買い取られ、十五キロを運ばれてきた家
佐伯家住宅は、富山県高岡市福岡町蓑島にある江戸時代後期の農家建築で、明和4年(1767年)の年代をもち、昭和46年(1971年)3月11日に国の重要文化財に指定された。
この建物は、はじめからこの場所に建っていたわけではない。佐伯家に伝わる普請文書によれば、もとは南西へ約15キロ離れた旧川崎村、現在の南砺市上川崎にあった三之助という人物の住宅だった。三之助は加賀藩の十村役を務めた家柄で、十村とは複数の村を束ねて藩の役人と直接やり取りする在地の有力者を指す。旧蓑島村の旧家である佐伯家がその住宅を買い取り、翌明和5年(1768年)に現在地へ解体移築した。
この普請文書5冊は、建物とあわせて附(つけたり)として指定されている。地味な資料に見えるが、価値は小さくない。民家の年代は普通、細部意匠や仕口の様式から推定するため、幅のある年代しか出てこない。ここでは文書が残った。文化庁の解説は、それを根拠に本建物を富山県に現存する民家のうち最も古いものと記している。
寸法は資料によって少しずつ異なる。国指定文化財等データベースは桁行18.0メートル、梁間13.0メートル。高岡市は桁行10間(約18.2メートル)、梁間7間(約12.7メートル)。富山県の文化遺産データベースは18.3×13.5メートルとする。庇や背面の下屋をどこまで実測に含めるかの違いによるもので、東を向いた幅の広い低い建物という姿は変わらない。
指定を支えた二つの理由
指定番号は01789、種別は近世以前の民家である。評価の柱は二つあった。
ひとつは、年代の古さに文書の裏づけがあること。砺波平野の農家は建て替えの頻度が高く、18世紀の遺構で年次を記した史料まで揃う例は少ない。この家にはそれがある。
もうひとつは屋根である。道路から眺めると、二つの材質が水平の線で接しているのがわかる。正面から3間半までが茅葺で、主屋の座敷部分と東面の庇を覆う。その線から背後は瓦のまま低く葺き下ろされ、この部分を土地の言葉で「おろし」と呼ぶ。おろしはもと板葺で、のちに桟瓦葺に改められた。下に入るのは働きの場で、「だいどこ」「ちゃのま」「ねま」が前列、「しょくじば」「ねま」が後列と、内向きに二列で並ぶ。
横に広げるのではなく、低い屋根をかけて背面へ伸ばす。世帯と農業経営が大きくなったとき、この平野の農家が選んだ答えがそれだった。佐伯家住宅は、その手法をもっとも明快に残す例として挙げられる。昭和の修理では、移築を含めて3度の拡張が行われていたことが判明した。移築前には主屋背面に「中つの」があったが、運ばれたのは主屋のみで、「つの」「おろし」「しょくじば」は後から順に加えられている。
屋内の前半部には「ひろま」と「ざしき」が置かれる。格式のある高持農家の接客空間である。敷地の入口は東側で、瓦葺の門を構える。
見学の前に確かめたいこと、そして眺めるべき点
個人の住宅である。この一点が見学のすべてを規定する。外観は門前の道路から見ることができるが、それ以上を望む場合は、現地に行ってから交渉するのではなく、事前に高岡市教育委員会文化財保護活用課へ問い合わせてほしい。旅行系サイトには自由に見学できるという記述も見られるが、所有は私有であり、まず尋ねるのが筋道である。撮影は公道からの外観撮影であれば差し支えないと考えてよく、敷地内での撮影は所有者か市の窓口に確認する。
あいの風とやま鉄道の福岡駅からは徒歩で約20分。高岡市公営バス南廻り循環線の「江尻」で降りれば、そこから徒歩10分ほど。車なら能越自動車道の福岡インターチェンジから5分程度である。
少し離れて全体を視野に入れてほしい。砺波平野は散居村で知られる。農家が集落を作らず、それぞれの耕地の中に一軒ずつ建ち、日本海から吹く冬の風を防ぐために屋敷林をめぐらせる。佐伯家住宅はその景観の西の縁に位置し、周囲の樹木は背景ではなく建物の構成要素の一部だと考えたほうがいい。
冬になると建物の印象は一変する。雪を載せた茅葺は柔らかなひとつの塊に見え、夏の同じ屋根は乾いて棟の線が鋭く立つ。どの季節でも足を運ぶ価値はあるが、質感がいちばんよく見えるのは晩秋の低い光の下だろう。
高岡市内には国宝の瑞龍寺と重要文化財の勝興寺があり、いずれも車で30分ほど。あわせて回る行程が組みやすい。
Q&A
- 佐伯家住宅(高岡市福岡町)の内部は見学できますか?
- 個人が所有する住宅であり、資料館ではありません。内部見学が可能かどうかは事前に高岡市教育委員会文化財保護活用課へお問い合わせください。外観は門前の道路から見ることができます。
- 佐伯家住宅へのアクセスと最寄り駅からの所要時間は?
- あいの風とやま鉄道の福岡駅から徒歩約20分です。高岡市公営バス南廻り循環線「江尻」下車なら徒歩約10分、車では能越自動車道の福岡インターチェンジから約5分です。
- 佐伯家住宅の正式名称に「富山県西砺波郡福岡町」と付くのはなぜですか?
- 指定当時の所在地表記がそのまま登録名に残っているためです。福岡町は平成17年(2005年)に高岡市へ編入され、現住所は高岡市福岡町蓑島となりました。国の台帳では、同姓の民家を区別するために所在地を括弧書きで添える方式がとられています。
- 佐伯家住宅が富山県最古の民家とされる根拠は何ですか?
- 佐伯家に伝わる普請文書5冊に、明和4年から5年(1767年から1768年)の買い取りと移築が記されているためです。民家でこの種の文書が残る例は少なく、文化庁の解説もこれを根拠として県内最古と記しています。
- 佐伯家住宅は写真撮影できますか?
- 公道からの外観撮影は通常問題ありません。私有地であるため、敷地内で撮影する場合は所有者または市の窓口に確認し、居住者の生活を妨げないよう配慮してください。
基本情報
| 名称 | 佐伯家住宅(登録名称:佐伯家住宅(富山県西砺波郡福岡町)) |
|---|---|
| 所在地 | 富山県高岡市福岡町蓑島630番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/種別:近世以前・民家/指定番号 01789 |
| 指定年 | 昭和46年(1971年)3月11日 |
| 員数 | 1棟(附指定として普請文書5冊) |
| 寸法 | 桁行18.0メートル、梁間13.0メートル(国指定文化財等データベース)。入母屋造、東面庇付、茅葺、背面下屋付、桟瓦葺 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人住宅。外観は道路から見学可。内部見学の可否は高岡市教育委員会文化財保護活用課へ要問い合わせ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/748
- 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/144448
- 高岡市教育委員会 文化財保護活用課「佐伯家住宅」
- https://www.city.takaoka.toyama.jp/soshiki/kyoikuiinkai_bunkazaihogokatsuyoka/1/4/8/2315.html
- とやまの文化遺産「佐伯家住宅」
- https://toyama-bunkaisan.jp/search/1507/
- 高岡観光ナビ(高岡市観光協会)
- https://www.takaoka.or.jp/viewpoint/detail_3207.html
最終更新日: 2026.08.24