土師百井廃寺跡:因幡の地に眠る白鳳時代の古代寺院

鳥取県八頭郡八頭町に位置する土師百井廃寺跡(はじももいはいじあと)は、霊石山から南東に延びる丘陵上に広がる白鳳時代(7世紀後半~8世紀初頭)の寺院遺跡です。国指定史跡に指定されたこの遺跡は、かつて「慈住寺」と呼ばれた寺院の跡地であり、都から遠く離れた因幡国において、いかに高度な仏教文化が花開いていたかを今に伝える貴重な文化遺産です。

塔跡の礎石が1,300年以上にわたって原位置を保ち続けているという驚くべき保存状態は、全国的にも類例が少なく、白鳳期の地方寺院の建築様式を理解する上で極めて重要な意味を持っています。静かな山間に佇むこの遺跡は、古代日本の信仰と文化の息吹を感じられる特別な場所です。

歴史と背景

土師百井廃寺跡は、白鳳時代に建立された仏教寺院の遺跡です。白鳳時代とは、645年の大化改新から710年の平城遷都までの時期にあたり、天武天皇・持統天皇の治世を中心に、律令国家が形成される過渡期でした。この時代、仏教文化は大和を中心とする近畿地方から全国各地へと広がり、地方の有力氏族たちが競って寺院を建立しました。

土師百井の地に寺院があったことは古くから知られており、塔跡の礎石が地表に露出していたことから、地元では重要な遺跡として認識されてきました。しかし、寺院の全体像が明らかになったのは、昭和53年(1978年)と昭和54年(1979年)に郡家町教育委員会によって実施された発掘調査によってです。この調査により、金堂・講堂・回廊・中門などの中心伽藍が確認され、白鳳期創建の本格的な寺院跡であることが判明しました。

本遺跡は昭和6年(1931年)に「土師百井廃寺塔跡」として国の史跡に指定されました。その後、発掘調査で寺院全体の規模が明らかになったことを受け、昭和55年(1980年)に「土師百井廃寺跡」と改称・拡大指定されています。

国指定史跡としての価値

土師百井廃寺跡が国の史跡に指定されている理由は、以下の点に集約されます。

法起寺式伽藍配置

発掘調査の結果、本寺院は東に塔、西に金堂を配し、その北側に講堂を置く「法起寺式伽藍配置」を採用していることが判明しました。これは奈良の法起寺と同じ建物配置であり、白鳳時代の寺院に特徴的な様式です。都から遠く離れた因幡国において、中央の最新の建築様式が忠実に再現されていたことは、当時の文化伝播の速度と地方豪族の文化的意識の高さを物語っています。

驚異的な保存状態の礎石群

塔跡は一辺約16メートルの方形基壇上に建てられており、中心となる心礎(しんそ)に加え、四天柱礎4個(直径約1.5メートル)と側柱礎12個の合計16個の礎石が原位置を保っています。地下式の心礎を持つことも白鳳期の塔の特徴であり、これほど完全な状態で礎石が残存している例は、地方の白鳳期寺院としては極めて稀少です。

豊富な出土遺物

発掘調査では、多彩な遺物が出土しています。「因幡」と墨書された文字瓦は、本寺院が因幡国の公的な管理下にあったことを示唆する重要な資料です。大棟の両端に取り付けられた鴟尾(しび)や、単弁八葉蓮華文の軒丸瓦、山田寺式の瓦なども出土しており、中央の大寺院との文化的つながりが明らかになっています。さらに、仏像の螺髪(らほつ)や鎮壇具(ちんだんぐ)なども確認されています。

見どころ・魅力

塔跡の礎石群

遺跡の中心的な見どころは、1,300年以上にわたって原位置を保つ塔の礎石群です。方形基壇の上に整然と並ぶ礎石からは、かつてここに聳えていた塔の壮大さを想像することができます。四天柱礎の大きさは、当時の建築技術の高さを物語っており、古代の匠の技に思いを馳せることができます。

伽藍跡を歩く

建物は残っていませんが、発掘調査で明らかになった伽藍の配置を辿ることで、白鳳時代の寺院がどのように構成されていたかを体感できます。塔と金堂の位置関係、講堂への動線、回廊で囲まれた聖域の広がりなど、古代の宗教空間の構造を実感できる貴重な場所です。

