ソルフェージスクール:建築と音楽が調和する目白の名建築

東京都豊島区、JR目白駅から北西へ徒歩約10分の閑静な住宅街に、ひっそりと佇む音楽教室があります。ソルフェージスクールは、日本を代表する建築家・吉村順三(1908〜1997)が、ヴァイオリニストであった妻・大村多喜子のために設計した音楽教育施設です。1967年の竣工以来、半世紀以上にわたって音楽教育の場として使われ続けてきたこの建物は、2025年3月13日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。吉村が手がけた一連の音楽施設の初期作品として、建築史上も大変貴重な存在です。

歴史的背景:建築家と音楽家の愛の物語

ソルフェージスクールの物語は、一組の夫婦の出会いから始まります。太平洋戦争の開戦直前、アメリカから帰国する船の中で、建築家・吉村順三とヴァイオリニスト・大村多喜子は出会い、やがて結婚しました。

大村多喜子は、北海道に生まれ、東京女子大学英語専攻科在籍中にアメリカへ留学。名門ジュリアード音楽院に日本人として初めて入学し、ハンス・レッツに師事してヴァイオリンを学びました。二度のアメリカ留学を通じて音楽の基礎教育の大切さを痛感した多喜子は、帰国後、チェリストの青木十良らとともに、1961年に東京・市ヶ谷の山脇服飾美術学院の一室を借りて「ソルフェージ教室」を開校しました。

1967年、夫の吉村順三が設計した新校舎が目白に完成し、教室は「ソルフェージスクール」と改称して移転しました。建築家の夫が音楽家の妻のために設計したこの学び舎は、建築と音楽という二つの芸術が融合した、唯一無二の空間として今日まで大切に受け継がれています。

文化財指定の理由:なぜ登録有形文化財に選ばれたのか

ソルフェージスクールは、2025年3月13日付で国登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録にあたっては、いくつかの重要な価値が認められています。

第一に、吉村順三による一連の音楽施設の初期作品としての貴重さが挙げられます。吉村はのちに八ヶ岳高原音楽堂(1988年)など著名な音楽施設を手がけていますが、ソルフェージスクールはその出発点にあたる作品です。

第二に、一・二階の教室や階段における丁寧な造作が評価されています。吉村は住宅建築において「人間の生活に寄り添う設計」を信条としており、その哲学がこの教育施設にも細部にわたって反映されています。

第三に、三階ホールの巧みな設計が高く評価されています。住宅街の道路斜線規制に則した勾配屋根によって十分な天井高を確保し、水平窓で外観を巧みに分節するという、制約を魅力に変える設計手法が見事に実現されています。

建築の見どころ

建物の構造と外観

ソルフェージスクールは、鉄筋コンクリート造3階建て、人工スレート葺きの建物で、建築面積は96平方メートル、延べ床面積は約297.3平方メートルです。外壁は薄いピンク色に塗られ、その上に灰色のスレート波板の屋根が載る、控えめながらも個性的な佇まいをしています。

鮮やかなブルーに塗られた小さな玄関扉が住宅街のなかでさりげないアクセントとなり、訪れる人を温かく迎え入れます。すべての設計要素に、子どもたちの目線と身体感覚への配慮が行き届いた、吉村らしいヒューマンスケールの建築です。

各階の構成

1階には職員室と事務室があります。2階には4つの個人レッスン室が設けられ、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、フルート、クラリネット、声楽などの指導が行われています。そして3階には、この建物の最大の見どころである約85平方メートルの広々としたホールが広がり、2台のグランドピアノが備えられ、最大120名を収容することができます。

三階ホール:空間と音響の調和

三階ホールは、吉村順三の建築的才能がもっとも鮮やかに表現された空間です。住宅街の道路斜線規制に対応するため、屋根は斜めに傾斜しています。吉村はこの制約を逆手に取り、変化に富んだ天井高が生み出す優れた音響効果を実現しました。全周に配された水平窓からは自然光が豊かに差し込み、ラワン合板で仕上げられた天井とあいまって、明るく温かみのある空間が生まれています。ここで小さな子どもたちがリズムに合わせて自由にのびのびと動く様子は、まさに音楽と建築が一体となった光景です。

細部に宿る職人技

建物全体を通じて、吉村の造作への徹底したこだわりが随所に見られます。階段の手すり、造り付けの家具、建具の仕上げなど、限られた予算のなかでも一切妥協のない仕事が施されています。ラワン材を主とした温かみのある内装は、吉村の住宅作品に通じる親密な雰囲気を醸し出しています。

