設計された50メートルの地面
旧チャップマン邸石段及び石垣(きゅうちゃっぷまんていいしだんおよびいしがき)は、和歌山県新宮市丹鶴一丁目7677-2にある延長約50メートルの石造工作物で、大正15年(1926年)頃に西村伊作の設計で築かれ、令和2年(2020年)8月17日に登録有形文化財(建造物)となった。
石垣と石段を単独の文化財として登録するのは、形式的な措置ではない。主屋と同じ日に、別の員数として、独立した登録情報を与えられている。この敷地では地面も建物と同じ密度で設計されている、という主張がなされ、それが認められたということである。
石垣は敷地の南面と東面を区切る。花崗斑岩を間知石(けんちいし)に加工し、目地が斜めに走る谷積(たにづみ)で築いてある。東端では石積みが開いて、井戸のためのアーチを組んだ石室が設けられている。石段は前面道路から玄関へ至る通路で、路面には野面石(のづらいし)を敷き詰め、入口脇には石張りの門柱が立つ。
上は整形された間知石、足元は自然の面を上に向けた野面石。この切り替えは意図されたもので、目で気づくより先に靴の裏が感じ取る。
西村伊作と、道の向かいの宣教師
西村伊作(1884〜1963年)は現在の新宮市に生まれ、戦間期の日本の住宅史に大きな足跡を残した人物である。応接本位の間取りではなく、家族の共有空間を中心に据える居間中心型の住宅を提唱し、その考え方はその後の日本の住宅の主流になっていった。大正10年(1921年)には東京で文化学院の創設に加わり、多くの作家や芸術家を送り出している。新宮市は後年、彼を名誉市民としている。
E・N・チャップマン(アーネスト・ニューエル・チャップマン、1888〜1972年)は米国長老派教会から派遣され、大正6年(1917年)に来日した宣教師である。大正9年(1920年)から昭和15年(1940年)まで新宮に定住し、ここを拠点に紀南一帯でプロテスタントの布教にあたった。その居宅が大正15年に竣工したこの建物で、設計は西村。場所は西村自身の住まいの筋向かいだった。西村邸すなわち旧西村家住宅は重要文化財に指定され、現在は西村伊作記念館として公開されている。二人は隣人であり、家族ぐるみで親しかったと伝わる。
西村の設計で和歌山県内に現存する住宅は二棟しかなく、その二棟が同じ道を挟んで向かい合っている。登録基準の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が指しているのは、この関係である。二つの邸宅と、あいだの道と、道の輪郭をつくっている石の縁。
建物には中間の歴史もある。所有者が何度か変わり、一時は旅館「有萬(アルマン)」として使われた。同じく新宮市名誉市民の芥川賞作家・中上健次が、ここに籠って執筆したことがあるという。平成27年(2015年)に新宮市が取得し、平成30年度に改修と耐震補強を行い、平成31年(2019年)4月に観光交流施設として公開を始めた。
見学の仕方
見学は無料である。そしてここは珍しいことに、登録された文化財そのものを踏んで敷地に入る場所だ。石段は公開施設への正規の通路であり、これを通らずに主屋へ入る方法はない。石造の工作物が付け足しの見どころにならない構造になっている。
見学時間は9時から17時まで。休館は毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌平日)と、12月29日から1月3日までの年末年始。会議や文化イベントのための貸館は9時から21時まで有料で受け付けており、予約が必要である。問い合わせは0735-23-2311。
JR新宮駅から徒歩約6分。駐車場は2台分しかないため、公共交通機関の利用が現実的だ。新宮駅は熊野古道の玄関口でもあり、そもそも鉄道で着く人が多い。
入る前に、アプローチで少し時間を使ってほしい。ゆっくり上がりながら石垣の目地を見る。谷積の斜めの流れは水はけに有利で、格子ではなく質感として目に入る。東端のアーチは低い位置にあって影に紛れるので、意識して探すとよい。それから門柱まで戻り、石張りの面と粗い敷石が接するところを見る。この二つの表情を指定したのは、室内の半八角形の出窓を描いたのと同じ手である。
帰りに道を渡ってほしい。旧西村家住宅は筋向かいにある。この二棟を並べて見ることが、新宮のこの一角まで足を延ばす理由そのものである。
Q&A
- 旧チャップマン邸の石段及び石垣は見学できますか。料金はかかりますか?
- 見学できます。料金は無料です。石段は道路から玄関へ至る正規の通路なので、訪れる人は必ず通ることになります。見学時間は9時から17時まで、休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)と12月29日から1月3日までです。
- 旧チャップマン邸へのアクセスと最寄り駅は?
- JR新宮駅から徒歩約6分です。駐車場は2台分に限られるため、鉄道でのアクセスをおすすめします。なお令和3年(2021年)7月の住居表示実施により住所が変更されており、古いパンフレットの「新宮7677番地の2」に対し、現在の住所は「丹鶴一丁目3番2号」です。
- 旧チャップマン邸の石段及び石垣は、なぜ主屋と別に登録されているのですか?
- 登録日は主屋と同じ令和2年(2020年)8月17日ですが、石段及び石垣は建築物ではなく「その他工作物」に分類されるため、別の物件として扱われています。登録番号は第30-0286号で、独立した登録情報を持ちます。西村伊作による設計として、それ自体に価値が認められた形です。
- チャップマンとはどのような人物で、旧チャップマン邸は誰が設計したのですか?
- E・N・チャップマン(1888〜1972年)は米国長老派教会から派遣された宣教師で、大正6年(1917年)に来日し、大正9年から昭和15年まで新宮に定住しました。邸宅と石造部分の設計は、新宮出身の建築家・教育家で文化学院の創設に関わった西村伊作(1884〜1963年)によるもので、大正15年(1926年)頃の竣工です。
- 旧チャップマン邸の石垣で注目すべき点はどこですか?
- 三点あります。花崗斑岩の間知石を斜めの目地で積む谷積の手法。石垣の東端に設けられた、井戸のためのアーチを組んだ石室。そして、野面石を敷き詰めた通路の路面と、入口脇に立つ石張りの門柱との、表情の切り替わりです。
- 旧チャップマン邸の周辺で他に見るべきものはありますか?
- 道を挟んだ筋向かいに、重要文化財の旧西村家住宅(西村伊作記念館)があります。新宮は熊野古道の海側の玄関口でもあり、熊野速玉大社も同じ駅から徒歩圏です。あわせて半日ほどの行程が組めます。
基本情報
| 名称 | 旧チャップマン邸石段及び石垣(きゅうちゃっぷまんていいしだんおよびいしがき) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県新宮市丹鶴一丁目7677-2(現行の住居表示は丹鶴一丁目3番2号) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 第30-0286号 |
| 指定年 | 令和2年(2020年)8月17日登録・同日告示 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造、延長50メートル。大正15年(1926年)頃 |
| 所有者 | 新宮市 |
| 公開状況 | 公開。見学9時〜17時・無料。休館は毎週月曜(祝日の場合翌平日)および12月29日〜1月3日。貸館は9時〜21時、有料・要予約。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース:旧チャップマン邸石段及び石垣
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013448
- 文化庁 国指定文化財等データベース:旧チャップマン邸主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013447
- 文化遺産オンライン:旧チャップマン邸石段及び石垣
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/447453
- 新宮市:新宮市旧チャップマン邸(開館時間・料金・アクセス)
- https://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=44770
- わかやまの文化財(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課):旧チャップマン邸
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-992/
最終更新日: 2026.08.28