観楓庵という名の、二室ある茶室
矢田貝家住宅茶室は、鳥取県西伯郡伯耆町上細見の矢田貝家住宅の庭内にある昭和前期建築の茶室で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財に登録された。観楓庵(かんぷうあん)と称する。楓を観る庵という名のとおり、秋に使うことを念頭に建てられた建物である。
小さい。登録簿の記載は桁行6.4メートル、梁間3.6メートル、建築面積18平方メートル、平屋建で、屋根は寄棟造の鉄板葺。南面と東面には土庇をかけ、アプローチを覆う。茶室の屋根といえば茅葺や柿葺が定石だが、ここは大山西麓の雪の多い土地である。軽い鉄板は、この規模の茅葺屋根なら潰しかねない冬の荷重を受け流す。
この建物を語るうえで面白いのは内部の構成である。ふつう茶室は一室に水屋を脇へ添えるが、観楓庵は東西に茶室を二室並べ、そのあいだに半間幅、およそ90センチの水屋を通す。片方は2畳、もう片方は4畳半。
この二つの数字は、茶の世界では明確な意味を持つ。4畳半は基準となる広さで、16世紀に茶の湯の作法が整えられた時期と結びつき、以後あらゆる茶室が引き比べられる物差しであり続けてきた。対する2畳は極小の側の端で、国宝の待庵に迫る詰まり方である。この二室を水屋を挟んで背中合わせに置いたということは、同じ午後に二通りの席を選べたということでもある。客ひとりふたりを迎える濃密な席と、もう少し打ち解けた席と。
皮付材が示すもの、登録の理由
この茶室は登録有形文化財である。重要文化財の指定とも、国宝とも別の、より緩やかな枠組みに属する。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、建設からおおむね50年を経て残す価値があると判断された建造物を対象とし、外観を大きく変える工事の前の届け出を求めるかわりに、使い続けることを妨げない。茶室の登録番号は31-0167、第70回登録で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
文化庁の解説は、ひとつの特徴を名指ししている。トコ飾りに皮付材、つまり樹皮を残したままの木を用いていることだ。これは数寄屋の系譜そのもので、手を加えないことに価値を見る態度である。削って磨いた柱は職人の腕を示し、皮を残した柱は、どこで手を止めるかという判断を示す。解説文はこれを「野趣を加味した独特な形式」と表現している。
年代と場所を重ねると、興味はさらに深まる。大正末から昭和初めの鳥取の山あいで、地方の一家が、水屋を共有する二室構成の茶室を、皮付材のトコ飾りとともに建てさせている。矢田貝家は明治以降、地主経営と醸造業で身代を築いた家で、ちょうど同じころ宅地を広げ庭園を造った。観楓庵はその造営の一部である。当時すでに築七、八十年を数えていた嘉永7年(1854年)の主屋と、この趣味の建物とが同じ敷地に並ぶ。その落差こそがこの屋敷の見どころといえる。
茶室は昭和63年(1988年)に改修を受けている。現在見られる屋根や外部の仕上げは、この時の手が入ったものである。
そこへ至る道
茶室は建物だけで完結しない。そこへ歩いていく道が半分を占める。矢田貝家住宅では露地が一続きに残り、その構成要素のうち三つがそれぞれ登録有形文化財になっている。
順路は離れから始まる。離れは主屋南側のブツマに接続する建物で、桁行8.9メートル、梁間5.1メートル、木造平屋建の入母屋造桟瓦葺。内部は当地方特有のコドコを備えたオクナンドと、中廊下を挟んで4畳半台目の茶室からなる。台目とは4分の3の大きさの畳で、亭主側の間口を詰めるために使う。茶室の前面には土庇がかかり、開放的なつくりである。客はまずここに集まっただろう。
離れを出ると露地を渡る。途中に建つのが中門で、間口はわずか1.2メートル、木造の鉄板葺。垂木は丸太のまま、扉には網代を張る。この門が主庭と露地とを区画している。ここをくぐる瞬間が、日常の側から茶の側へ移る境目になる。
すぐ先に東を向いて腰掛待合が建つ。桁行2.5メートル、梁間1.2メートル、切妻造銅板葺の本屋に、南面と西面は下屋を設けて雪隠とし、東の正面には土庇をかける。柱の一部は皮を付けたままの丸太を使い、桁も垂木も丸太のまま。客は亭主の合図があるまでここで待つ。屋根の付いた腰掛より少し大きい程度の建物が、一棟の文化財として登録簿に載っている。
そして最後の露地を歩けば観楓庵に着く。南面の土庇の下に腰を下ろすと、庭は設計された高さと距離で目に入ってくる。
