旧馬場家住宅米蔵とは

旧馬場家住宅米蔵は、富山県富山市東岩瀬町にある明治前期(1868〜1882年)の土蔵造平屋建の蔵で、平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「こめぐら」。

文化庁のデータベースでは瓦葺、建築面積267㎡。解説文によると桁行8間、梁間7間で、旧馬場家住宅の蔵のなかでは群を抜いて大きい。壱番蔵及び弐番蔵の157㎡、前蔵の47㎡と比べると、その差がよく分かる。登録番号は16-0115。

建つのは敷地の北西の隅、屋敷のもっとも奥である。富山市のリーフレットは「二千石の広大な米蔵」と紹介している。1石は米およそ180リットルにあたる。

旧馬場家住宅米蔵が登録された理由

旧馬場家住宅米蔵は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説文は、敷地内のほかの蔵に比べて意匠は簡素だと認めたうえで、内壁の一面に貫を数多く入れている点を特色に挙げる。

貫は柱と柱を水平につなぐ材で、本数を増やすほど壁が固くなる。大量の米俵を積み上げれば、壁には内側から強い力がかかる。飾りを抑えて骨組みを強くした造りは、この蔵が何のためにあったかをそのまま示している。

旧馬場家住宅米蔵の見どころ

旧馬場家住宅米蔵の南面には、壁を設けず柱だけで屋根を支える吹き放ちの下屋が付き、その奥に扉口が2か所開く。屋根の下で俵を仮置きしたり、雨を避けて出し入れしたりできる。

西面は様子が違う。解説文によれば、河港側にあたるこの面には鞘板壁を設けている。鞘板は土壁の外側に隙間を空けて張る板で、雨や風から壁を守る。屋敷の西側は昭和初期まで神通川に面しており、川からの風雨をまともに受ける面だけを板で包んだことになる。

西門から船で運ばれた米は、この蔵にもっとも近い位置で陸に上がったはずである。米蔵が敷地の最奥、川寄りの隅にある理由は、配置を見れば読み取れる。

旧馬場家住宅米蔵を見学するには

旧馬場家住宅米蔵は旧馬場家住宅の敷地の奥にあり、主屋を見学した先に位置する。内部が公開されているかどうかは、富山市の案内に記載がない。

見学の範囲は受付で確かめたい。蔵の西面の鞘板壁は、屋敷の西側を区切る西門・西塀の近くにあたる。

Q&A

Q旧馬場家住宅米蔵はどのくらいの大きさですか?
A旧馬場家住宅米蔵は土蔵造平屋建、瓦葺で、建築面積は267㎡、桁行8間、梁間7間です。富山市は二千石を納める米蔵と紹介しています。
Q旧馬場家住宅米蔵は敷地のどこにありますか?
A旧馬場家住宅米蔵は敷地の北西の隅、屋敷のもっとも奥に建っています。かつて神通川に面していた西側に近い位置です。
Q旧馬場家住宅米蔵の西面の板壁は何のためですか?
A旧馬場家住宅米蔵の西面の鞘板壁は、土壁の外側に張った板で、河港側から吹きつける雨や風から壁を守るためのものです。
Q旧馬場家住宅米蔵はなぜ登録有形文化財に登録されたのですか?
A旧馬場家住宅米蔵は、意匠は簡素ながら内壁一面に貫を多く入れるなどの特色を持つことから、「造形の規範となっているもの」として平成28年(2016年)に登録されました。
Q旧馬場家住宅米蔵の中は見学できますか?
A旧馬場家住宅米蔵の内部公開について、富山市の案内には記載がありません。現地の受付で見学できる範囲を確認してください。

基本情報

名称旧馬場家住宅米蔵
所在地富山県富山市東岩瀬町107-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成28年(2016年)8月1日登録
員数1棟
寸法土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積267㎡、桁行8間・梁間7間
所有者富山市
公開状況旧馬場家住宅として公開(米蔵内部の公開は公式案内に記載なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧馬場家住宅米蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011116
富山市公式ウェブサイト「馬場家」
https://www.city.toyama.lg.jp/shisei/shisetsu/1011038/1011039/1007464.html
富山市「旧馬場家住宅リーフレット(日本語版)」
https://www.city.toyama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/464/japanese.pdf
富山市教育委員会「旧馬場家住宅が公開されました」
https://www.city.toyama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/464/babake_web.pdf

最終更新日: 2026.09.28