塩谷定好写真記念館とは:廻船問屋の家に残る主屋と4棟の蔵

塩谷定好写真記念館(しおたにていこうしゃしんきねんかん)は、鳥取県東伯郡琴浦町赤碕にある明治時代の商家の建物群で、明治5年(1872年)から明治39年(1906年)にかけて建てられた主屋・ギャラリー棟・米蔵・質蔵・新蔵の5棟が、平成27年(2015年)11月17日に登録有形文化財に登録された。

琴浦町によると、建物は菊港と呼ばれる港の東側に、街道に北面して建つ。塩谷家は幕末から明治初期にかけて菊港を母港とする廻船業を営んだ家で、鳥取県は、この屋敷を地域の商業を支えた商家の姿を伝える建物と位置づけている。

ここは、昭和初期に「芸術写真」の分野で活躍した写真家、塩谷定好の生家でもある。現在は特定非営利活動法人塩谷定好フォトプロジェクトが所有し、写真記念館として公開している。

塩谷家と写真家塩谷定好

記念館の資料によると、塩谷家は屋号を「塩屋」といい、4代目の孫平が江戸末期から明治初期にかけて菊港を母港に廻船業を営み、北前船で米や海産物を商った。明治以降は塩谷姓を名乗り、5代目の久次郎が本宅を建てて米の仲買を中心とする塩谷商店を起こし、のちに赤碕町長も務めた。

7代目にあたる塩谷定好は、明治32年(1899年)10月24日に赤碕村で生まれた。記念館によると、昭和初期に芸術写真研究会や日本光画協会の会員として活躍し、晩年には海外の展覧会でも評価された。昭和63年(1988年)に89歳で亡くなっている。

生家を残そうと、平成23年(2011年)に記念館設立の準備会が発足し、平成25年(2013年)2月にNPO法人が設立された。琴浦町によると、同年4月に法人が建物を譲り受け、平成26年(2014年)から写真記念館として公開されている。

敷地の建物の配置

文化庁の解説から、敷地の構成をたどることができる。街道に北面して主屋(明治39年・1906年)が建ち、その東隣にギャラリー棟(明治7年・1874年)が続く。ギャラリー棟の南に米蔵(明治5年・1872年)があり、敷地の奥には最大の土蔵である質蔵(明治12年・1879年)が建つ。

新蔵(明治35年・1902年)は敷地の南辺に建ち、庭を挟んで主屋と向き合う。敷地に残る蔵のなかで最も新しく、文化庁は屋敷の構成が整えられていった過程を示す建物としている。5棟の登録番号は31-0205から31-0209までである。

塩谷定好写真記念館の見学方法

記念館の公式サイトによると、開館時間は午前9時から午後4時だが、当面は午前9時から午後2時までとなっている。休館日は火曜日で、祭礼などによる臨時休館もある。入館料は一般300円で、中学生以下は無料、15名以上の団体は200円である。

交通はJR赤碕駅から徒歩約20分。車の場合は、記念館から徒歩約30秒の琴浦町駐車場(菊港波しぐれ三度笠前)を利用できる。大型バスは乗り入れできない。記念館の所在地は琴浦町赤碕1568、電話は0858-55-0120で、文化庁の記録では建物の所在地を大字赤碕1561としている。

琴浦町によると、米蔵は喫茶の空間に改められ、庭を眺めながら休むことができる。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「塩谷定好写真記念館主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010882
文化庁 国指定文化財等データベース「塩谷定好写真記念館新蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010886
塩谷定好写真記念館「開館時間・入館料/登録有形文化財」
https://teiko.jp/museum.php
塩谷定好写真記念館「塩谷定好について」
https://teiko.jp/profile.php
塩谷定好フォトプロジェクト「設立について」
https://teiko.jp/about.php
琴浦町「塩谷定好写真記念館が登録有形文化財へ登録されました」
https://www.town.kotoura.tottori.jp/docs/2015071700023/
とっとり文化財ナビ「塩谷定好写真記念館」
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/FF1DA5EDF799B4BE49257F6C001B6120?OpenDocument=

最終更新日: 2026.09.27

基本情報

名称塩谷定好写真記念館
所在地鳥取県東伯郡琴浦町大字赤碕1561
所有者特定非営利活動法人塩谷定好フォトプロジェクト
指定登録有形文化財 5件
座標35.51350, 133.65073