訪問について、正直に書いておく。矢田貝家住宅は個人の所有であり、博物館ではない。茶室の常設公開はない。しかも茶室群は主屋の背後、庭の奥にあって、道路からは見えない。敷地の一部はこれまで飲食店などに貸し出されてきた。直近では令和6年(2024年)8月にハーブティーのサロンが入っている。庭や建物に入れるかどうかは、そのときどきの営業状況に左右されてきた。内部の撮影は、その日に営業している側の了解を取ること。屋敷は上細見の国道181号沿いにあり、JR伯備線の伯耆溝口駅から約1.1キロ、徒歩15分ほど。車なら米子南インターチェンジから国道181号を南へ10分前後。茶室と露地の公開の現況は、伯耆町教育委員会事務局生涯学習室(0859-62-0712)へお問い合わせいただくのが確実である。
Q&A
- 矢田貝家住宅茶室(観楓庵)は見学できますか。中に入れますか。
- 常設の公開はありません。矢田貝家住宅は個人所有で、登録有形文化財であっても所有者に公開の義務はありません。茶室は主屋の背後、庭の奥にあり、道路からは見えません。立ち入れるかどうかは敷地内で営業している店の状況によって変わってきました。遠方から訪ねる場合は、事前に伯耆町教育委員会事務局生涯学習室(0859-62-0712)へご確認ください。
- 矢田貝家住宅茶室はなぜ観楓庵と呼ばれるのですか。
- 観楓庵は「楓を観る庵」の意で、紅葉を楽しむための席という含みがあります。文化庁の国指定文化財等データベースの解説文にも、鳥取県の文化財解説にも、この呼称が記載されています。
- 矢田貝家住宅茶室の広さと間取りはどうなっていますか。
- 登録簿の記載は桁行6.4メートル、梁間3.6メートル、建築面積18平方メートル、平屋建の寄棟造鉄板葺です。内部は2畳の茶室と4畳半の茶室の二室からなり、その間に半間幅の水屋を通して東西に並べています。一棟に茶室を二室設ける構成は、一般的な茶室のつくりとは異なります。
- 矢田貝家住宅茶室はいつ建てられ、どの区分の文化財ですか。
- 昭和前期、すなわち1920年代から1930年代の建築で、昭和63年(1988年)に改修されています。区分は登録有形文化財(建造物)で、登録番号は31-0167、平成23年(2011年)7月25日の第70回登録です。重要文化財でも国宝でもありません。
- 矢田貝家住宅の庭には、茶室のほかにどんな登録建造物がありますか。
- 4畳半台目の茶室を内包する離れ、露地に建つ腰掛待合、主庭と露地を区切る中門の三棟が、茶室と同じ日に登録されています。敷地全体では8棟が登録され、登録番号は31-0165から31-0172まで連番になっています。
基本情報
| 名称 | 矢田貝家住宅茶室(やたがいけじゅうたくちゃしつ)/通称 観楓庵 |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県西伯郡伯耆町上細見字樋ノ上486他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号31-0167 第70回登録 |
| 指定年 | 平成23年(2011年)7月25日登録。建築は昭和前期、昭和63年改修 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行6.4メートル、梁間3.6メートル、建築面積18平方メートル。木造平屋建、寄棟造鉄板葺 |
| 所有者 | 個人(文化庁の登録簿に所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 常設公開なし。主屋背後の庭内にあり道路からは視認できない。伯耆町教育委員会事務局生涯学習室へ要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「矢田貝家住宅茶室」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008756
- 文化庁 国指定文化財等データベース「矢田貝家住宅腰掛待合」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008757
- 文化庁 国指定文化財等データベース「矢田貝家住宅離れ」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008755
- 文化遺産オンライン「矢田貝家住宅腰掛待合」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/184258
- とっとり文化財ナビ「矢田貝家住宅」(鳥取県文化財課)
- https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/117213810028FEE749257C5A00296E73
- 伯耆町公式ウェブサイト「国登録有形文化財」
- https://www.houki-town.jp/new1/10/20/2/5/4/01/
最終更新日: 2026.08.21