、その外側を縁が取り巻きます。座敷と庭が縁を介して一体となる構成は、日本の伝統的な住空間を体験するうえで象徴的な造りといえるでしょう。中ノ間には、公式な来客のための一段上がった玄関「式台」の痕跡が保存されており、名主宅ならではの格式をうかがわせます。これらの要素は、明治前期の大型民家がまだ江戸期の儀礼的な空間構成を色濃く残していたことを示す、建築史上の生き証人でもあります。
見学情報――特別公開のタイミングを逃さない
めぐみ荘は大学構内にあり、通常は一般公開されていません。ただし毎年、東京都教育委員会が主催する「東京文化財ウィーク」の一環として、秋に年1〜2日の特別公開が行われています。近年は10月下旬の火・水曜日の2日間、各日2回(概ね10:00〜12:00と13:00〜15:00)の公開時間枠で開かれており、入場は無料。事前申し込みは不要とされる年も増えてきました(状況により変動しますので、必ず事前に最新情報をご確認ください)。
公開日の入場は正門ではなく大学の東門を利用します。構内はめぐみ荘以外の撮影や、定められた施設以外への立ち入りはできません。また、自家用車での来場はできないため、仙川駅からの徒歩でのアクセスが基本となります。公開日以外でも、めぐみ荘は大学の茶道部・華道部などのクラブ活動で日常的に利用されており、単なる保存建築ではなく「生きて使われている」建物であることも、この文化財の大きな魅力のひとつです。
仙川・調布のまち歩きとあわせて
めぐみ荘の最寄り駅である京王線・仙川駅は、新宿から約20分という好アクセスにありながら、落ち着いた文教地区としての雰囲気を保っている街です。駅前から甲州街道に向かって延びる「仙川商店街」(通称ハーモニーロード)には、カフェや個人商店など200店以上が並び、近年は都内有数のカフェタウンとしても知られるようになりました。猿田彦珈琲アトリエ仙川をはじめとする専門店が軒を連ね、若い世代と地元の人々が自然に交差する空気感は、都心の繁華街とはひと味違う魅力があります。
また、仙川エリアには世界的指揮者・小澤征爾を輩出した桐朋学園大学の仙川キャンパスがあり、街を楽器を抱えた学生が行き交う独特の光景も見られます。めぐみ荘特別公開の機会に合わせて、少し足を延ばして調布・深大寺方面へ向かい、神代植物公園や深大寺そばを楽しむ一日コースもおすすめです。キャンパス内に残る武蔵野の雑木林の面影、かつての津村薬用植物園の記憶、そして伊豆からやってきた名主宅――それらが重なりあう風景を歩くことで、一つの文化財がまちの歴史全体にどう結びついているかを実感できるはずです。
Q&A
- めぐみ荘はいつでも見学できますか?
- いいえ、通常は非公開です。白百合女子大学の構内にあるため、一般には立ち入れません。毎年秋の「東京文化財ウィーク」の時期に合わせて年1〜2日ほど特別公開されることが多く、近年は10月下旬の平日2日間に実施されています。訪問前に大学の公式サイトで最新の公開日程を必ずご確認ください。
- 伊豆修善寺の民家がなぜ東京に移築されたのですか?
- 津村順天堂(現・株式会社ツムラ)の創業者・初代津村重舎が、1924年に仙川に開設した薬用植物園の敷地内へ、1930年に菊池家主屋を移築したのが始まりです。戦後、土地の一部が白百合女子大学に譲渡され、1967年には校舎建築のために構内でもう一度、曳屋によって現在の位置に動かされました。
- 建築としての見どころは何ですか?
- 大きくは三点あります。まず、広い土間と見上げるほどの大黒柱・梁の構造美。次に、床上部の「六間取」と呼ばれる上級民家の典型的な間取りがよく残されていること。そして、中ノ間に式台の痕跡が残り、名主・代官を務めた家の格式を今に伝えていることです。明治前期の大型民家としてこれほど完成度の高い遺構は、原所在地の伊豆でも希少になっています。
- 江戸時代の建物ですか、明治時代の建物ですか?
- 文化庁は建設年代を明治前期(1868〜1882年)としています。ただし構造や意匠は江戸時代後期の民家の系譜を色濃く受け継いでおり、江戸から明治への過渡期の大型民家を読み解くうえで貴重な建築です。
- 都心からのアクセスを教えてください。
- 新宿駅から京王線に乗り、仙川駅で下車します。区間急行が停まり、所要時間はおよそ20分。駅からは北へ徒歩10〜12分ほど。甲州街道を渡り、仙川を越えて緑ヶ丘の住宅街の坂道を上った先に大学の敷地があります。特別公開日には東門からの入場となります。
基本情報
| 名称 | 白百合女子大学めぐみ荘(旧菊池家住宅主屋) |
|---|---|
| ふりがな | しらゆりじょしだいがくめぐみそう(きゅうきくちけじゅうたくしゅおく) |
| 種別 | 登録有形文化財(建造物)/住宅・建築物 登録番号 13-0337 |
| 登録年月日 | 2014(平成26)年4月25日 |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 時代・年代 | 明治前期(1868〜1882年)/1930(昭和5)年・1967(昭和42)年移築 |
| 構造・形式 | 木造平屋建、桟瓦葺(越屋根を上げる)、建築面積約228㎡、1棟 |
| 原所在地 | 伊豆修善寺(現・静岡県伊豆市) |
| 所在地 | 東京都調布市緑ヶ丘1-25-1 |
| 所有者 | 学校法人白百合学園 |
| アクセス | 京王線・仙川駅から北へ徒歩約10〜12分 |
| 一般公開 | 毎年秋「東京文化財ウィーク」期間中に特別公開(通常は非公開) |
参考文献
- 文化遺産オンライン「白百合女子大学めぐみ荘(旧菊池家住宅主屋)」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/286079
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009922
- 白百合女子大学「国の登録文化財『めぐみ荘』特別公開イベントのお知らせ」(2025年)
- https://www.shirayuri.ac.jp/news/2025/001926.html
- 白百合女子大学「白百合の特色」
- https://www.shirayuri.ac.jp/guide/features/
- 株式会社ツムラ「ツムラの歴史 1924年〜1933年」
- https://www.tsumura.co.jp/corporate/history/1924.html
- 調布経済新聞「調布・国の登録文化財『めぐみ荘』が特別公開」(2025年)
- https://chofu.keizai.biz/headline/4692/
最終更新日: 2026.04.21