文化財になった野球場 ― 東京大学野球場観覧席・ダッグアウト及びフェンス
東京大学野球場観覧席・ダッグアウト及びフェンスは、東京都文京区弥生の弥生キャンパス内にある鉄筋コンクリート造の野球場施設で、昭和12年(1937年)に完成し、平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財となった。
この登録が官報に公告されたとき、野球場施設としては全国で初めての登録であり、東京大学の建造物としては10件目にあたった。この点は形式的な話にとどまらない。日本の文化財登録の対象は寺社、住宅、公共建築に大きく偏っている。現役の野球場が、ダッグアウトと外周フェンスまで登録の内訳に明記されて名を連ねるのは、その分布からかなり外れた事例である。
竣工式は昭和12年10月26日に行われた。建設は大学の営繕課によるもので、当時、営繕課長として震災復興事業を主導していたのがのちに総長となる内田祥三である。野球部側の記録によれば、観覧席は約600人を収容し、当時としては東京六大学随一の設備だったという。
屋根を架けたアーチが意味するもの
1930年代の日本の野球場で、観覧席に屋根を架けること自体が珍しかった。多くのスタンドは吹きさらしである。ここではバックネット裏の観客席に半円形状の屋根が架かり、それを鉄筋コンクリート造のアーチ構造が片持ちで支えている。席から競技面へ向かう視界を柱が遮らない。
登録の根拠は、この一点にある。当時としては先端的な構造的解決であり、キャンパスの他の校舎に見られるゴシック調が覆い隠していた内田の思考の別の面がここに現れている。尖頭アーチはない。バットレス風の付柱もない。スクラッチタイルも使われていない。コンクリートに架け渡させ、跳ね出させたときに何ができるかという問いから形が導かれており、結果として得られた造形は明確に近代的である。安田講堂とアーケードの並ぶ校舎群だけを通じてこのキャンパスを知っている人にとっては、意外な建造物だろう。
登録の範囲は三つの要素からなる。観覧席及びダッグアウトが鉄筋コンクリート造3階建、建築面積460平方メートル。グラウンドを囲むフェンスが鉄筋コンクリート造、延長352メートル。階段状の観覧席の内部には記者席や更衣室が配されており、スタンドであると同時に建物としても機能している。
もう一点、東京大学の他の登録物件と分かれる部分がある。大講堂や正門、校舎群に適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」であった。ここに適用されたのは別の基準で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は末尾を「戦前に遡る数少ない現役の野球場施設」と結んでおり、使われ続けていること自体が、この基準の指し示す価値にあたる。
登録有形文化財は、日本の二つの文化財保護制度のうち緩やかなほうにあたる。平成8年(1996年)に築およそ50年以上の建造物を対象として発足し、所有者は大きな改変の前に届け出を行い、それ以外は通常の用途に使い続ける。毎週のように練習が行われる球場ほど、この区分に合う対象もない。
見に行くにあたって
球場は弥生キャンパスの最北端にある。弥生キャンパスは言問通りを挟んで本郷キャンパスの北側に位置し、農学部が置かれている。最寄りは地下鉄南北線の東大前駅で、本郷通り東側出口から徒歩約5分。千代田線の根津駅からはもう少し歩く。通常の入口は農正門で、開門時間は平日7時から24時30分、土日祝日は7時から21時と長いが、一般の構内見学は7時から18時の範囲で行うよう案内されている。
この球場は記念物ではなく、硬式野球部が日々使う練習施設である。立ち入りの可否はグラウンドの状況次第となる。競技面は現在、全面人工芝である。練習や試合の日程は野球部が公開しているので、観覧席を実際に使われている状態で見たい場合は、出発前に部の案内を確認しておきたい。なお東京六大学野球のリーグ戦は神宮球場で行われ、ここでは開催されない。
足を運ぶ価値のある細部は、小さく具体的である。バックネット裏の座席は木製。スコアボードは手動の簡素なもので、プロの球場からはとうに姿を消した形式である。アーチはコンクリートの躯体から見切り材を挟まずに立ち上がる。どれも壮大ではない。昭和12年の施設が、展示品として復元されるのではなく、使われながら保たれてきた結果として、そこにある。
キャンパスへの入構は無料で、見学者用の駐車場はない。撮影は個人利用の範囲で可能だが、刊行物やSNSへの掲載は大学が断っている。1月中旬の大学入学共通テストと2月下旬の第2次学力試験の実施日は入構できない点にも留意されたい。
弥生キャンパスは、あわせて歩く価値がある。農正門を入ってすぐ左に上野英三郎博士とハチ公像が立つ。農正門そのものと門衛所、農学資料館は、令和6年(2024年)12月に東京都選定歴史的建造物に選定されている。
Q&A
- 東京大学野球場の観覧席を見学することはできますか。
- 硬式野球部の現役の練習施設であるため、決まった公開時間はなく、立ち入りの可否はその日のグラウンドの状況によります。訪問前に野球部の案内をご確認ください。弥生キャンパスへの入構自体は無料で、一般の見学は7時から18時の範囲で行うよう案内されています。
- 東京大学野球場では、具体的に何が登録有形文化財になっているのですか。
- 三つの要素です。観覧席、その左右のダッグアウト、そしてグラウンドを囲むフェンス。観覧席及びダッグアウトは鉄筋コンクリート造3階建、建築面積460平方メートル。フェンスは鉄筋コンクリート造で延長352メートルです。
- 東京大学野球場が文化財に登録された理由は何ですか。
- 平成22年(2010年)9月10日、野球場施設として全国初の登録を受けました。バックネット裏の観客席に架かる半円形状の屋根を鉄筋コンクリート造のアーチが片持ちで支える構造は当時として先端的で、戦前に遡る数少ない現役の野球場施設である点が評価されています。
- 東京六大学野球のリーグ戦は東京大学野球場で行われますか。
- 行われません。リーグ戦の会場は神宮球場です。この球場は東京大学硬式野球部の練習やその他の試合に使われる施設で、競技面は現在、全面人工芝となっています。
- 東京大学野球場へのアクセスを教えてください。
- 文京区弥生1-1-1、弥生キャンパスの最北端にあります。言問通りを挟んで本郷キャンパスの北側です。地下鉄南北線の東大前駅本郷通り東側出口から徒歩約5分で、通常は農正門から入ります。
基本データ
| 名称 | 東京大学野球場観覧席・ダッグアウト及びフェンス |
|---|---|
| 所在地 | 東京都文京区弥生1-1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(その他工作物)/登録番号 13-0259/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成22年(2010年)9月10日登録・同日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 観覧席及びダッグアウト:鉄筋コンクリート造3階建、建築面積460平方メートル/フェンス:鉄筋コンクリート造、延長352メートル |
| 所有者 | 国立大学法人東京大学 |
| 公開状況 | 現役の練習施設のため立入は状況次第。入構無料、一般見学は7時~18時。試験実施日は入構不可。撮影は個人利用に限る |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/東京大学野球場観覧席・ダッグアウト及びフェンス
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008260
- 文化遺産オンライン/東京大学野球場観覧席・ダッグアウト及びフェンス
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198222
- 東京大学/国の登録有形文化財 登録
- https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/b07_04_b.html
- 東京大学運動会硬式野球部/東大球場 文化庁登録有形文化財登録
- https://tokyo-bbc.net/toudai_kyuujou/toudai_kyuujou_bunkazai.html
- 東京大学運動会硬式野球部/東大球場
- https://tokyo-bbc.net/toudai_kyuujou/toudai_kyuujou.html
- 東京大学/本郷キャンパスの見学について
- https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/public02_05.html
最終更新日: 2026.07.29