短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉とは:相州伝の最高の技を示す、長義一門の長重の短刀
短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉(たんとう〈めいびしゅうおさふねじゅうながしげ/こうじゅつ〉)は、所在地非公開(個人蔵)の南北朝時代の長重の短刀で、昭和28年(1953年)11月14日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は1口、身長26.0センチメートル、内反り、元幅2.5センチメートル、茎長11.2センチメートルで、昭和17年(1942年)6月26日に当時の制度で指定されている。
文化庁によると、備前長義一門の長重の作で、銘の甲戌の干支は建武元年(1334年)にあたる。
短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉の姿
文化庁の記録によると、平造、三つ棟で、内反りとなる。鍛えは板目肌がわずかに流れごころを帯びてよく約み、地沸が厚く、地景が入り、地斑が交じる。
刃文は湾れに互の目が交じり、砂流しがかかり足が入り、匂口が冴えて小沸がむらなくつき、所々に金筋がかかる。茎は生ぶで、先は栗尻が張り、鑢目は勝手下がり、目釘孔は一つで、表の中央と裏に銘を切る。
短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉の見どころ
文化庁は、いわゆる相州伝の最高の技を示した傑作であるとしている。
文化庁によると、豊臣秀吉に仕えた本阿弥家第一の鑑識、本阿弥光徳の指料と伝え、付属の拵えは江戸時代初期のものである。
短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉の見学方法
個人が所有しており、公開の状況についての公的な案内は確認できなかった。
Q&A
- 短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和28年(1953年)11月14日に国宝に指定されました。
- 長重とはどんな刀工ですか?
- 備前長義一門の刀工です。
- 銘の「甲戌」とは?
- 干支で、建武元年(1334年)にあたります。
- この短刀の評価は?
- 相州伝の最高の技を示した傑作とされます。
- この短刀の伝来は?
- 本阿弥光徳の指料と伝えます。
基本情報
| 名称 | 短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉(たんとう〈めいびしゅうおさふねじゅうながしげ/こうじゅつ〉) |
|---|---|
| 所在地 | 所在地非公開(個人蔵) |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)11月14日指定(昭和17年(1942年)6月26日旧制度指定) |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 身長26.0センチメートル、内反り、元幅2.5センチメートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 公開状況は確認できず |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/415
- 文化遺産オンライン「短刀〈銘備州長船住長重/甲戌〉」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/197460
最終更新日: 2026.09.30