平松家住宅長屋門 ― ケヤキ一枚板の扉を吊る庄屋の表構え

まず扉に目がいく。中央の門扉は左右ともケヤキの一枚板で、村の大工が長く保たせる仕事のために取り置いた堅い良材である。これを両開きに吊り、壁面から半間ほど引いて門口を開く。北脇には潜戸を設け、門を閉ざしたままの日常の出入りに用いる。和歌山市川辺、平松家の屋敷の入口であり、屋敷に至る前にまず訪れる者を迎える構えとして建てられた。

形式は長屋門。桁行18.7メートル、梁間4メートルと細長く、入母屋造・本瓦葺の屋根を架ける。外壁は腰を簓子下見板張とし、上部は土壁に武者窓を穿って街道を見通す。用いる材は総じて木太く、全体に重厚な趣をたたえる長屋門である。中央やや南寄りに門を構える配置も、屋敷の正面性を強めている。

来歴をめぐって

この門は当初からここにあったのではないと伝えられる。和歌山城下から移築し、敷地西辺、上方街道に面して建て直したものという。事実とすれば、平松家は城下の武家地の門を入手し、在郷の屋敷の正面に据えたことになる。背後の主屋に見える意欲とも通じる選択である。ただしこれは文献によって確かめられた事柄ではなく、言い伝えとして受け止めておきたい。

来歴がどうあれ、この門は庄屋の屋敷構えを締めくくる。家格は表構えから読み取られるもので、ここではケヤキの扉、武者窓、長い瓦屋根がその役を担う。門の年代は江戸末期、背後の主屋は安政3年(1856年)の紀年をもつ。

登録の理由と見どころ

長屋門は平成24年(2012年)2月23日、主屋と同日に登録有形文化財(建造物)に登録された。平成8年(1996年)に発足したこの制度は、重要文化財や国宝のように特に稀なものを選ぶのではなく、地域の歴史的景観を支える建造物を広く記録・保全しようとするものである。門と主屋が揃うことで、紀の川流域の庄屋屋敷の構えが一具として保たれている。

街道からは、ケヤキの門扉とその脇の潜戸、土壁上部の武者窓、そして瓦屋根の長い正面に注目したい。私邸のため立ち入りはできない。門は公道から眺めるにとどめ、居住者のプライバシーにご配慮いただきたい。内部を見学できる近隣の史跡としては、市街中心の和歌山城がある。

Q&A

Q長屋門とは何ですか。
A門の左右に部屋を連ねた建物に門口を開く形式です。脇の空間はかつて納戸や使用人の部屋などに使われ、家格を示す表構えとなりました。
Q扉は本当に一枚板ですか。
Aはい。中央の門扉は左右ともケヤキの一枚板で、堅く耐久性のある良材を両開きに吊っています。
Qこの門は移築されたのですか。
A和歌山城下から移築したと伝えられます。文献で確認された事実ではなく言い伝えのため、伝承として受け止めてください。
Q敷地に立ち入れますか。
A立ち入れません。平松家住宅は非公開の私邸です。門は公道から見学できます。

基本情報

名称平松家住宅長屋門(ひらまつけじゅうたくながやもん)
所在地和歌山県和歌山市川辺603
指定区分登録有形文化財(建造物)/平成24年(2012年)2月23日登録
年代江戸末期(1830年〜1868年頃)
構造木造平屋建、入母屋造本瓦葺、桁行18.7m・梁間4m、建築面積約77㎡
員数1棟
公開状況私邸・非公開。外観は街道から見学可。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 平松家住宅長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009203
わかやまの文化財(和歌山県教育委員会) 平松家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_556/

最終更新日: 2026.06.22