作者の銘を持たない国宝刀「生駒光忠」

刃長68.4センチの刀身、茎(なかご)に近いあたりに、金で象嵌された二行の文字が光る。一行は「光忠」と本阿弥光徳の花押、もう一行は「生駒讃岐守所持」。いずれも刀を鍛えた刀工が切ったものではない。後世の鑑定家が入れたもので、二行目の所持者名がそのままこの刀の号となった。世にいう「生駒光忠」である。

作者の光忠は、備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市長船町)に拠った長船派の実質的な祖とされる刀工で、活躍したのは鎌倉時代中期、十三世紀のこと。吉井川流域の備前は、この時代の日本でもっとも多くの名工を輩出した刀剣の一大産地だった。現在この刀を所蔵するのは、東京・目白台の永青文庫。旧熊本藩主細川家に縁の品々を収める美術館である。

ただし、いま残る姿は光忠が鍛えた当初のものとは少し異なる。本来は腰に佩く太刀として作られ、のちに磨上げられて刀の寸法となった。磨上げは古い刀によく施された処理で、その際に作者の銘が刻まれていた茎尻が切り落とされ、無銘となった。金の象嵌は、失われた作者名を補う意味を持っている。

国宝に指定された理由

本刀は昭和11年(1936年)9月18日に重要文化財、戦後の昭和30年(1955年)2月2日に国宝へと指定された。その評価の背景には、刀身そのものの質と、金象嵌の二つがある。

まず刀身。光忠の在銘作は極めて少なく、光忠の作と認められる刀のなかでも、本作はとりわけ華やかな刃文で知られる。下半は大丁子が密に乱れ、上に向かうにつれて互の目が交じる。匂は深く、ところどころに金筋がかかり、地には乱映りが立つ。身幅が広く、猪首鋒の豪壮な姿は、鎌倉時代の作刀が頂点に達した頃の力強さを宿す。光忠の作刀中、最も華やかな一口とする評もある。

もう一つの価値が金象嵌である。極めを行った本阿弥光徳は、刀剣の研磨と鑑定を家業とした本阿弥宗家の九代当主。豊臣秀吉に信任され、のちに徳川家康に仕えた目利きである。磨上げて無銘となった刀に光徳が金で記した極め銘は「光徳象嵌」と呼ばれ、それ自体が珍重されてきた。花押の筆跡から、この象嵌は慶長末年、1610年代頃に入れられたと考えられている。

「生駒」の号と、刀が東京へ至るまで

二行目の金象嵌「生駒讃岐守所持」が指すのは、生駒親正。羽柴秀吉のもとで頭角を現し、豊臣政権では三中老の一人に数えられ、四国の讃岐一国を与えられた武将である。高松城を築いたその家に、本刀は家宝として受け継がれた。

その家系は寛永17年(1640年)に途切れる。重臣間の対立から起きた御家騒動「生駒騒動」を機に、幕府は生駒家の讃岐領を没収し、大きく減じられた家を出羽国矢島へ移した。この混乱のなかで、刀の所在は長く記録から消える。

ふたたび姿を見せたのは、細川家十六代当主・細川護立の手元だった。護立は明治33年(1900年)頃、まだ十代のうちにこの刀を購入している。のちに大きな刀剣コレクションへと育つその最初の一口であり、母から小遣いを前借りして手に入れたという話も残る。護立は昭和25年(1950年)、細川家伝来の品の散逸を防ぐため永青文庫を設立し、生駒光忠もここに収まった。

見どころと、鑑賞できる場所

日本刀はゆっくり眺めるほど発見がある。順を追うなら、まずは姿。身幅と刃長の釣り合い、反りの深さを見れば、その刀がどの時代のものかが読み取れる。次に刃文を、丁子の乱れが膨らんでは引いていく流れに沿って追う。それから刀身を光にかざし、地鉄に浮かぶ映りを探す。本作なら下半に乱れの密が集まり、茎近くの金象嵌は、何が記されているかを知ってから見ると味わいが増す。

生駒光忠を収めるのは、東京都文京区目白台、旧細川家下屋敷の地に立つ永青文庫である。建物は昭和初期に細川侯爵家の家政所として建てられたもの。収蔵品は国宝8件を含むおよそ9万4千点におよび、年に4回ほどテーマを替えて展示が組まれる。本刀は常設ではなく、特定の展覧会の折にのみ公開されるため、訪れる前に会期と展示内容を確かめておきたい。

隣接する肥後細川庭園は、池と樹林の斜面を巡る回遊式の庭で、美術館とは別に入場でき、四季それぞれに表情が変わる。一帯は神田川を見下ろす高台にあり、江戸川橋駅や早稲田駅から歩いて行ける距離にある。

Q&A

Q永青文庫に行けばいつでも生駒光忠を見られますか。
A常に展示されているわけではありません。年に数回テーマを替えて展示が組まれ、本刀は細川家の刀剣を扱う展覧会など、限られた会期にのみ公開されます。訪問前に公式サイトで会期と内容をご確認ください。
Qなぜ「生駒光忠」と呼ばれるのですか。
A「光忠」は作者の刀工名、「生駒」はかつての所持者である讃岐の大名・生駒親正に由来します。茎近くの金象嵌に親正の所持名が記されており、名物の刀を所持者の名で呼ぶのは古くからの慣わしでした。
Qなぜ作者の銘ではなく金の文字が入っているのですか。
Aもとの太刀を磨上げた際に、光忠の銘が刻まれていた茎尻が切り落とされ無銘となりました。後に鑑定家の本阿弥光徳が作者を光忠と極め、その極めを金象嵌として刀身に記したものです。
Q館内で写真撮影はできますか。
A永青文庫では展示品の撮影は原則として認められていません。展覧会により扱いが異なる場合があるため、受付で確認してください。
Q永青文庫へのアクセスと、周辺の見どころを教えてください。
A地下鉄の江戸川橋駅または早稲田駅から徒歩約15分、JR目白駅からはバスが便利です。隣接する肥後細川庭園は、文庫の見学とあわせて立ち寄りやすい回遊式庭園です。

基本データ

名称刀〈金象嵌銘光忠 光徳花押/生駒讃岐守所持〉(生駒光忠)
区分国宝(工芸品・刀剣)
指定重要文化財 昭和11年(1936年)9月18日/国宝 昭和30年(1955年)2月2日
時代鎌倉時代(13世紀)
作者備前長船光忠
員数1口
寸法刃長68.4cm/反り2.0cm/元幅3.1cm/先幅2.3cm/鋒長3.3cm
所有公益財団法人永青文庫
所在地東京都文京区目白台1-1-1
公開状況特定の展覧会の折にのみ公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/456
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/150041
永青文庫(公式サイト)
https://www.eiseibunko.com/
永青文庫(文京区 観光情報)
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p003842.html

最終更新日: 2026.06.12