ソルフェージ教育とは

ソルフェージとは、フランスやイタリアなどで数百年にわたって行われてきた音楽の基礎教育法です。楽譜を読み、音を聴き取り、聴いた音楽を譜面に起こす能力を体系的に育てる方法で、すべての音楽的訓練の土台となるものです。

ソルフェージスクールでは、この伝統的な教育法をベースに、リトミック(身体を使ったリズム教育)、読譜、聴音、音符の書き取り、記憶訓練、室内楽、合唱・合奏など、多角的な音楽訓練を行っています。特徴的なのは、全音符を「まるちゃん」、四分音符を「くろちゃん」と名付けるなど、子どもたちが遊びを通じて自然に音楽を体得していく指導法です。

幼児から大人まで、プロ・アマチュアを問わず、音楽を愛するすべての人に開かれた学びの場です。卒業生には、ドイツのシュツットガルト室内管弦楽団で首席ヴィオラ奏者を務めた林徹也氏や、アメリカを拠点に国際的に活躍するヴァイオリニストの亀井由紀子氏など、世界的な音楽家が名を連ねています。

周辺情報・アクセス

ソルフェージスクールは、JR山手線・目白駅から北西方向へ徒歩約10分の場所にあります。現在も音楽教室として活動中のため、見学を希望される方は事前にお問い合わせください。

目白エリアは、東京のなかでも特に落ち着いた文教地区として知られています。周辺には、キャンパス内に複数の登録有形文化財を有する学習院大学、吉村順三の旧事務所を活用した吉村順三記念ギャラリー、回遊式庭園の目白庭園、そして隣接する文京区の椿山荘庭園など、文化的な見どころが点在しています。池袋の繁華街からほど近いにもかかわらず、緑豊かで静謐な街並みが広がる、散策にも最適なエリアです。

Q&A

Qソルフェージスクールは誰が設計したのですか?
A日本を代表する建築家・吉村順三(1908〜1997)が設計しました。吉村は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の日本家屋「松風荘」やニューヨークのジャパン・ソサエティ本部ビルの設計で国際的に知られています。ソルフェージスクールは、ヴァイオリニストであった妻・大村多喜子の音楽教育活動のために設計されました。
Qソルフェージとはどのような教育法ですか?
Aソルフェージは、フランスやイタリアで数百年にわたって行われてきた音楽の基礎教育法です。楽譜からメロディーをイメージし、聴いた音楽を楽譜に書き起こす力を養います。ソルフェージスクールでは、リトミックや遊びの要素を取り入れた独自の方法で、幼い頃から自然に音楽を体得させる教育を行っています。
Qなぜ登録有形文化財に登録されたのですか?
A2025年3月に国登録有形文化財に登録されました。吉村順三が手がけた一連の音楽施設の初期作品として貴重であること、教室や階段の丁寧な造作、そして道路斜線規制に対応した三階ホールの巧みな設計が評価されています。
Q見学はできますか?
Aソルフェージスクールは現在も音楽教室として活動しているため、見学を希望される場合は事前にお問い合わせください。三階ホールでは生徒や一流演奏家によるコンサートも定期的に開催されています。
Q吉村順三の他の作品はどこで見られますか?
A目白にはソルフェージスクールのすぐ近くに吉村順三記念ギャラリー(旧吉村順三建築設計事務所)があります。そのほか、長野県の八ヶ岳高原音楽堂、愛知県立芸術大学、フィラデルフィアの松風荘(旧MoMA日本家屋)などが現存しており、見学可能です。

基本情報

名称 ソルフェージスクール
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2025年(令和7年)3月13日
設計 吉村順三(1908〜1997)
竣工 1967年(昭和42年)
構造 鉄筋コンクリート造3階建、人工スレート葺
建築面積 96㎡
延べ床面積 約297.3㎡
所有者 公益財団法人ソルフェージスクール
所在地 東京都豊島区目白4丁目23-10(地番:目白四丁目1434-2)
アクセス JR山手線 目白駅より北西方向へ徒歩約10分

参考文献

ソルフェージスクール — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/596742
ソルフェージスクール公式サイト — 概要
https://solfegeschool.github.io/solfege.school/about/about.html
東京新聞「音楽は友達 独自レッスン 目白の住宅街にひっそり名建築『ソルフェージスクール』」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/258192
建築と音楽 目白へ吉村順三建築ソルフェージスクールを訪ねて(note)
https://note.com/hiroyaisozaki/n/n801c90017756
吉村順三 — Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Junzo_Yoshimura

最終更新日: 2026.03.29