学習院北別館—消えた右翼を持つ、明治の木造図書館

JR山手線目白駅を出て学習院大学の構内に入り、正門の方へしばらく歩くと、木立の奥に低く構えた白い木造の建物が見えてくる。北別館。明治42年(1909年)に図書館として建てられ、平成21年(2009年)4月28日に国の登録有形文化財に登録された建造物である。学習院の目白キャンパスには7件の登録有形文化財が点在しており、北別館はその中でも特異な存在感を放つ。

急勾配の切妻造桟瓦葺の屋根、外壁を縦横の細い木材で区画したスティックスタイルの意匠、そして軒の持送りや床下換気口に施された桜花の彫刻。これらは単なる装飾ではなく、設計者と発注者の意図が明確に表れた造形である。校章である桜花を建築に織り込んだこの一棟は、紛れもなく学習院のための建物としてつくられた。

華族の学校と、目白移転

学習院の起源は弘化4年(1847年)、京都御所内に開講した公家の学問所にさかのぼる。明治10年(1877年)、東京・神田錦町で華族学校として開業式が行われ、明治天皇から改めて「学習院」の校名と勅額が下賜された。学習院ではこの年を創立年としている。明治17年(1884年)には宮内省所轄の官立学校となり、戦後の昭和22年(1947年)に私立学校として再出発するまで、皇族・華族の教育機関であり続けた。

目白への移転は紆余曲折の末に実現した。神田錦町の校舎は明治19年(1886年)に焼失し、四谷へ移って明治27年(1894年)の地震で再び使用困難になる。明治29年(1896年)、当時の第7代院長近衞篤麿が北豊島郡高田村大字高田、すなわち現在の目白の地を新校地として選定した。建設工事は日露戦争などの影響で遅れ、明治41年(1908年)8月にようやく中等学科・高等学科の移転が完了。翌明治42年、新キャンパスの中央北寄りに図書館として建てられたのが、現在の北別館である。

設計者・久留正道—明治建築界の文部省ライン

設計を担当した久留正道(くるまさみち、1855-1914)は、文部省営繕の中心的な技師であった。安政2年、旗本の家に生まれ、工部大学校造家学科でジョサイア・コンドルに学んだ第3期生にあたる。明治14年(1881年)に同校を卒業後、工部省を経て文部省に転じ、山口半六のもとで全国の高等中学校の建築に携わった。久留が手がけた建物のうち現在も残るものでは、上野の旧東京音楽学校奏楽堂(明治23年、重要文化財)と、安藤忠雄による改修を経て国立国会図書館国際子ども図書館となった旧帝国図書館(明治39年)がよく知られている。

北別館の設計は、久留が文部省で長年積み上げてきた学校建築の経験の結実といえる。明治後期、学校建築の基本書として広く使われた『学校建築図説明及設計大要』(明治28年刊)の著者も久留と推定されており、官立学校の建築規範を整えた建築家の手による図書館が、目白の校地に建てられたことになる。

スティックスタイルという選択

北別館の最大の特徴は、外壁の意匠である。文化庁の登録解説には「外壁はスティックスタイルとして柱間に下見板を張り、持送りや床下換気口は校章である桜花を模して飾る」と明記されている。スティックスタイルとは、19世紀後半のアメリカで流行した木造建築様式で、外壁面に柱や梁、筋かいといった構造材を露出させ、それらを細い線材で繋いだ籠状の意匠が特徴である。日本では類例が極めて少なく、本格的なスティックスタイルが残る公共建築としては学習院北別館が貴重な例とされる。

柱間にはペンキ塗装の箱目地下見板が張られ、1メートルおきに欄間付きの上げ下げ窓が並ぶ。窓まわりには窓枠を兼ねた付柱、長押、窓台が配され、窓上の小壁は漆喰、窓下は竪羽目板に斜材を交差させた装飾が施される。木の線が外壁を細かく分節するこの意匠は、近代の和風建築や明治期の擬洋風建築のいずれとも違い、一目でアメリカ起源の様式と分かる。一方で屋根は急勾配の切妻造桟瓦葺。木材の細部装飾の上に、和瓦の重みのある屋根が載るというハイブリッドが、この建物に独特の佇まいを与えている。

桜花の意匠が組み込まれているのは、軒下の持送り(ブラケット)と床下の換気口である。校章の五弁の桜花を象った装飾が建物の周囲に繰り返し配され、近づいてはじめてその細工に気づく。様式と象徴の組み合わせが、設計者の周到さを物語る部分だ。

失われた右翼—移築・改修の経緯

現在の北別館はL字形平面で、東西約25メートル、南北約25メートル、建築面積393平方メートル、木造平屋建の一棟として登録されている。しかし建てられた当初の姿はこれとは大きく違った。元々は中央に玄関を置き、左右に翼棟を伸ばした比翼型の建物で、背後には煉瓦造の独立した書庫を備えていた。明治期の図書館建築としては規模の大きい、堂々たる構えであったという。

転機は昭和53年(1978年)に訪れる。文学部棟(北2号館)の新築に伴い、図書館の右翼と煉瓦造書庫が取り壊され、残った左翼と中央部分が解体されて現在の場所に移築された。比翼型は失われ、結果として平面がL字形となった。さらに平成9年(1997年)に改修が施され、内部は学習院大学史料館の閲覧室・事務室として再生された。建物全体としては当初の半分ほどが姿を変えて生き延びた、と言ったほうが正確かもしれない。

