東光園本館:皆生温泉に佇むメタボリズム建築の最高傑作

鳥取県米子市の皆生温泉に、日本海を背景にして堂々とそびえ立つ東光園本館「天台」。1964年(昭和39年)に竣工したこの鉄骨鉄筋コンクリート造7階建ての建物は、戦後日本を代表する建築家・菊竹清訓(1928〜2011)が設計した初期の代表作であり、国際的に高い評価を受けた日本発の建築運動「メタボリズム」の集大成として知られています。2017年(平成29年)10月27日、その卓越した建築的価値が認められ、国登録有形文化財に登録されました。

東光園本館の最大の魅力は、この建物が今もなお現役のホテルとして機能していることです。宿泊客は、世界に唯一無二の吊り構造によって空中に浮かぶ客室に実際に泊まることができます。建築を目で見るだけでなく、五感すべてで体験できる——それが「泊まれる有形文化財」東光園本館の醍醐味です。

歴史的背景:メタボリズムの理想が形になるまで

東光園本館が誕生した1960年代は、日本建築界にとって創造的エネルギーに満ちた時代でした。1960年、東京で開催された世界デザイン会議において、菊竹清訓、黒川紀章、槇文彦、大高正人、評論家の川添登らが「メタボリズム」を提唱。生物の細胞が新陳代謝するように、社会の変化に応じて成長・変容する建築と都市のあり方を構想しました。

菊竹はすでに自邸「スカイハウス」(1958年)で、4本のコンクリート壁柱で居住空間を地上から持ち上げるという大胆な手法を試みていました。皆生温泉の旅館から新館建設の依頼を受けた菊竹は、この吊り下げの手法を記念碑的なスケールで展開する機会を得ます。東京オリンピックと同じ1964年に完成した東光園本館は、メタボリズム建築の理念を実際に稼働する宿泊施設として完全に具現化した建物として、建築史上に特別な位置を占めています。

なお、ホテルの庭園は国際的に活躍した彫刻家・流政之が手がけました。実は東光園と菊竹を引き合わせたのは流自身であり、建築と庭園芸術が一体となった空間が生まれる契機をつくった人物でもあります。

なぜ文化財に登録されたのか

東光園本館は2017年10月27日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。山陰地方を代表するモダニズム建築として、また1960年代に世界的な影響力を持ったメタボリズム建築運動の集大成として、その価値が認められたものです。

文化遺産オンラインの解説では、東光園本館の特徴として以下の点が挙げられています。海岸に面して建つ鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上7階建のホテルであること、6本の主柱が7階部分を支え、そこから5・6階の客室部を吊る構造で各階とも異なる平面を実現していること、そして階段部分などにも秀逸な構造デザインを見せることです。

菊竹の代表作である出雲大社庁の舎やエキスポタワーなど、多くの重要作品がすでに解体されている現在、東光園本館は菊竹建築の初期の到達点を伝える極めて貴重な現存作品としても、その文化財的価値はますます高まっています。

建築的見どころ

世界唯一の「ダブルピロティ」構造

東光園本館は、世界で最初にして最後の「ダブルピロティ」建築と評されています。1階から3階までは通常の構造で地面から立ち上がりますが、4階部分は柱が貫通するオープンなピロティ空間となり、空中庭園として開放されています。そして5階・6階の客室は、7階に設置された巨大なPC梁(プレストレストコンクリート梁)から吊り下げられ、文字通り空中に浮いています。重力に逆らうかのようなこの構造は、浮遊する神殿のような荘厳さを建物全体に与えています。

神社建築に着想を得た組柱

地上から7階の大梁を支える6本の主柱には、それぞれ3本の添え柱が水平の貫で接合されています。この組柱のデザインは、広島・厳島神社の大鳥居から着想を得たとされ、一部の研究者は出雲大社の心御柱との関連も指摘しています。2層分の吹き抜けロビーを貫通するこれらの柱は、コンクリートでありながら神社仏閣に足を踏み入れたかのような厳かな空気を醸し出しています。

空中庭園

4階のピロティ空間は空中庭園として整備されており、ここからは「伯耆富士」と呼ばれる名峰・大山と、広大な日本海の両方を望むことができます。地上部分の庭園とは異なる開放感のある空間で、菊竹が追求した「建築のあらゆる階層に自然を取り込む」という理念が具現化されています。

流政之による「東光園の七庭」

ホテルの敷地内には、世界的彫刻家・流政之が手がけた7つの庭園が配されています。主庭である「天台の庭」、空中庭園の「風の庭」のほか、「捨ての庭」「里の庭」「郭の庭」「雲の庭」「染めの庭」があり、これらを総称して「東光園の七庭」と呼びます。大浴場や露天風呂からも庭園を鑑賞することができ、建築・彫刻・自然が渾然一体となった空間を楽しめます。

圧巻のロビー空間

玄関を入ると、2層分の吹き抜けを持つダイナミックなロビーが広がります。巨大な主柱と添え柱がロビー内を貫通し、訪れる人々は「コンクリートなのに、まるで神社仏閣のような雰囲気」と口を揃えます。構造の力強さと温泉旅館の温もりが共存する空間は、建築に詳しくない方でも直感的にその凄さを感じ取れるものです。

建築家・菊竹清訓について

菊竹清訓(1928〜2011)は、20世紀の日本建築を代表する建築家の一人です。福岡県久留米市に生まれ、1950年に早稲田大学理工学部建築学科を卒業。1953年に菊竹清訓建築設計事務所を開設しました。代表作には江戸東京博物館(1992年)、九州国立博物館(2004年)、大阪万博のエキスポタワー(1970年)、沖縄海洋博のアクアポリス(1975年)などがあります。

