列を締めくくる一基

清水川第六堰堤は群のなかで最も遅く完成した。竣工は昭和19年(1944)、戦時のさなかである。川の湾曲部に据えられ、放っておけば流れが外岸へ強く当たる地点にあって、その設計は地形へ直に応える。水通しを右側へ寄せて水を再びまっすぐな流路へ導き、矩形の水抜きを二つ、堤体の低い位置にほぼ左右対称に配している。

堤長70メートル、堤高4.0メートル。鳥取県倉吉市関金町の清水川に築かれ、第一堰堤の約180メートル下流にあたる。ここから見上げると、木立の向こうに蒜山の遠い稜線が立ち上がる。県のこの一角に地平を与える火山性の高原である。

戦時のなかで完成して

堰堤が存在する理由は、竣工の十年前にさかのぼる。昭和9年(1934)9月の室戸台風は天神川流域を氾濫させ、内務省は山の土砂を留めるべく、清水川に砂防堰堤の事業を進めた。工事は昭和12年から19年にかけて行われ、第六堰堤がその列を締めくくった。資材も労力も次第に乏しくなるなかでの築造である。

川の湾曲への応え方が、この堰堤の性格を与えている。曲がりに抗うのではなく、越流を片側へ寄せ、構造物が流路をゆるやかに整え直す。石で組まれた静かな水理の判断である。二つの水抜きがほぼ左右対称であることには、機能上の細部に払われた注意が読み取れる。平成16年(2004)、清水川の五基は地域の歴史的景観に占める位置ゆえに、まとめて登録有形文化財となった。

川は曲がろうとする

石積と同じだけ、その環境が見どころである。数十年の植林が、かつて侵食に削られた斜面の森を取り戻し、灰色の石積、片側に寄せた水通し、対をなす開口が、その緑のなかに収まって、背後に蒜山が浮かぶ。湾曲部に立てば、なぜこの形なのかが見えてくる。川は曲がろうとし、壁はそれをやわらかく押しとどめる。

第六堰堤は公有地の屋外構造物で、見学は自由、入場料はない。細い林道を通ってたどり着くため、歩くより車が向く。麓の関金温泉を拠点にすると回りやすく、蒜山の高原へも近い。水辺の足場は不揃いなので、近くで見ようと下りる前に、現地の状況を確かめてほしい。

Q&A

Q第六堰堤はいつ造られましたか。
A昭和19年(1944)の竣工で、清水川の五基のうち最も遅く、戦時中に完成した唯一の一基です。
Qなぜ水通しが片側に寄っているのですか。
A堰堤が川の湾曲部にあるためで、越流を右側へ寄せることで流れを再びまっすぐな流路へ導きます。
Q現地からは何が見えますか。
A森の向こうに、鳥取・岡山県境の火山性高原である蒜山が遠くに望まれ、遠景の稜線をかたちづくります。
Q他の堰堤との関係は。
A第一堰堤の約180メートル下流にあり、昭和9年の台風後に天神川水系上流の土砂を抑えるべく築かれた堰堤群の一基です。
Q見学はできますか。
A入場料のない屋外構造物ですが、林に囲まれた山間にあり、車での訪問が現実的です。

基本情報

名称清水川第六堰堤(しみずがわだいろくえんてい)
所在地鳥取県倉吉市関金町堀
区分・登録登録有形文化財(建造物)/平成16年(2004)7月23日登録
登録番号31-0066
竣工昭和19年(1944)
構造・形式重力式コンクリート造堰堤(練積石積化粧)/堤長70メートル、堤高4.0メートル
員数1基
所有者国(国土交通省)
特記川の湾曲部に位置し水通しを右に寄せる。群の最終竣工。蒜山を遠望
公開屋外の土木構造物、見学自由(山間部のため車利用が現実的)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 清水川第六堰堤
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004293
文化遺産オンライン — 鳥取県倉吉市の文化財
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/region/31/31203
国土交通省 河川データブック — 天神川水系
https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0711_tenjin/0711_tenjin_01.html
国土交通省 — 砂防
https://www.mlit.go.jp/river/sabo/index.html

最終更新日: 2026.07.05