豊かな自然に包まれた静寂の空間

霊石山の丘陵上に位置する遺跡は、周囲を山々と緑に囲まれた静かな環境にあります。四季折々の自然の移ろいとともに、1,300年の時を超えた古代の息吹を感じることのできる場所です。観光地化されていないからこそ味わえる、静謐で厳かな雰囲気が最大の魅力です。

周辺情報

若桜鉄道

郡家駅から若桜町までの19.2キロメートルを結ぶローカル線で、沿線の23施設が国の登録有形文化財に指定されています。「昭和号」「八頭号」「若桜号」などの観光列車が運行しており、昭和レトロな雰囲気を楽しみながら八頭町の風景を堪能できます。

大江ノ郷自然牧場

八頭町にある人気の観光スポットで、「天美卵」で知られる自然牧場です。パンケーキやバウムクーヘンなどのスイーツのほか、食事も楽しめるナチュラルリゾート施設として人気を集めています。

白兎神社・青龍寺

八頭町には、因幡の白兎伝説にゆかりのある白兎神社があります。狛犬の代わりにウサギの像が鎮座する愛らしい神社で、日本神話の世界に触れることができます。

フルーツ狩り

八頭町は「フルーツの里」として知られ、季節に応じて梨・りんご・ぶどうの果物狩りが楽しめます。特に約200年の歴史を持つ「花御所柿」は八頭町の一部でしか栽培されない希少な品種です。

Q&A

Q土師百井廃寺跡へのアクセス方法は?
AJR因美線(若桜鉄道直通)の郡家駅からタクシーで約5~7分です。鳥取自動車道・河原ICからは車で約12分、郡家方面に向かいます。直通バスはありませんので、タクシーまたは自家用車でのアクセスをおすすめします。
Q入場料はかかりますか?
A無料です。屋外の遺跡であり、常時見学可能です。屋内の展示施設は併設されていませんが、出土遺物の見学については八頭町教育委員会にお問い合わせください。
Q見学にどのくらい時間がかかりますか?
A遺跡自体の見学は30分~1時間程度で可能です。丘陵上にあるため、歩きやすい靴でお越しください。周辺の観光スポットと組み合わせると、半日程度のコースとして楽しめます。
Q白鳳時代とはどのような時代ですか?
A白鳳時代は、645年の大化改新から710年の平城遷都までの時期を指す文化史上の時代区分です。天武天皇・持統天皇の時代を中心に、唐の影響を受けた華やかな文化が花開き、仏教が都から地方へと急速に広がった時代です。「白鳳」は元号「白雉」の美称に由来します。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A通年見学可能ですが、春(4~5月)と秋(10~11月)が特におすすめです。穏やかな気候の中、周囲の山々の新緑や紅葉とともに遺跡を楽しめます。夏は高温多湿、冬は積雪の可能性がありますのでご注意ください。

基本情報

名称 土師百井廃寺跡(はじももいはいじあと)
旧寺院名 慈住寺(じじゅうじ)
指定区分 国指定史跡
指定年月日 昭和6年(1931年)11月26日(昭和55年6月3日に改称・追加指定)
建立時期 白鳳時代(7世紀中頃~8世紀初頭)
伽藍配置 法起寺式伽藍配置
所在地 鳥取県八頭郡八頭町土師百井
アクセス JR因美線・若桜鉄道 郡家駅からタクシーで約5~7分
入場料 無料(屋外遺跡・常時見学可能)
問い合わせ 八頭町教育委員会事務局 社会教育課 TEL:0858-84-1232

参考文献

土師百井廃寺跡 — やずナビ(八頭町観光協会)
https://yazukanko.jp/seeing_play/historicsite/hajimomoihaijiato/
土師百井廃寺跡 — とっとり文化財ナビ(鳥取県公式ホームページ)
http://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/BA97211007609E744925796F0007FD05
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/00003661
土師百井廃寺跡発掘調査報告書 — 全国遺跡報告総覧
https://sitereports.nabunken.go.jp/en/14169
交通アクセス — やずナビ(八頭町観光協会)
https://yazukanko.jp/access/

最終更新日: 2026.03.03