2000年にはユーゴスラビア・ビエンナーレで「今世紀を創った世界建築家100人」の一人に選出されました。菊竹事務所からは、伊東豊雄や内藤廣など世界的に活躍する建築家が数多く輩出されています。伊東豊雄は1964年に菊竹事務所に入所し、建設中の東光園を訪れた体験について「世界の建築も含めて、自分の生涯のなかで最もインパクトのあった建築」と語っています。

皆生温泉について

皆生温泉は、鳥取県米子市の日本海沿岸に位置する山陰地方屈指の温泉地です。20世紀初頭から多くの湯治客を迎え入れてきた歴史を持ち、温泉と海岸が接する独特のロケーションで知られています。東光園は皆生温泉の中でも唯一、弱アルカリ性の泉質を持つ宿として知られ、「美肌の湯」として特に女性に人気があります。

大浴場には内湯と露天風呂があり、塩湯と弱アルカリ泉の2種類の温泉を楽しむことができます。浴場の石組みには流政之の彫刻家としての美意識が反映されており、建築と庭園と温泉が三位一体となった入浴体験が味わえます。

来訪案内

東光園はJR米子駅からタクシーで約15分、路線バスで約25分の場所にあります。近年、施設の修繕等により休館する期間がありますので、訪問前に最新の営業状況をご確認ください。営業時には宿泊のほか、日帰り入浴も利用可能です。館内には建築ギャラリーが設けられ、菊竹清訓の経歴や建物の構造に関する詳細な解説パネルが展示されています。

建築愛好家の方には、本館「天台」の5階または6階の客室を指定して予約することをおすすめします。吊り構造の客室に実際に泊まることで、伊東豊雄が「柱で支えられた床の体感とは明らかに違う」と語った空間の感覚を体験することができます。

周辺の見どころ

東光園が位置する鳥取県西部には、多くの魅力的な観光スポットがあります。中国地方最高峰の大山(だいせん)は車で約30分の距離にあり、国立公園として壮大な山岳景観とハイキングを楽しめます。米子城跡からは市街地と日本海を一望でき、歴史散策にも最適です。日本庭園ランキングで常に上位を占める足立美術館は車で東へ約30分。境港市の水木しげるロードでは、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクター像が並ぶユニークな散策が楽しめ、車で約40分で訪れることができます。

Q&A

Q東光園本館の建築的な特徴は何ですか?
A東光園本館は世界唯一の「ダブルピロティ」構造を持つ建築です。5階・6階の客室が7階の巨大なPC梁から吊り下げられ、空中に浮かぶ構造になっています。6本の主柱には厳島神社の鳥居をモチーフとした添え柱が付き、4階には空中庭園が設けられるなど、他に類を見ない建築的特徴を備えています。
Q文化財に泊まることはできますか?
Aはい。東光園本館「天台」は現役のホテルとして営業しており(休館期間を除く)、登録有形文化財の建物に実際に宿泊することができます。特に5階・6階の吊り構造の客室に泊まれば、この建築の真髄を体感できます。「泊まれる有形文化財」として知られる貴重な施設です。
Qメタボリズム建築とは何ですか?
Aメタボリズムは1960年に日本で提唱された建築運動で、生物の新陳代謝のように社会の変化に応じて成長・変容する建築と都市を目指しました。菊竹清訓、黒川紀章、槇文彦らが中心メンバーで、非西洋圏から発信された建築運動として世界的に知られています。東光園本館はその思想を最も完全に実現した建築と評されています。
QJR米子駅からのアクセス方法を教えてください。
AJR米子駅からタクシーで約15分、路線バスで約25分です。バスの場合は皆生温泉方面行きに乗車し、「皆生温泉観光センター」バス停で下車後、徒歩約6分です。車でお越しの場合は、80台分の無料駐車場をご利用いただけます。
Q東光園の温泉にはどのような特徴がありますか?
A東光園は皆生温泉で唯一、弱アルカリ性の泉質を持つ宿です。弱アルカリ泉は肌をなめらかにする美肌効果があるとされ、「美肌の湯」として親しまれています。大浴場では塩湯とアルカリ泉の2種類の温泉を楽しむことができます。

基本情報

名称 東光園本館「天台」
設計 菊竹清訓(きくたけきよのり)
庭園設計 流政之(ながれまさゆき)
竣工 1964年(昭和39年)
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造7階建地下1階、建築面積761㎡、塔屋付
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)、2017年10月27日登録
所有者 ベネフィットホテル株式会社
所在地 〒683-0001 鳥取県米子市皆生温泉三丁目2155他
アクセス JR米子駅からタクシー約15分、路線バス約25分
泉質 弱アルカリ性温泉(皆生温泉で唯一)

参考文献

東光園本館 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/289873
国登録有形文化財 東光園本館 - 米子市ホームページ
https://www.city.yonago.lg.jp/36455.htm
東光園本館 - とっとり文化財ナビ / 鳥取県公式ホームページ
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/6451DF384F52F4B24925814D0083BA47?OpenDocument=
菊竹清訓の米子「東光園」が登録有形文化財に - LIFULL HOME'S PRESS
https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00627/
東光園庭園 - 庭園情報メディア【おにわさん】
https://oniwa.garden/kaike-onsen-tokoen-garden-%E7%9A%86%E7%94%9F%E6%B8%A9%E6%B3%89-%E6%9D%B1%E5%85%89%E5%9C%92/
菊竹清訓 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E7%AB%B9%E6%B8%85%E8%A8%93

最終更新日: 2026.03.29