庭をつくるために動かされた建物

松風樓西棟は、富山県南砺市福光字川原にある明治33年(1900年)建築の木造二階建で、平成26年(2014年)10月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。松風樓の敷地の西寄り、東棟から中庭を介した位置に建つ。

その履歴には一つの捻れがある。文化庁の登録データは建築年を明治33年、すなわち東棟と同年としながら、昭和26年(1951年)頃の移築と昭和33年(1958年)頃の改修を併記する。現在の位置は、この建物が建てられた場所ではない。

事情は松風樓の拡張過程にある。齊藤家が大正10年(1921年)に松風樓を入手した当時、周囲は県西部有数の遊郭地であり、西隣の区画にも同種の建物が並んでいた。二代主人の齊藤武吉はそのうち二軒を取得する。取り壊さず、軸組のまま持ち上げて位置を変える曳家によって配置を組み替えた。狙いは空間であった。建物を移すことで生じた地面に庭を設け、敷地はほぼ現在の形に落ち着く。昭和33年頃のこととされる。

この時期には別の意味も重なる。売春防止法は昭和31年(1956年)に公布、翌32年4月に施行され、罰則規定は昭和33年(1958年)4月1日に全面施行された。庭が整うころ、松風樓はすでに料亭として再出発している。武吉は遊郭を思わせる「樓」の字を嫌って屋号を松風園と改めた。のちに四代目の齊藤文治が松風樓へ戻す。創業当初からの表記を残すためであった。

漆喰蛇腹と土間の回廊

建築面積168平方メートル。東棟のおよそ三分の一の規模であり、意匠の方向も異なる。文化庁の解説が挙げるのは二階軒の漆喰蛇腹である。白漆喰を水平の稜として繰形状に積む軒下の帯で、当地の茶屋建築に共通する特徴とされる。この建物がどのような用途に供されたかを、外観の一点が示している。

正面は入母屋造。東棟の寄棟造よりわずかに格の高い屋根形をとる。北側には平屋建の浴室と便所が接続する。一階には仏間と次の間を設ける。客を迎える建物のなかに、家としての領域が確保されている。

東棟へ通じる回廊が興味深い。南半は板張ではなく土間とし、中間に中庭へ通じる戸口を設ける。二棟のあいだの動線は閉じた屋内通路ではない。一方の棟から他方へ移る客は、途中で庭が開ける敷居をまたぐことになり、回廊が抱く二つの中庭は、ガラス越しに眺める対象ではなく通行の体験そのものに組み込まれる。館では西棟を離れと呼んだ。増築部ではなく、庭の中の建物としての呼称である。

観音町を歩く

松風樓は令和4年(2022年)に創業122年で廃業し、西棟も現在は非公開である。令和7年(2025年)、福光に本拠を置く合同会社光伸による改修・再生事業が始まった。南砺市を通じた寄付募集は令和7年10月から令和8年(2026年)1月3日まで行われ、目標270万円に対し1,439,000円、支援者54人を集めた。公表された計画には、前述の回廊を改修して一の蔵・二の蔵へ内部から到達できるようにする項目が含まれる。実現すれば、西棟と他棟をつなぐ動線そのものが見学経路の一部となる。

建物が開いていなくとも、外の通りは歩く価値がある。観音町は昭和50年代の最盛期に60軒近い店が並んだ。現在も20軒弱の飲食店が営業するが、稲荷神社から松風樓までの区間には空き店舗が目立つ。再生事業が課題として掲げるのは、この明かりの落ちた区間そのものである。通りの両側の灯籠は今も残り、細道の黒板塀や格子戸の家並みも、街区の性格を保つだけの数を維持している。

福光駅はJR城端線の駅で、松風樓までは西へ約600メートル、歩いて8分ほどの道のりである。駅は天井と壁面に棟方志功の作品を掲げ、駅前広場には棟方の石碑が立つ。棟方は昭和20年(1945年)4月から6年8か月を福光で過ごし、昭和21年に建てられた住居兼アトリエの鯉雨画斎は棟方志功記念館愛染苑の一部として現存する。西棟の内部見学を希望する場合は、改修の進捗により可否が変わるため南砺市文化・世界遺産課へ事前に確認されたい。公道からの外観撮影に制限はない。

Q&A

Q松風樓西棟はなぜ、いつ移築されたのですか。
A文化庁の登録データは昭和26年(1951年)頃の移築を記録しています。齊藤家が西隣の建物を取得し、曳家によって位置を変えたもので、これにより生じた土地に庭が設けられました。敷地がほぼ現在の配置となったのは昭和33年(1958年)頃とされます。
Q松風樓西棟のどの意匠が登録の理由になったのですか。
A文化庁の解説は二階軒の漆喰蛇腹を挙げ、当地の茶屋建築の特徴を示すとしています。登録は平成26年(2014年)10月7日、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は16-0097です。
Q松風樓西棟の内部に入ることはできますか。
A現在は入れません。松風樓は令和4年(2022年)に廃業し、建物は通常公開されていません。回廊を経由する見学経路を開く改修事業が進行中です。訪問前に南砺市文化・世界遺産課へお問い合わせください。外観は公道から見学できます。
Q松風樓西棟は東棟とどのようにつながっていますか。
A中庭を挟んで回廊が両棟を結びます。回廊の南半は土間とし、中間に中庭へ通じる戸口を設けるため、二棟間の通路は完全な屋内空間ではなく、途中で庭に向かって開きます。
Q松風樓の建物の規模と構造を教えてください。
A西棟は木造二階建、瓦葺、建築面積168平方メートル、員数1棟です。正面を入母屋造とし、北側に平屋建の浴室と便所が接続します。一階には仏間と次の間を設けています。

基本情報

名称松風樓西棟(しょうふうろうにしとう)
所在地富山県南砺市福光字川原7471-15他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 16-0097/登録回 78
指定年平成26年(2014年)10月7日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積168平方メートル
所有者個人所有
公開状況通常非公開。改修・再公開事業が進行中。外観は公道から見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 松風樓西棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010133
とやまの文化遺産 — 松風樓西棟
https://toyama-bunkaisan.jp/search/2548/
南砺市文化芸術アーカイブズ — 松風樓
https://culture-archives.city.nanto.toyama.jp/culture/bunkazai/bunkazai0247/
旅行新聞 — 登録有形文化財 浪漫の宿めぐり(95)松風樓
https://www.ryoko-net.co.jp/?p=50922
ふるさとチョイス — 国登録有形文化財「松風樓」再生プロジェクト
https://www.furusato-tax.jp/gcf/4700

最終更新日: 2026.08.24