移築や部分解体を経た建物は、登録有形文化財の中でも珍しい存在ではない。むしろ近代建築は用途変更と無縁ではいられない宿命を負っており、北別館もまた「使い続けるために変わってきた」一例である。

訪れ方と見学のポイント

北別館は学校法人学習院の所有で、現役の大学施設として使用されている。内部は事務室と閲覧室であり、一般の観覧対象ではない。長らく学習院大学史料館の拠点であったが、令和7年(2025年)春、史料館は前川國男設計の旧大学図書館を改修した「霞会館記念学習院ミュージアム」としてリニューアルオープンし、機能の主軸はそちらに移った。展示を見たい場合は新ミュージアムへ向かうことになる。

建物自体の見学は、目白キャンパス内を歩きながら外観を眺める形となる。学習院大学の目白キャンパスは一般に開放されており、西門や正門の警備室で記帳すれば構内を散策できる。北別館に至るには、目白駅から徒歩で正門に回り、構内中央北寄りへ進めばよい。木立の中に建つため、季節や時間帯で雰囲気が大きく変わる。春は桜、秋は欅と銀杏の黄葉が建物を囲み、桜花の校章を持つこの建物にはとりわけ春が似合う。

外観を眺める際は、正面だけでなく裏側にも回ってみたい。L字形の角度から見ると、屋根の急勾配と外壁の細い線材の対比がよくわかる。床下換気口の桜の彫りは目線より低い位置にあるため、しゃがみ込んでようやく細部を確認できる。建築写真を撮るなら朝の斜光時が外壁の凹凸を最も美しく拾う。

周辺の見どころ

学習院目白キャンパスには北別館以外に6棟の登録有形文化財がある。明治41年(1908年)の正門、大正2年(1913年)の東別館(旧皇族寮)、昭和2年(1927年)のネオ・ゴシック様式の南1号館(旧理科特別教場)、昭和5年(1930年)の西1号館(旧中等科教場)、明治41年の乃木館(旧総寮部の一部)、そして同じく明治41年の厩舎。これだけまとまった近代登録文化財が一つの大学キャンパスに残る例は、全国でも数えるほどしかない。

キャンパスの外では、目白駅から北へ徒歩約10分の目白庭園が散策の選択肢になる。区立の池泉回遊式庭園で、赤鳥庵という数寄屋風建物と池を中心とした静かな庭園である。さらに東に下れば、細川家伝来の刀剣・絵画・茶道具を収蔵する永青文庫がある。文京区方面まで足を伸ばせば、鳩山一郎・威一郎・由紀夫の三代が暮らした音羽の鳩山会館(鳩山一郎邸)も、大正期の洋館として見応えがある。

Q&A

Q北別館の内部に入ることはできますか。
A一般の見学対象ではありません。内部は学習院大学の事務室および閲覧室として現役で使われており、観光目的での内部公開は基本的に行われていません。外観は構内から自由に眺めることができます。
Q学習院のキャンパスに自由に入っても良いのですか。
A目白キャンパスは記帳のうえで一般の見学が認められています。西門または正門の警備室で名前を記入し、用件を伝えれば構内を散策できます。
Q建物がL字形になっているのはなぜですか。
A竣工当初は左右対称の比翼型で、煉瓦造の独立した書庫も備えていました。昭和53年(1978年)の文学部棟新築の際に右翼と煉瓦書庫が解体され、残った部分が現在の位置に移築されたため、結果としてL字形の平面となりました。
Q建物に施された桜の彫刻にはどんな意味がありますか。
A五弁の桜花は学習院の校章です。軒下を支える持送りと、床下の鋳鉄製換気口に校章を模した意匠が施されており、外壁を一周しながら繰り返し現れます。建物が学習院のために設計された証ともいえる細部です。
Q学習院の歴史や所蔵資料を実際に見たい場合、どこへ行けばよいですか。
A令和7年(2025年)春に旧大学図書館を改修して開館した「霞会館記念学習院ミュージアム」が、史料館の機能を引き継いで展示を行っています。皇族・華族・大名家ゆかりの資料を中心に、企画展や常設展を観覧できます。

基本情報

名称学習院北別館(旧図書館)
所在地東京都豊島区目白1-5-1(登録上の地番:目白1-1057-1)
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号13-0240
登録年月日平成21年(2009年)4月28日
建築年明治42年(1909年)/昭和53年(1978年)移築・平成9年(1997年)改修
設計久留正道(1855-1914)
構造・規模木造平屋建、瓦葺、L字形平面(東西約25m×南北約25m)、建築面積393㎡、1棟
所有者学校法人学習院
アクセスJR山手線目白駅から徒歩約1分(西門)、徒歩約5分(正門)。要記帳
内部公開原則として一般非公開

参考文献

文化遺産オンライン「学習院北別館(旧図書館)」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/144881
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007619
豊島区公式ホームページ「学習院北別館(旧図書館)」
https://www.city.toshima.lg.jp/349/bunka/bunka/bunkazai/building/2210280835.html
学校法人学習院「歴史」
https://www.gakushuin.ac.jp/houjin/kikaku/history/
国立国会図書館国際子ども図書館「建築家の記録」
https://www.kodomo.go.jp/about/building/history/architect.html
学習院大学「北別館」
https://www.univ.gakushuin.ac.jp/facilities/northannex.html

最終更新日: 2026.05.16